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野球部 情報
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2013-06-19 20:05:00
No.25833
打力備われば全国に通じる
◇「功労者表彰」受賞 高間薫・県高校野球連盟専務理事(57)に聞く
高校野球に長年携わった人の中から、地方大会の運営や後進の育成などに尽力した人をたたえる「功労者表彰」に、高間薫・県高校野球連盟専務理事(57)が選ばれた。浦和学院の野球部長や県高野連の要職を務め、埼玉県の高校野球の発展に貢献してきたことが評価された。
◇県勢夏初V 100回大会までに
――受賞の感想は?
「他の先生方と協力して、頑張ってきただけです。何十年も高校野球に身を捧げてきた先輩が多いなか、恐縮しています。県高野連は東西南北の4地区に分かれており、南部地区で私学の理事(当時は評議委員)がたまたまいなかったため、役職が回ってきた。それが高野連役員になったきっかけ。教員なので週末や祝日などを利用して職務をこなしてきました。特待生問題や、県高野連の一般財団法人への移行手続きなど慌ただしかったですね。理事長職に就いた時からは、学校に配慮してもらい、感謝しています」
――高校野球との出会いは?
「実は、中学時代はバスケ部、高校では陸上部に所属し、野球とは無縁の学生時代でした。高校野球に対する注目度の高さに嫉妬もしていました。ただ、野球部の連中と仲が良かったので、運動能力にたけた人間でも努力を重ねないと、結果が出せない厳しい世界だということを感じていた。だから学校から野球部長の就任を要請された時は、相当な勇気が必要でした」
――経験がないまま、強豪校の野球部長に就いていかがでしたか。
「強い学校は他校の手本にならなければならない。だから、監督はルールを教えてください。僕はマナーを教えます、と言って役割分担しました。例えば、死球を受けた打者が投手をにらみ返すようでは、観客の拍手はもらえません」
――高野連という組織に入って感じたことは?
「高校野球を支えているのは、強豪校だけではありません。昨年から連合チームでの出場が認められましたが、部員不足の学校もあります。厳しい環境にある彼らが練習に励む姿を見て、『この子たちが高校野球を支えてくれているんだ』と胸が熱くなりました。160を超す学校が加盟し、夏の甲子園の出場枠が10年おきの記念大会で2校に増えるのは、各校が支えてくれているおかげでもあります」
――夏の選手権大会は95回の節目を迎えます。
「この春、浦和学院が県勢としては45年ぶりに選抜大会を制しましたが、これは打力強化を訴え続けてきた成果だと思います。埼玉のチームは伝統的に守備は高いレベルにある。そこに打力が備われば全国でも勝てるチームはいくつもある。県勢はまだ夏の全国優勝を成し遂げていないので、100回大会までには、なんとか達成してほしいと願っています」
――最後に高校野球の魅力とは?
「捕手がプレー中に脱ぎ捨てたマスクを打者が拾ってあげたり、逆に、打者のバットを捕手が拾ってあげたりという姿。私はすごく素晴らしい場面だと思います。ぜひ、そういうところに注目してもらいたいです。子どもたちの一生懸命さを、周りの大人の方々も好意的に見ていただければうれしいです」
◇たかま・かおる 1955年、福井市生まれ。東京農大卒業後、89年に浦和学院高校に採用された。男子バレーボール部監督などを経て、91年に野球部長就任。2007年に退くまで、春夏通算で13回の甲子園出場を果たした。97年に県高野連の評議員に就き、09年4月には私学教諭としては初の県高野連理事長に。組織の一般財団法人化に伴い、現在は専務理事。
2013年6月18日 朝日デジタル 配信
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◇「功労者表彰」受賞 高間薫・県高校野球連盟専務理事(57)に聞く
高校野球に長年携わった人の中から、地方大会の運営や後進の育成などに尽力した人をたたえる「功労者表彰」に、高間薫・県高校野球連盟専務理事(57)が選ばれた。浦和学院の野球部長や県高野連の要職を務め、埼玉県の高校野球の発展に貢献してきたことが評価された。
◇県勢夏初V 100回大会までに
――受賞の感想は?
「他の先生方と協力して、頑張ってきただけです。何十年も高校野球に身を捧げてきた先輩が多いなか、恐縮しています。県高野連は東西南北の4地区に分かれており、南部地区で私学の理事(当時は評議委員)がたまたまいなかったため、役職が回ってきた。それが高野連役員になったきっかけ。教員なので週末や祝日などを利用して職務をこなしてきました。特待生問題や、県高野連の一般財団法人への移行手続きなど慌ただしかったですね。理事長職に就いた時からは、学校に配慮してもらい、感謝しています」
――高校野球との出会いは?
「実は、中学時代はバスケ部、高校では陸上部に所属し、野球とは無縁の学生時代でした。高校野球に対する注目度の高さに嫉妬もしていました。ただ、野球部の連中と仲が良かったので、運動能力にたけた人間でも努力を重ねないと、結果が出せない厳しい世界だということを感じていた。だから学校から野球部長の就任を要請された時は、相当な勇気が必要でした」
――経験がないまま、強豪校の野球部長に就いていかがでしたか。
「強い学校は他校の手本にならなければならない。だから、監督はルールを教えてください。僕はマナーを教えます、と言って役割分担しました。例えば、死球を受けた打者が投手をにらみ返すようでは、観客の拍手はもらえません」
――高野連という組織に入って感じたことは?
「高校野球を支えているのは、強豪校だけではありません。昨年から連合チームでの出場が認められましたが、部員不足の学校もあります。厳しい環境にある彼らが練習に励む姿を見て、『この子たちが高校野球を支えてくれているんだ』と胸が熱くなりました。160を超す学校が加盟し、夏の甲子園の出場枠が10年おきの記念大会で2校に増えるのは、各校が支えてくれているおかげでもあります」
――夏の選手権大会は95回の節目を迎えます。
「この春、浦和学院が県勢としては45年ぶりに選抜大会を制しましたが、これは打力強化を訴え続けてきた成果だと思います。埼玉のチームは伝統的に守備は高いレベルにある。そこに打力が備われば全国でも勝てるチームはいくつもある。県勢はまだ夏の全国優勝を成し遂げていないので、100回大会までには、なんとか達成してほしいと願っています」
――最後に高校野球の魅力とは?
「捕手がプレー中に脱ぎ捨てたマスクを打者が拾ってあげたり、逆に、打者のバットを捕手が拾ってあげたりという姿。私はすごく素晴らしい場面だと思います。ぜひ、そういうところに注目してもらいたいです。子どもたちの一生懸命さを、周りの大人の方々も好意的に見ていただければうれしいです」
◇たかま・かおる 1955年、福井市生まれ。東京農大卒業後、89年に浦和学院高校に採用された。男子バレーボール部監督などを経て、91年に野球部長就任。2007年に退くまで、春夏通算で13回の甲子園出場を果たした。97年に県高野連の評議員に就き、09年4月には私学教諭としては初の県高野連理事長に。組織の一般財団法人化に伴い、現在は専務理事。
2013年6月18日 朝日デジタル 配信