ADVENBBSの過去ログを表示しています(閲覧専用)
野球部情報3/28
管理人 / 2011-03-28 10:38:00 No.19886
浦和学院 欲しかったあと一打
鹿児島実に3−5 好試合も逆転負け

浦和学院は好機にあと1本が出ず、鹿児島実に競り負けた。先発佐藤は制球が定まらず、守りのミスも多かった。

浦和学院は4回、遠藤の適時打で3−2と勝ち越したが5回、佐藤が相手送りバントを処理ミスし無死満塁のピンチを招くと、2点タイムリーを浴び逆転。6回にも1点を失った。

打線は10安打で12残塁。勝ち越された6〜8回まで得点圏に走者を進めながら、いずれも得点を奪えず、8回2死二・三塁の好機では小林が三振に倒れた。

『悔しさ胸に誓う成長』

掛け間違えたボタンは最後まで元に戻らないままだった。昨秋の関東・九州王者がぶつかった1回戦屈指の好カードは一進一退を繰り返す緊迫した展開となった。しかし、どこかちぐはぐしていた浦和学院は勝負どころで力を出せず、鹿児島実に逆転負けした。

「バッテリーがなかなか自分たちのペースにできなかった」と敗因を語る森監督。昨秋の大会で防御率1.13と抜群の安定を誇ったエース佐藤はこの日、全くの別人だった。

直球がシュート回転した上、高めに浮き制球できない。7四死球と本来の投球は影を潜めた。焦りがあったのか、暴投3、捕逸1とミスを連発。フィールディングの良さに定評のあった佐藤はバント処理ミスなどさらに2失策を重ねた。

「自分でリズムをつくれず、ミスをして落ち着けずプレーをしてしまった」と佐藤。3−2で迎えた5回、自らの失策などで無死満塁のピンチを招き、鹿児島実の揚村に逆転の2点タイムリーを浴びた。

それでも佐藤は不調ながらも粘りを見せ、試合を壊すことはなかったが、エースを援護したかった打線は終盤、ここぞで適時打が出なかった。逆転された後の6〜8回はいずれも走者を2人置きながら無得点。8回は無死一・三塁の好機で日高、遠藤、小林の上位が凡退した。

8回2死二・三塁で空振り三振した主将の小林は「(相手は)後半に制球が定まってきて、思うようにスイングしても当たらなかった」と脱帽。森監督も「安打も重ねたし、バットを振っていけた。ここで1本出ればというところで変化球を捉えられなかった」。自慢のフルスイング打線は空砲になった。

これで2005年春から夏も含め甲子園で5連敗。森監督は「まだまだ未熟だと感じる」と悔しさを抑え、夏までのナインの成長に期待した。

『直球逆らわずタイムリー 遠藤』

脇役がヒーローになり損ねた。いったんは勝ち越しとなる適時打を放った2番遠藤は「(1番の)日高に『俺に回せ』と言って、強気で行ったら打てた」。4回2死一・三塁で外角の直球を逆らわず左前に持って行った。

昨秋の関東大会からスタメンに定着。打率は2割台半ばと高くなかったが、冬場の振り込みで打力もついてきたところだった。6回2死一・二塁では二ゴロに倒れ、「同じような場面で打ち気になってボール球に手を出した」と本来のつなぐ役割を果たせず反省した。

『攻守で持ち味 存在感を発揮 今栄』

敗戦で落ち込むナインの中で、背番号15が攻守に良さを出した。右の代打の切り札・今栄は2点を追う8回無死一塁で出場し右前打。「つなぐ意識と右に打つイメージで打席に入った」とエンドランを成功させ、好機を広げた。

この場面は得点につながらなかったが、そのまま左翼に入り、8回2死満塁のピンチでライナーを好捕。「相手は強打者だったので飛んでくると思い、思い切って取りに行った」。伝令も務めたチームのムードメーカーが一筋の光明になった。

『先制打で勢いも 中盤の好機逃す 主将の小林』

わずか2時間16分の中で明暗の両面が出た。主将の小林は先制適時打を放ったが、「(相手投手は)後半に変化球のコントロールがついてきた」と最終的に捉えられなかった事を認めた。

1回1死二塁で中前に先制適時打。3回にも安打を放った。しかし、4回2死一・二塁で二ゴロ、一打同点の好機だった8回2死一・三塁ではスライダーに空振り三振した。

チームとしてもちぐはぐな攻守が目立ち、「守りのミスが攻撃に繋がってしまった。隙のないチームにしてまた戻ってきたい」と夏の再訪を約束した。

『狙い球に集中 フルスイング 沼田』

主砲の沼田が一打同点となる適時二塁打を放った。3回1死一塁で打席に入ると、左中間を真っ二つに割る鋭い当たりで観衆を沸かせた。「(走者の)小林は足がある。外野の間を抜けるように絶対打ってやろう」と狙い球にしていたスライダーを思い切り振り抜いた。

この試合で両チーム唯一の長打を放ち、自慢のフルスイングの片鱗は垣間見せた。それでもチームの勝利には結びつかず、「いかにチャンスで1本出るか出ないか」と相手との違いを挙げ、試合後は悔し涙に暮れた。

『親子での勝利 夏にお預け 森監督』

森監督親子の春はほろ苦かった。捕手で先発した次男の光司に、父は「下級生の投手なので何とかもり立てて欲しかったが…。落ち着きがなかった」と厳しかった。

2008年夏は長男の大さんが投手で先発したが、初戦敗退した。今回も白星が遠く、光司は「兄には絶対に勝ってくると言ってきたのに、1勝をプレゼントできなくて悔しい。まだ夏にチャンスがあるので、絶対に戻ってくる」と声を震わせていた。

『”魔物”にのまれたエース』

新2年生エースが甲子園の”魔物”にのまれた。右腕佐藤は「落ち着こうと思えば思うほど心が波立った」。制球が安定せず7四死球を出したほか、3暴投でボークも犯した。昨秋は1失策だったフィールディングも乱れ、2失策と悪い部分がすべて出てしまった。

2・3回には新たに覚えた縦のスライダーで三振を奪い、4回には自身最速の137キロの直球で三振を取った。しかし、自ら招いた5回無死満塁のピンチで甘く入ったカーブを左前に運ばれ、決勝2点適時打を許した。

「相手はボールを見極めてやりづらかった。カーブは後半に当たってきて使うのをやめた。右打者の内角の直球が乱れて投げたくなかった」。本来なら特長であるはずの要素がすべて消された。

東日本大震災で実家のある茨城県鹿嶋市も津波に遭い、「被災地にも勇気とエネルギーを与えたい」と期して臨んだマウンドは苦いものになった。「精神的に強くなり夏に帰ってきたい」。入学してようやく1年が経ったばかり。敗戦を糧に夏はさらにずぶとくなって戻ってくるはずだ。

★ナインひと言
?佐藤拓也投手
球自体は悪くなかったが全体的に甘く入っていた。

?森光司捕手
佐藤のいいところを生かせず、自分の情けなさが出た。

?日高史也一塁手
打者陣が打ち負けた。負けないように練習したい。

?遠藤生二塁手
投打を強化して接戦をものにできるチームにしたい。

?沼田洸太郎三塁手
好機はつくれたが、かえせるかかえせないかの差だ。

?小林賢剛遊撃手
佐藤を助けられなかった。自分たちは未熟だと思う。

?荒井大樹左翼手
この状況でも夢の舞台に立てたことに感謝したい。

?石橋司中堅手
夏に向けて気持ち、技術でもう一回り大きくなりたい。

?柴崎裕介右翼手
悔しいが、この負けをプラスにして戻ってきたい。

?中山翔太投手
食らいついて点を取り返していけたのは良かった。

?笹川晃平右翼手
憧れの甲子園に感激した。また帰ってきたい。

?林崎龍也捕手
気持ちの差で負けていた。テンポの大切さを感じた。

?浅田龍一投手
最後まで声を出し、諦めない気持ちは勝っていた。

?松浦光謙投手
佐藤が苦しむ中で助けられなかったことが悔しい。

?今栄尚人左翼手
逆転され、負けてしまったことに力不足を感じた。

?村上和広遊撃手
ここで試合ができ感謝したい。いい経験になった。

?小野達輝中堅手
試合で助けられなかったので夏にリベンジしたい。

?明石飛真一塁手
出られるように準備をしていた。また夏がんばる。

2011年3月28日 埼玉新聞掲載

Re: 野球部情報3/28
管理人 / 2011-03-28 11:01:00 No.19887
健闘に温かい拍手
浦和学院 初戦敗退 入魂ポンチョで応援

6年ぶりの春を白星で飾れなかった。27日、甲子園球場で行われた第83回選抜高校野球大会1回戦で、浦和学院は鹿児島実に3−5で逆転負け。東日本大震災の影響で考慮し全校応援を中止にした中で、現地に駆け付けた約500人の応援団は試合後、健闘した選手に温かい拍手を送った。

全校生徒が来られなくとも1人1人の思いは甲子園に届いていた。学校の応援標語「ファイヤーレッド」にちなんだ真っ赤な入魂ポンチョを今回初めて作成。応援を託すため新2・3年生1417人全員と教職員が直筆で記名した43着を、野球部の控え選手と保護者らが着用。アルプススタンドから声援を送った。

小沢友紀雄校長は「みんなで盛り上げたかったけれど、生徒1人1人が自覚して被災者のことを思いながら、自分に何ができるか考えるいい機会。(全校生徒が記名した)ポンチョを着てみんなで頑張ろうという気持ちだった」と説明し、一緒に声援を送った。甲子園に駆け付けた3年の布施谷汐夏さんは「生でみんなのプレーが見たかった」と熱い思いを語った。

1回戦屈指の好カードの評判通り、試合は中盤まで一進一退の攻防が続いた。2年間務めたコーチを今月で退任するOBの浦野佑真さんが「1、2点差のローゲームになる」と予想した通りの展開。応援団長で3年生の加藤遼君は「自分がメンバーに入れなかった分、チームに貢献したい」と鳴り物が自粛となる中で、大きな声を張り上げた。

しかし、エース佐藤拓也投手は本調子でなく、自慢の強力打線も2点差を追う終盤の好機で沈黙。頑張りは及ばず、惜しくも初戦で敗退した。

佐藤投手の父・勝美さんは試合後、「ちょっと硬かったし、重圧もあったと思う。でも、本当に良くやった。ご苦労さんと言ってやりたい」と全力で戦い抜いた息子やチームの労をねぎらった。勝利でスタンドを元気づけることはできなかったが、ナインのひたむきさは確実に全員に届いていた。

2011年3月28日 埼玉新聞社会面掲載

Re:野球部情報3/28
管理人 / 2011-03-28 11:31:00 No.19889
第83回センバツ
浦学、あと一歩 中盤以降打線湿り、鹿実に惜敗

第83回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)第5日の27日、1回戦第2試合で浦和学院は鹿児島実(鹿児島)と対戦し、3−5で敗れた。ともに投手中心の堅い守りと強力打線を誇るチームで、昨秋の関東大会と九州大会を制した覇者同士の対決となったが、浦和学院は、尻上がりに調子を上げる相手投手を前にあと一本が出なかった。東日本大震災の被災者の苦しみを分かち合い、頑張る姿で元気を送ろうと臨んだナインたち。伯仲したゲームにスタンドからは選手をたたえる拍手が送られた。


先制したのは浦和学院だった。一回の攻撃で先頭打者の日高史也選手(3年)が左前打でいきなり出塁。打順1番は公式戦では初めて。「プレッシャーだけどとにかく塁に出たい」と思った。スタンドの母節子さん(44)は「1番打者としての仕事をよくやった」と後押しした。そして犠打で二進後、小林賢剛主将(3年)の中前打で先取点。幸先の良さに、応援団は「やったー」と雄たけびを上げた。

相手もその裏、立ち上がりに苦しむ佐藤拓也投手(2年)をとらえてすぐに追い付き、シーソーゲームが始まった。

二回に逆転された浦和学院は三回表、1死一塁で沼田洸太郎選手(3年)が真ん中低めのスライダーをとらえ、左中間に運んで二塁打に。小林主将を還してゲームを振り出しに戻した。「足のある小林を必ずホームに還す」と強い気持ちで打席に臨み、形にした。佐藤投手はその裏、3者凡退に抑え、中山芳行父母会長(41)は「流れはこっちにあるぞ。いけいけ」とメガホンを手に声援。四回表には、遠藤生選手(3年)の左前適時打で逆転に成功した。

五回裏、無死一塁で森光司捕手(同)は「盗塁やエンドランを警戒した」。しかし鹿児島実の足を絡めた攻撃などで2点を許し、再び逆転された。

両チームともに三振6、失策2、残塁12。安打は浦和学院が1本多い10本で、力が接近した同士らしい戦いをみせた。しかし、相手の好投で中盤以降の打線が湿り、追い上げられなかった。スタンドからは「夏また頑張れ」「必ず帰ってこい」の声が飛んだ。

◇ポンチョ思い込め

浦和学院のスクールカラーである赤のポンチョを着た部員や保護者たちが、スタンドを染めた。同校はセンバツを前に約2700着を用意。東日本大震災を受け、うち約1000着を福島県から避難した被災者に贈る予定だ。部員約20人のポンチョには、応援に来られなかった約1500人の生徒や職員らの名前が書かれている。部員で応援リーダーの加藤遼さん(3年)は「全校生徒の思いを込め、先頭に立って勝利に導きたい」。

◇心鍛えもう一度
浦和学院・佐藤拓也投手(2年)

「悔しいです」と話す目に涙はなかった。最高137キロの直球で四回には連続三振を奪った。「勢いのある球だったが」と森光司捕手。

緩急を付けた球は高めになりがちで、昨秋13試合でチーム打率3割6分7厘の鹿児島実打線は甘く入った球を見逃さなかった。「相手は振ってくる打線。同時にボール球を見極められ、嫌な攻め方をされた」という。後半にはカーブ球も狙われて攻めにくかった。

1週間ほど前から「上半身が前に突っ込んでしまう」ようになり、フォームを乱した。甲子園入りした18日以降は、森士監督と修正に力を入れてきた。試合前日は「乱れも修正できていい感じ」だったが、初めての甲子園で想像以上に緊張し、いつも通りのピッチングができなかった。「気持ちが弱かった。(明治神宮大会で)日大三に負けた悔しさも晴らせなかった」。精神的に強くなって再び戻ってくることを誓った。

2011年3月28日 毎日新聞埼玉版掲載

Re:野球部情報3/28
管理人 / 2011-03-28 11:39:00 No.19890
兄に続き次男も涙
浦和学院“父子鷹”初戦で散る

昨秋の関東大会王者・浦和学院が初戦で敗れた。九州大会優勝の鹿児島実に3―5で逆転負けした森士監督は「なかなか自分たちのペースに持ち込めなかった。特にバッテリーが落ち着いてできなかった」と振り返った。

捕手は指揮官の次男・光司。08年の長男・大(早大3年)に続く父子鷹出場だったが、2年生エースの佐藤をリードしきれず3暴投に捕逸も記録。打席でも3打数無安打に終わった。兄も初戦で敗れたとあって、光司は「兄には絶対に勝ってくると言ってきたのに、1勝をプレゼントできなくて悔しい」と肩を落とした。中学時代は主に投手を務めていたが、父の勧めもあって高校入学後に捕手転向。自宅に持ち帰ったスコアブックを2人で反省したりとマンツーマンの指導を受けてきたが勝利にはつながらず「序盤に浮ついてしまって悔いが残ります。夏また来たい」と雪辱を誓った。

2011年3月28日 スポニチ掲載

Re: 野球部情報3/28
管理人 / 2011-03-28 12:28:00 No.19893
◇鹿児島実戦 中盤、逆転許す

浦和学院は大会5日目の27日、鹿児島実と対戦し3―5で惜敗した。2004年の選手権大会以来となる甲子園での勝利はならなかったが、持ち前の攻撃力は随所に見せた。選手たちは雪辱を誓い、夏に向けて再スタートを切る。

浦和学院は相手主戦のの立ち上がりを攻めた。1回、左前安打で出塁した先頭の日高を犠打で送り、小林が中前適時打でかえして先制。1―2で迎えた3回は沼田の適時二塁打で同点。4回は遠藤の適時打で逆転した。

2点を追いかける8回、無死一、三塁の好機をつくったが、中盤以降、尻上がりに調子を上げた左腕の前にあと一本が出なかった。

主戦佐藤は五つの変化球を駆使し、切れのある球も投げ込んだが、本来の制球力を欠いたのが悔やまれる。

◇勢いつかなかった

浦和学院・小林賢剛主将 守備ではピンチを何度もしのいだが、肝心なところでミスが出て隙をつかれた。それを攻撃でも引きずってしまいチームに勢いがつかなかった。隙のないチームをつくって必ず夏に帰ってくる。

◇「精神的に強くなる」佐藤拓也投手

2年生右腕の佐藤拓也が、甲子園のマウンドで苦しんだ。緩急と制球力で打ち取るタイプ。だが、「投球を組み立てる土台」という内角への直球が決まらない。「ずっと心がフワフワしていた」。浮足立ち、変化球も高めに入った。

1点リードの5回裏、先頭打者に四球を与え、次打者には左前に運ばれた。続く4番浜田の送りバントは処理をミスして、ピンチを自ら広げた。5番揚村に2点適時打を放たれたのは、高めに浮いたカーブだ。

大会直前に投球フォームを崩していた。左肩から体が前に突っ込むのだ。森士(おさむ)監督はその原因を「エースの責任感と強い球を投げたいという野心。重圧はある」。このところ、練習では付きっきりで声を掛けていた。「力むな。7、8割の力でいい」と。

だが、2年生が迎えた甲子園の初戦。3年の捕手、森光司が何度もマウンドに駆け寄ったが、平常心はゲームセットまで取り戻せなかった。「すべては自分の精神的な弱さ。精神的に強くなって、また甲子園に」と話した。

夏への収穫もあった。4回裏、自己最速を更新する137キロの速球で決めた2者連続三振。2、3回には、冬の間に身につけた新たな決め球、縦に落ちるスライダーで三振を奪った。

出身地の茨城県鹿嶋市は、東日本大震災の被災地だ。「全力プレーを見せて勇気づけられれば」。そんな思いもこの夏に託す。

2011年3月28日 朝日新聞埼玉版掲載

Re: 野球部情報3/28
管理人 / 2011-03-28 13:01:00 No.19894
浦学逆転負け

第83回選抜高校野球大会5日目の27日、浦和学院は第2試合で鹿児島実と対戦。シーソーゲームとなり、一度はつかんだ流れを生かせないまま、逆転負けを喫した。前回出場の2005年に続く初戦敗退。しかし、制球に苦しみながらも完投した2年生エース佐藤拓也、10安打で九州王者を苦しめた打線に、アルプス席から温かい拍手が送られた。

浦和学院は1回、初球打ちで左前打を放った日高史也が犠打で二塁に進み、主将の小林賢剛が先制適時打。1点を追う3回は、4番沼田洸太郎が同点二塁打を放ち、4回には遠藤生の適時打で勝ち越した。

しかし、この日は先発の佐藤が乱調。5回、先頭打者への四球などで無死満塁とされて、逆転の2点適時打を浴び、6回も自らの失策が絡み失点。140キロ近い直球を軸に6三振を奪ったが、7四死球、3暴投、2失策と乱れた。

森士監督は「攻撃は良かったが、守りで未熟さが出た。こういう舞台だからこそ、足りない部分が浮き彫りになる」と反省。一方で「我慢強く戦ったことは今後に繋がる」と、夏に向けて巻き返しを誓った。

『体で止めた気迫プレー』

鹿児島実ナインへの大声援が、甲子園に響き渡っていた。5回無死満塁から2点適時打で逆転され、犠打でなお1死二・三塁。マウンドの佐藤拓也は今まで経験したことのない焦りを感じていた。

試合前の状態は万全だった。しかし、甲子園のマウンドは「ふわふわして落ち着かなかった」。球が高めに浮き、制球が定まらない。主将の小林賢剛は、遊撃の守備位置から佐藤の目を見て「動揺」を感じ取った。
「打って取り返す。思い切って投げろ」と声をかけた。

森士監督は、伝令の今栄尚人に「切り替えろ」と伝え送り出した。今栄は自分の考えで、マウンドに集まった内野陣にも呼びかけた。「まだ4回ある。守備で流れを変えよう」。佐藤は気を取り直した。「ここを抑えれば、打線が逆転してくれる。思い切り腕を振ろう」

プレー再開後、佐藤の投球フォームに本来の躍動感が戻った。鹿児島実の7番黒木兼太朗から外角へのスライダーで三振を奪い、続く丸山哲弘のピッチャー返しを体で止めてアウトにした。その目には気迫がみなぎっていた。

「失敗を引きずるな」。ナインは森監督が言い続けてきた言葉を大舞台で実践できなかった。だが、苦しい展開の中で、自分たちを取り戻した瞬間もあった。佐藤は試合後、「この試合を決して忘れず、精神的な弱さを克服する」と言い、涙を流した。夏に向けて自分たちに何が足りないのかを、甲子園は教えてくれた。

快音
ナインを鼓舞し続けた森光司捕手
「夏に甲子園勝利」

制球が定まらない主戦佐藤拓也に何度も駆け寄り、「絶対に受け止めるから、思い切り投げてこい」と声を掛けた。試合後、「佐藤を乗せてあげられなかった」と唇をかんだ。

森士監督は父で、3歳上の兄、大さんの影響で野球を始めたのは小学1年の頃。中学3年時には、甲子園スタンドから浦和学院の監督、選手としてグラウンドに立つ父と兄に声援を送った。「僕も同じ舞台に立ちたい」。兄と入れ替わるように進学した。

「お前と同じ実力の選手がいれば、俺はお前を使わない」。グラウンドの父は厳しい。最初は投手で、打力を生かすため、昨春捕手に転向した。配球やキャッチングに悩んだが、家で父がスコアブックを片手に、夜遅くまでアドバイスしてくれた。

兄のチームも甲子園では勝てなかった。「また絶対に戻ってきて、監督に勝利をプレゼントする」。心はもう、夏に向かっている。

2011年3月28日 読売新聞埼玉版掲載

Re: 野球部情報3/28
管理人 / 2011-03-28 13:50:00 No.19896
浦和学院のまれた エース佐藤は自滅

初の聖地はほろ苦かった。関東大会覇者・浦和学院の171センチの“小さな2年生エース”佐藤拓也投手は、本領を発揮できずに大甲子園を去った。

周りを見渡せば、3万5千人の大観衆。球場の雰囲気に完全にのまれた。「自分にとって特別なところなので、平常心で投げられなかった。悔しいです」と唇をかんだ。

冷静で鳴る右腕が完全に浮足立った。1点リードで迎えた五回、無死一、二塁から投前バントの処理を焦るあまりにファンブル。無死満塁とピンチを広げ、揚村に左前2点適時打で逆転を許した。さらに六回には自らの失策と暴投を契機に、追加点を献上した。

地震の影響で調整に狂いが生じた。沖縄キャンプ最終日に那覇空港で足止めされた。16日までの滞在延長を余儀なくされ、地元で組んでいた練習試合をこなせなかった。

佐藤の地元の茨城・鹿嶋市も地震の影響を受けた。被災した故郷に胸を痛めながらも、気力で腕を振り続けた。「この試合で精神的に弱いということがはっきりした。もっと精神的に強くなって、また甲子園に戻ってきたい」と自らに言い聞かせるように語気を強めた。

2011年3月28日 デイリースポーツ掲載

ADVENBBSの過去ログを表示しています。削除は管理者のみが可能です。