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魔狼群影 1−(3)b
K−クリスタル / 2007-01-10 23:22:00 No.1052
 三の巻(下)、紫を着る淑女は紅い霧を呼ぶ 


 夜の森の状況設定を解除し、再びしばらく休ませると、クリムはアズマを何もなくなった金属質の部屋に壁からじゅうぶん離して立たせた。
「そこでじっとしていなさい。絶対、動かないこと」
 そう告げると、アズマは明らかになにもわからない様子ながら、すなおに従った。
 クリムは鞭を手にし、アズマから距離を取って、向かい合った。その間、およそ5メートル。
 そして、鞭を握った右手を大きく動かしはじめた。
 ――ひゅぅう・・・ひゅんん・・・!! ・・・ひゅん、ぅん!!
 単に空中を振り回すだけに見えた・・・。だが、それは驚嘆してしかるべきテクニックだった。なにしろ、一度として床や壁に打ちつけて動きを止めることなく、空中を飛び続けるのだ。その軌道は、まさに縦横無尽自由自在――立っているアズマの右、左、前方、それどころか後ろでまで、鞭の作る風の音がしていた。その通り、彼女の周囲すべてを飛び回りながら、決してアズマに当たることもない。
 さらにその鞭の動きも風鳴りも、どんどん速くなっていく・・・。
 鞭という武器はふつうの人間が使ってさえ、熟練すればその先端の最高スピードは音速を超える。まして、特務機関フェンリルでも随一の鞭使い、蠍のクリムゾンの手練の技はスピードのみならず、その動きをも併せて、もはや常人の想像の及ぶところではない。
 ついにあまりのスピードに、その鮮やかな紅い色の鞭が目に見えなくなる。
 いや、わずかながらまだ見えてはいる。と言うより、猛スピードの鞭の赤い色が空中に流れ、空気にかすかに赤い色でもついたようである。あるいは、あたかも赤い霧か霞でも出て、それを通して向こうの風景を見でもしているかののごとく、まわりのどこを見まわしても、うっすらと赤色がかって見える。
 そう、気がつくと、アズマは薄い赤い霧につつまれているようなものだった。ただし、この霧は辺りに静寂をもたらすものではなく、一つの音をまわりで響かせつづけている。絶え間ない空気を切り裂く音が・・・。
 ・・・ひゅん! ・・・ひゅん! ・・・ひゅん! ・・・ひゅん! ・・・
 ――紅い霧(スカーレット・ミスト)
 当たれば一撃で相手を打ち倒す勢いで、しかし、決して当てることなく絶えず動かし続ける鞭が相手の周囲すべてをそっくりおおう・・・。言うなれば、飛ぶ鞭の軌道で形作られる結界の中に相手を封じ込めてしまうという、クリムの絶技の一つである。
 この技に囚われた敵がそこからとっさの判断で脱出を試みても、まずまちがいなく失敗することになる。なぜなら、ここから抜けださんと鞭の嵐の間隙を突こうとしても、肉眼ではほとんど視認できず、ために、耳を頼りに鞭の風切り音から離れて動こうとする。だが、超音速の鞭が音の聞こえるところにはもはや決してない以上、その判断も初めから誤っているのだ。
 かと言って、いつまでもただじっとしていられるものでもない。言うまでもなく、クリムがその気になれば、鞭の軌道をほんの少し変えるだけで、その先端についた巨大な針で、相手を360度の全方位からまさしく全身を切り刻むことも可能であり、それは当の相手には聞こえる風鳴りと共に、じかに肌で感じることとして明らかだからだ。
 実際、この技の?紅い霧(スカーレット・ミスト)?と言われる所以は、敵のまわりをおおう赤い鞭の残像という今の第1段階ばかりではなく、次の第2の、そして、最終段階として、切り裂かれた敵の全身から吹き出し、飛び散った血が空中に舞うそのありさまをも称していたのである。
 もっとも、今は鞭の先端についているのは訓練用の先の丸まった針であって、仮に誤って当たったとしても、ひどい傷をつけることはないが。
 しかし、そもそも敵を倒すだけなら、わざわざこんな持ってまわったやり方をとる必要もない。これはもともと生きたまま相手を確保する――それも、なるべく傷つけずにということが求められる場合の技だった。相手の戦意を喪失させ、抵抗の意志をくじくのをいちばんの目的としたものなのであった。 
 いったんこの状態に陥ったとき、ふつうの者はもはや動くに動けず、しかし、時が経つにつれ、確実に気力を削られていく・・・。相手に与えるそういう精神的なプレッシャーとしては、訓練用の針をつけた今の場合でもほとんど変わることはない。
 それをこの少女は・・・。
(――やっぱりね・・・)
 イタチのアズマの顔には、なんの動揺も焦りも浮かんではいなかった。単に内心を隠して、もしくは、表情に出ないだけというのではない。しんから平然としているのだ。荒れ狂う鞭の軌道の内部で、ごく自然にその場にたたずんでいる。おそらくクリムにはじめ言われたので、ただそのとおりじっとしているだけなのであろう。
 これは、冷静とか度胸がいいとかいうのとは違う。
(わかってないんだわ、危険が――いえもちろん、当たればどうなるか、ということは頭では理解している。でも、それが危険を感じる感覚には、そのままつながってはいかない。その回路がひとつ外れている・・・)
 クリムはアズマの落ちついた、というより、何の変化もしない顔や目の色をあらためて見た。
(薄い膜一枚隔てて、現実と対しているようなものね・・・。この子にとって、まだ実現していない危険性は、リアルな恐怖じゃない。――もし、そんなこの子が感じるものがあるとしたら、それはもっと直截的な・・・)
 そのとき、先刻パーティ会場で、不注意でやけどを負ったときのアズマの顔が不意に脳裏によみがえった。
 気に留めて判断することなく、無意識にごくふつうに解釈して見過ごしてしまっていたが・・・考えてみれば、この少女の場合は違うはずなのだった。
(そうか・・・あれは、自分の失敗が恥ずかしかったり情けなくて、泣いたわけじゃないわね。ただ痛かったから、涙が出ただけ。反射のようなもの――でも、だとしても・・・)
 赤い霧が揺らめいた。いや、わずかに動いたようだった・・・。

魔狼群影 1−(3)b
K−クリスタル / 2007-01-10 23:54:00 No.1053
 ――ピッ! ピシ! ピシッ!!
「え・・・! あっ・・・あ・・・?」
 一瞬にして、着物からのぞいたむき出しの腕、首すじ、袴の上からふとももと、アズマの身体の3ヶ所に衝撃が走った。それははじめ正体のわからないショックだったが、やがてじーんという痛みに変わって、脳髄に響いてきた。
 とがっていない訓練用の針、さらに、深刻なダメージをあたえないよう注意してかすらせた程度である。だが、それでも、痛みじたいはたしかに存在した。
 おどろき、とまどいといった反応の他に、このとき、アズマの瞳にはじめてはっきりとした感情らしきものが現れた。だが、それは恐怖や怒りなどとは少し異なっていた。より正確なところは、?不快感?というべきものだ。それも、ごく生理的な・・・。
(少なくとも・・・痛いのは、この子だっていやなわけだわ)
 ――ピシッ! ・・・ビッ! ビシッ!!
 つづけて、またほとんど同時にアズマの身体のあちこちで、鞭が躍った。
「――あっ・・・ぁあ・・・クリムさま、あ、あの・・・」
 柳眉を寄せて、それでも、この痛みをあたえている当のクリムに対してあいかわらず怒りもふくまぬ、ただ問いかけるような助けを乞うような視線をアズマは送ってきた。
 こうなっても、まだ怒りがわかないのはともかくとしても、おのれで判断することもしない。いまだに、先ほど自分に動くなといわれたことに囚われている――そう思い当たると、クリムはいらだたしげにアズマを見やり、告げた。
「アズマ」
 その目も声も、今までになく冷たい。
「いやなら――よけなさい!」
 言われて、アズマははじめてまわりに目をこらした。
 ――ビシッ! ビシッッ!!
 だが、見えない。よけられない。
「・・・あ・・・あ・・・」
 それどころか、逃げようとしてもどこにも逃げ場のないことにようやく気づいたように、おろおろとあたりを見まわした。
 追いつめられた小動物のようなおびえにも似た影がアズマの顔にさす。
(正確には、これもまだ恐怖感じゃなくて、嫌悪感や不快感というところなんだろうけど――反応としては、わるくない。これなら・・・)
 冷静にアズマを観察する一方、一瞬たりと鞭を振るう手は休めず、さらに容赦ない。
 ――ビシッ! バシッッ!!
「・・・ああっっ!!」
 これまでより強くクリムは打ってみた。たまらず、苦痛の声がアズマの口からこぼれる。
 しかし、逃げることのできないアズマはとうとう両手で頭をおおって、しゃがみ込んでしまった。
 その背をさらに鞭が襲う。
 ――ビシッ! バシッッ!!
「うっ・・・! あっっ・・・!!」
 当たるたび、えびがはねるように瞬間身をのけぞらせはするものの、アズマはその体勢で、その場から動こうとせず、ただいやいやをするように頭を抱えたままかぶりを振った。
「・・・」
 クリムは一度大きく振り上げるようにしたのを最後に、動かす腕を止めた。ひゅうぅぅんん、んん・・・! 尾を引いて風切り音がやむとともに、赤い霧はさっと晴れた。そして、幾重もの輪になって、鞭は彼女の手の中に収まる。
 やめたのは、さすがにかわいそうになった――と言うよりは、これ以上続けても無意味とさとったからだった。
(だめね――いやがってることは確かだけど、この程度の痛みでは、これ以上の反応を引き出すことはできそうにないわ・・・かと言って、これより強く打ってたりしたら、この子の体力ではもたない。効果が出る前に、倒れちゃうでしょう・・・。痛みを大きくするために実戦用の針に替えたら、体にあたえるダメージがシャレにならないし・・・)
 いとぐちはつかんだ。だが、このまま押しすすめることはできない。
 ようやく解放されたのが分かって安堵したのか、頭をかばっていた両手を床について、肩で大きく息をしているアズマをクリムは見下ろした。
(どうしたものかしらね・・・?)


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆


さてさて、無事(?)、新年のアイサツもすみましたんで、
ハナシの続きも、投下だーーッ!!

――イヤ、スデに二葉師の美麗イラスト挿し絵カンセーいただきましたんで、
もー、最後までトーコーすることもできるんですが・・・

まー、前回、三の巻を(上)としてわけちまいましたから、
とりあえず、その(下)ダケね サイゴまでだと長いし

コンカイの見どころのヒトツは――
クリム姐さんの新技披露!! であります♪

いやまー、マエから、チラーっとかんがえてたモノではあったんでつが・・・
アズマたんのコノ物語のテンカイに、
ウマくハマったカタチでだせて、マンゾクマンゾク (* ^_^ *)

サテ、で――いよいよ・・・

次回、完結ッッ!!
刮目して、待て!!!

紫を着る畜生は大いなる破壊を呼ぶ
仮面ライダーG5‐ギャラクシア / 2007-01-13 23:20:00 No.1055
1−(3)bっていうと何だかゲームのステージ分岐みたいだなw

それはさておき、クリムの鞭さばきの描写は非情…あわわ、非常に洗練されてて見事だね。
何か文体がみさきさんに似て見えるのは気のせいだろうかw

スカーレットミストか…技の中身をうまく表したネーミングだな。
捕獲用という事で用途もはっきりしてるみたいだけど、
全身に刃物を張り巡らせてるような奴には通じなさそう。
例えばハリネズミの怪人とかw

それにしてもアズマのこの抜けっぷり、天然の極致だなw
危険を感じる感覚がすっぽ抜けてるアズマをクリムはどう訓練するのか、先が思いやられますな、
と思ったら次回で簡潔?…あわわ、完結?
何かすごい奇跡的なアイデアを思いついたりなんかするんでせうか。
7000AP賭けとこ。

4回目にして ・ ・ ・ ・ 
ライオンのみさき / 2007-01-22 23:21:00 No.1060
 遅れてしまいましたけど、わたしからも感想を――

 このお話も、すでに4回目の連載ですね。もう少し短い軽めのお話かと思っていたのです(確か、クリスさまもそう仰っていたような……)けど、長さといいテーマといい、本格的なお話になってきた気がします。
 でも、考えてみましたら、このお話はもともと、わたしが二葉さまと功坂さまのイラストを拝見して、「この場面のお話も読んでみたい」という希望を申し上げたことから、クリスさまが考えてくださったものでしたよね。……それなのに、今までは掲示板で感想おつけすることができないできてしまいました ・ ・ ・ ・ 本当にごめんなさい。
 せめて、今回はまだ下の方にあります、前回の三の巻の上と合わせて、三の巻全体の感想として申し上げますね。

 冒頭、二の巻ラストの場面から、一瞬お話の場所が変わったように思われて……それでも、二の巻のファントム・ルームの機能の説明から、本当に場所を移動したのではないのだろうということはすぐにうかがわれたのではありましたが、実際には本物ではない立体映像のものなのですけど、その森の中の様子の描写がまずとても印象的でした。最初のシーンとして、すごく雰囲気があって、頭の中に光景が思い浮かびますし、二葉さまのイラストともよく合っていると思います――また、それだけではなくて、読み進めていくうちに、このあとの戦いの場面へつながる状況設定としても有効になっているのが分かりました。
 それにしても、暗い夜の森の中、射し込むひと筋の月光を浴びて、ドレス姿で、しかも、なぜか鞭を手にして佇むクリムさんのお姿というのは、何とも不思議な光景で、イメージとしても鮮烈ですし、クリムさんという方のキャラクターを見事に表して、成功していると思います。  
 そして反対に、その冒頭では姿を見せないことによって、むしろ逆に存在感を強めているアズマさんとの対比もいいですね。
 アズマさんの特徴の一つとして、外見のおしとやかな感じとは一見矛盾するような“野性”というものがあるということは、産みの親でいらっしゃるエマさまに以前からうかがっておりましたけれども、それを訓練で身につけたものでなく初めから身に備わっていた、森という環境に自然に溶け込む性質という形で表すというのも、おもしろいと思います。
 また、そこに比較として、適性の上にさらに訓練を経たノワールさんのことを出しているのもうまいですよね(笑)。
 そして、それまでの“静”から一転して“動”へと移る戦闘シーン――二葉さまのイラストはその時のアズマさんが飛び出してきた瞬間をとらえたもの、ということになりますね。……でも本当は、絵の方が先にあったんですから、それにぴったり合うシーンを、今までお話を進めた上での自然な流れでそこへ持っていって描き出されたのも、実にお上手でした。
 戦闘そのものは時間的にはごく短い間の出来事ですし、結果としてはアズマさんがクリムさんに手もなく捻られてしまったという印象なのですけれど、そこへ至るまでのお互いのいろいろの作戦とその読み合いなどがあって、おもしろかったです。――エマさまによりますと、アズマさんの作戦の方はセリーナさんに教えられていたものをそのまま実行したのだろうということですけれど、確かにアズマさんには一からそういうことを意図して、自分で考えて行動するというのは、難しいでしょうね。
 そして、その時のアズマさんの示した反応に違和感を感じたことから、前のセリーナさんの言葉を思い出して、そして、それを確かめようというのが三の巻の下でのクリムさんの必殺技の披露につながるわけですね。その展開もうまいと思います。さすが、ご自分でも仰るだけのことはありますね(笑)。

 その“紅い霧(スカーレット・ミスト)”という技は、とても高度な技術で、また、攻撃に使えばすごい威力もあって、特にその最終段階では恐ろしい残酷な面も持っているのではありますけど、その不吉な中にも美しい感じで、赤の女王と言われるクリムさんにふさわしい華麗な技ですね♪ 名前もそれによく合ったものですし。
 閉じ込められた鞭の檻からその軌道が見えないために、相手が音に頼って抜け出そうとしても、その速さは超音速なためにそれもうまくいかない、というのが特に印象的で、なるほどと感心しました。
 ――それにしても、鞭って、本当に音速を超えるんですか……? すごいんですね ・ ・ ・ ・ 。

 ところで、この技の描写のことで、兄貴さまがわたしの文章に似て見えると言われていますけど――ここの書き込みだけではなくて、チャットでお話ししていました時にもそう仰って……。
 仰られた時には、そうかしらと思ったのですけど、読み直して考えてみましたら、わたしがこういったものを描写しようという時にも、確かにこういう――段階を踏んで述べていくとか、現在実際に起こっていることだけではなくて、もしものいろいろな場合を想定して、詳しい説明にするですとかの――やり方をするかもしれません。その意味で、文章の感覚にも近いところがあるのかもしれません。
 クリスさまはどうお思いか、分かりませんけれど……。

 それで、スカーレット・ミストに包まれても、通常なら恐怖と焦りに追いつめられていくところをいっこうに動じないアズマさんがようやく反応を見せたのは実際に打たれて初めてで、しかも、まだそれでも本当の恐怖感とかではなくて、ただ生理的に痛いのがいやというだけなんていうのは、さすがに普通の感覚ではありませんよね。
 エマさまがお褒めになっていらっしゃるように、アズマさんという複雑で、描くのは難しいだろうキャラクターの性質をこうしたことから浮き上がらせて、さらにその奥にまで深く分け入っていく というのがすごいと思いました。

 次回の完結編も、期待しております。チャットで見せていただいた二葉さまの絵が挿し絵に使われるのですよね。あのすてきなイラスト自体はすでに一度拝見させていただきましたけれど、お話の中であの場面は具体的にはどういうシーンなのだか、今回のことで、ただ痛みを与えるというだけではどうもだめなようですから、それもまた、楽しみです。
 ――アズマさんがどういうふうな扱いを受けるのかは、心配でもあるのですけど ・ ・ ・ ・ 。

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