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港南のモデルは
杜都 / 2017-03-07 22:01:00 No.3505
こんばんは選抜大会がもうすぐに近づいていますね
 ちばあきお先生の漫画で出てくる

 青葉学院はPL学園 東都実業は早稲田実業
 城東は日大一 というのはおおよそわかりますが
 
 港南のモデルを推測しています。

 選抜大会に出場したとき 港南に一回戦で墨谷が負け
ています。


 墨谷の一回戦の対戦は 広島県の常連の港南 という
 解説者からの説明があったのですが 常連ということは
 広島(県)商か 広陵 または広島工が思い当たります
  
 港南のキャプテンがあいさつに行くと 墨谷の丸井選手
 が港南の主将のポジションを知らなかったことで
 港南の主将は 今日の試合は勝った と確信する場面
 があります。 

 そして
 一回の表の攻撃相手のセンターの強肩を知らない
 ために、本塁でタッチアウトになっています。
 
 解説が 墨谷は センターの強肩を知らなかったので
 しょうか?という場面で 解説の人が いや単に
 相手のチームの研究をしていないだけなのでは・・・
 と水を向けられています。

Re: 港南のモデルは
杜都 / 2017-03-07 22:01:00 No.3506
案の定
 墨谷は初回に2点先制しますが、その後打たせて取る
 港南の術中に嵌ってしまいます。
   
 解説の人が 港南は墨谷をよく調べたんじゃあないで
 しょうか・・・と

 港南のバッテリーは去年 青葉学院から10点取った
 墨谷打線を徹底的に研究していたのか 港南の投手は
 まったく剛腕投手という印象がなく 丹念にコーナー
 を突いてくるだけの球威のあまり感じられない投手で
 すが ほとんど交されてしまいます。

 そして
 港南のキャプテンが ええかバントを転がして守備の
 まずさをつくんじゃ と広島弁で言った時には もう
 ほぼ確信しました。

 ここまで読まれると 高校野球に造詣の深いミラクル3さん
 はお分かりと思いますが これはまさに 
 広島県立商(広島商)をモデルにしたとしか思えないの
 です。

 ところが 
 次の場面で私はどうも広島商ではないように思えるの
 のです それは港南が最終回にスリーバントスクイズを
 試みるのですが、失敗してしまいます。

 静岡高校戦のときのように見事に決まらなかったので
 す、そして次の港南の主将の台詞でどうも違うな と
 思いました

 もし空振りでもしたらランナーを殺してしまうけんのう
 ようしヒッティングじゃ 

 このセリフは迫田監督ならこういった指示を絶対に出さ
 ないでしょうね 100%スクイズを決めてくるのが
 迫田監督の野球でしょう。

 ゆえに港南高校は広島商をモデルにしたのではないよ
 うに思えました。

Re: 広島商がモデルかと思いましたが…
ミラクル3 / 2017-03-07 23:36:00 No.3507
 こんばんは、杜都さん。

 選抜まで、あと2週間を切りましたね。本当にあっという間という感じです。

 広島県の常連ですか。当時からしますと、広島商ではないでしょうか? 

 相手の主将のポジションを知らないようでは勝てませんね。今の情報社会ではあり得ないことですけど。

 センターの強肩を知らないのも、今では考えられないことです。昔の漫画は、そういうところが良かったのですが。

 打たせて取るピッチャーですか。広島商のエースは、そんなタイプのピッチャーが伝統的に多いです。

 丹念にコーナーを突いてくるを打てないというのは、高校野球の強打線には、よくあります。全盛時の池田打線も、明徳の弘田投手や山本賢問投手に苦労しました。

 やはり広島商がモデルでしたか。広島商は柔、広陵は剛のチームですから、そういうきめ細かい野球をするのは広島商の方ですね。

 と思ったら、それは広島商らしくないですね。迫田監督の野球ではないですから。

 もしかしたら港南高のモデルは、広島商の亜流ではないでしょうか? その辺は微妙ですね。

 それでは、この辺で失礼します。なかなか、ちばあきおさんの漫画が読む機会がないのが残念です。

Re: 港南のモデルは
杜都 / 2017-03-08 10:10:00 No.3508
こんにちは 今日は昼から出勤です。やはり 高校野球にお詳しいミラクル3さんのおっしゃることは説得力があります

ちばあきおは 高校野球をテレビで観戦しながら マンガのモデルを決めたものと思われます。プレイボールが連載されたのは 1973年(S48年)から1978年(S53年)ですから・・・当時参考にしたと思われる高校は やはり青葉はPL学園と考えるのが妥当でしょう。寮や専用グランドを持っているというのも 全国からエリート野球少年をかき集めているのも なんとなくそうだと思います。

ファンの間では明徳(現 明徳義塾)をモデルにしたという説もありますが・・・明徳が甲子園で有名になってきたのは80年代のことですから・・・・

 その明徳と池田の試合(1982年)は池田の打線が 山本投手のカーブをなかなか打てなかった試合だと思います。9番の井上選手と坂本選手がなんとか最後に打って水野投手を救いました、井上選手こそが影の池田最強の打者と認識したこともありました。

港南はおっしゃるように広島商だと思います。主将が試合開始の時に、相手は伝統のある学校だ しまっていこう と言っています。当時の墨谷の知将とまでいわれたセカンドの五十嵐選手が 一回の守備を見て これはなめてかかるととんでもないことになるチームだ と言ったのと
力で押さない投手と鉄壁の守備 これでだいたい分かりました。送りバントや盗塁など足をつかってきてコツコツと1点ずつ取ってくる という戦法もよく似ています。随所に 相手をあまり研究していない墨谷の部員のことが解説者を通じて指摘していて ちばあきお は 物事をする前には下調べすることの大切さを少年に伝えたかったのではないかと思います。

 港南は主将をはじめ部員が徹底的に墨谷の各打者がどういう球種に弱いか?守備の弱点はどこか?全部調べています。これは広島商や箕島のような柔のチームの手ごわさを指摘しているかのようです。

 これは元横浜高校の渡辺監督が西日本のチームと対戦する時の心構えのようなものを選手に伝えて警戒を促しています。
そういえば横浜は広島商と決勝戦で対戦していますから…
あの試合は何とか横浜が勝ったのですが 渡辺監督としては かなり冷や汗ものだったと思います。

 ただ最後の場面は迫田監督の作戦とはやや違い、私も広島商の亜流だと思います。結局 墨谷は内野手のエラーで負けてしまいます。

Re:なかなか奥の深い漫画なのですね
ミラクル3 / 2017-03-08 23:04:00 No.3510
 こんばんは、杜都さん。お仕事、お疲れ様でした。

 有難いお言葉をいただきまして、恐縮です。

 プレイボールが連載されていた時代の野球エリート校といえば、PLが真っ先に思い浮かびます。PLは、野球エリート校の草分けのような存在でした。

 明徳は、79年くらいから強くなりました。エースが河野投手、3番が横田選手だった80年のチームは幻の強豪で、中西投手の高知商と同時代でなければ、甲子園でも活躍していたはずです。

 池田が山本投手のカーブをなかなか打てなかった試合は、83年選抜の準決勝ですね。あの試合では、井上選手が貴重な同点スリーベースを打ちました。

 広島商は、守備をベースにするチームを作りますからね。70年代は、特にその傾向が強かったそうです。73年の広島商は、軟投左腕の佃投手がエースでした。

 当時は、相手のデータを調べるチームは少なかったと聞いています。その点、広島商は情報戦に長けてました。

 箕島の凄かったところは、剛の面もあったところです。広島商は、柔を全面に出したチームでした。

 73年の選抜の決勝戦は、広島商と横浜だったですね。試合は延長戦だったようです。

 墨谷は内野手のエラーで負けるのですか。少年漫画としては、残酷な終わり方ですね。

 それでは、この辺で失礼します。プレーボールは、なかなか奥の深い漫画なのですね。

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