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浦学OBの活躍
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2011-05-16 09:41:00
No.20143
さいたまのライダー 松下ヨシナリさん(9期生)
「後悔したくない」
けが乗り越えマン島TTレースに再挑戦
奇跡の復活から夢の実現へ。英国領マン島で今月末から始まるバイクの公道レース「マン島TTレース」にさいたま市南区のアマチュアライダー松下ヨシナリ(本名・佳成」さん(41)が参戦する。2年前の同レースで転倒し大けがを負って以来、2度目の挑戦。レースの過酷さは世界屈指ともいわれ、その危険さは、身をもって体験したが、「やらずに後悔したくない」と完走を目指している。
マン島TTレースは島内1周、約61キロの公道を周回する。公道のため起伏が激しく、住宅街を200キロ近い速度で走り抜けることもあることから、転倒者が相次ぎ、命を落とす人もいる。1907年に始まり、世界最古のレースと知られている。
松下さんは2009年に初参戦。1レース目は完走したが、別のクラスの2レース目で転倒し、病院へ運ばれた。診断の結果、肩甲骨や足首などを複雑骨折。帰国して手術をし、全治まで10ヶ月近くかかった。
その間、日本人のレーサー仲間2人がバイクで走行中に転倒して死亡。自身も転倒して危険な思いをしただけに、「死」の恐怖を実感する日々を過ごしてきた。
それでも再挑戦することを決めた。「人生は1度きり。かなえられる夢があるなら、努力しなさい」。7年前に亡くなった母親が残した言葉にも、後押しされた。「人はいつか死ぬ。それなら生きてるうちにやれることをしっかりやりたい」。事故以来、参戦断念を考えたことは1度もなかった。
今回は1000ccなどの4レースにエントリー。電動バイクで争うレースにも日本人で初めて、国産メーカーのバイクで参戦する。初めての体験に不安もついてまわるが、「テスト走行では楽しく乗れた。本番でも期待できそう」と手応えを感じている。
レース以外にも、現地で東日本大震災の惨状を伝え、海外の人に募金を呼びかけるつもりだ。4月にフランスで開かれたレースで同様の呼びかけをしたところ、「日本を助けよう」との声が高まり、14万円近く集まった。
「こんな時期だからこそ、自分が挑戦する事で元気になってくれる人がいれば」と松下さん。自身の夢、亡くなった母や友への思い、復興への思い。様々な思いを乗せて、レース場を走り抜ける。
2011年5月16日 埼玉新聞掲載
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「後悔したくない」
けが乗り越えマン島TTレースに再挑戦
奇跡の復活から夢の実現へ。英国領マン島で今月末から始まるバイクの公道レース「マン島TTレース」にさいたま市南区のアマチュアライダー松下ヨシナリ(本名・佳成」さん(41)が参戦する。2年前の同レースで転倒し大けがを負って以来、2度目の挑戦。レースの過酷さは世界屈指ともいわれ、その危険さは、身をもって体験したが、「やらずに後悔したくない」と完走を目指している。
マン島TTレースは島内1周、約61キロの公道を周回する。公道のため起伏が激しく、住宅街を200キロ近い速度で走り抜けることもあることから、転倒者が相次ぎ、命を落とす人もいる。1907年に始まり、世界最古のレースと知られている。
松下さんは2009年に初参戦。1レース目は完走したが、別のクラスの2レース目で転倒し、病院へ運ばれた。診断の結果、肩甲骨や足首などを複雑骨折。帰国して手術をし、全治まで10ヶ月近くかかった。
その間、日本人のレーサー仲間2人がバイクで走行中に転倒して死亡。自身も転倒して危険な思いをしただけに、「死」の恐怖を実感する日々を過ごしてきた。
それでも再挑戦することを決めた。「人生は1度きり。かなえられる夢があるなら、努力しなさい」。7年前に亡くなった母親が残した言葉にも、後押しされた。「人はいつか死ぬ。それなら生きてるうちにやれることをしっかりやりたい」。事故以来、参戦断念を考えたことは1度もなかった。
今回は1000ccなどの4レースにエントリー。電動バイクで争うレースにも日本人で初めて、国産メーカーのバイクで参戦する。初めての体験に不安もついてまわるが、「テスト走行では楽しく乗れた。本番でも期待できそう」と手応えを感じている。
レース以外にも、現地で東日本大震災の惨状を伝え、海外の人に募金を呼びかけるつもりだ。4月にフランスで開かれたレースで同様の呼びかけをしたところ、「日本を助けよう」との声が高まり、14万円近く集まった。
「こんな時期だからこそ、自分が挑戦する事で元気になってくれる人がいれば」と松下さん。自身の夢、亡くなった母や友への思い、復興への思い。様々な思いを乗せて、レース場を走り抜ける。
2011年5月16日 埼玉新聞掲載