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魔狼群影 1−(4)
K−クリスタル / 2007-02-04 16:23:00 No.1062
 四の巻、紅蠍、毒針の痛撃もて微睡む鼬の娘の目を覚まさしむ


 二日後――
 イタチのアズマは再び、ファントム・ルーム内にいた。今日の彼女の姿は巫女装束ではなかった。いや、それ自体はむしろ当たり前のことであるのだが、しかし、今のかっこうもふつうとは言いかねた。身体を動かしやすいのはまちがいないが、それにしてもいささか肌の露出が大きすぎた。上はえりぐりの大きな極端に丈をつめたランニング型のものがほぼ胸だけをおおい、その腹部はすべてむき出しで背中も細い生地がわずかにつながるばかりで、大きく開いている。また、下は短いスパッツかホットパンツのような・・・言うなれば、セパレートタイプの水着のようなものだけを身につけていたのである。
 そういうかっこうをしてみると、この少女はほっそりとして胸や腰の張りもごくひかえめで、およそ女性としての成熟にはほど遠いものの、同時に、そのしっとりとした情感をたたえたたたずまいは、けっして、おさない子どものものでもあり得なかった・・・。
 が、それは本人の意識とは関わりのないことらしく、アズマ当人はただじっとその場に立っているようだった。
「ふうむ・・・やっぱり、いつもと少しようすが違うわね」
 だが、入口近くに立っていた女性はそう感想を述べるようにかたわらのクリムに言った。白鳥のセリーナである。クリムからの連絡を受け、今日は彼女が伴ってアズマとここに来ていたのだった。ようすの違いといって、余人にはとうていわからない。ずっとアズマを見てきたセリーナにして、はじめてそれと気づくことであった。
「この前は、なにか、よほどだったようね。・・・あの子の話じゃ、あまり要領は得なかったけど――あなたのところにまた行くと言ったときにも、若干反応があったわ」
「そう・・・?」
「なんだか、緊張というか・・・もっと言うと、あなたをこわがってるみたいだった――もちろん表情に出たわけじゃないから、あくまで感じだけど」
「・・・。それは、いい徴候かもね。こんどの趣旨から言うと・・・個人的には、複雑だけど。まあいいわ、はじめましょう」
 言うなり、鞭を手にアズマの方に向かう。彼女自身も、前回のようなドレス姿ではなく――しかし、こちらは一般的な訓練用のスーツである。
 アズマとはまったく対照的なゴージャスそのものの体の線がくっきり露わになるくらいフィットしているが、手首まであるそでにさらに今度は短い一般的な型の手袋をはめ、下のすそは靴の上の足首までのび、実際に外に現れているのは首から上のみだった。
「アズマ――」
 そのクリムが呼びかけたとき、確かにアズマが身体をぴくんとさせたのをセリーナは見た。
「いい? 今からのわたしの攻撃を何とかして逃げるか、防いでみなさい。もちろん、あなたの方も攻撃してかまわないから」
「――はい」
 その声にも心なしか、緊張が混じっているように思われた。
 が、答えてすぐアズマは腰につけたホルダーから針を取り出し――着物のようにしまっておくところがないので――、指の間にはさむ、と・・・
 ――たっ・・・!
 いきなり床を蹴って、クリムの方へかけ出した。対するクリムはことさら動くことなく、そのままじっと近づくアズマを見つめている。
(ん? いつになく、アグレッシブね・・・? ――あの子がすぐ行動に出たとしても、それはたいてい何か言われたからで、ほんとに自分からということは、ほとんどないんだけど)
 やや目を見張って見守るセリーナの前で、アズマはクリムの手前6メートルほどのところでその勢いのまま宙高く飛び上がり、下のクリムを狙って、左右の手から針をはなった。
 セリーナが教えてきたうちでも、今のアズマの中でもっとも形になっている攻撃法のひとつであった。その攻撃にいたるまでの動作だけ見るならば、ほぼ完成されていると言っていい。だが・・・
 ちっ、とセリーナは舌打ちする。
(しかけるのが早すぎる。こちらの出方をうかがってる相手にいきなり、しかもまともに出して、どうするの。しばらくやり合った中で不意を打ってこそ、意表を突けるのに・・・。おまけにかわされると、あとの隙が大きいのよ、それ・・・空中で次を用意できない、今のあなたではね――これはまた、帰ったら、お説教だわ)
 仮に不意打ちできたにしても、クリム相手に通用はすまい――ともセリーナは思っているが、今問題にしているのはそういうことではない。結果はどうあれ、身につけた技をアズマがより有効に使えるかどうかということである。
 その点で、アズマの今の攻撃は短慮に過ぎるように見えた。
 ――いや、どこかあせっているのか・・・? 
 原因は不明だが、アズマのようすからセリーナはそういう印象を持った。まあ、であるにしろ、叱っておくべきことに変わりはない・・・。
 さらに、セリーナには知らないことがある。アズマはいちどクリムにこの技を見せており、着地の際の隙の大きさもすでにつかまれているのだ。
 一昨日は見逃したが、二度めとなると――
(ここは、この際、それもわからせておくべきね・・・)
 クリムはそう決断する。
 ――ひゅん!! キン、キキキン・・・! ・・・ぴしぃいっ!!
 ふるわれた鞭ははじめ空中でジグザグにうねって、向かってきた6本の針をことごとく四方にうち払い、続けてまっすぐ伸びると、緩やかな弧を描いて、空中からちょうど降りてきたアズマの向こうずねを打った。
 ――びくんんっ!!
 その瞬間、感電でもしたかのように、アズマの身体がはね上がるようにして一瞬硬直する。
「・・・っっ!!」
 ぎゅっとかみしめた歯の間を空気が通る音のみがした。アズマは声を立てなかった。だが、こらえたからではない。衝撃の大きさに反射的に息を吸いこんだため、外に出る声とはならなかっただけだ。言わば、無音の悲鳴――いや、絶叫。むしろ、それほどにショックは激しかったのだ。
 その証しに、ちゃんと着地できずにばたんと床に倒れ伏し、そのうえ、あのアズマがはっきり顔をしかめている。
(え? そこまで・・・?)
 しかし、セリーナはいぶかしんだ。むき出しの脚を打ったとは言え、今の一撃がそこまで強烈なものとは見えなかったのである。
 アズマは上体だけ起こして打たれたところを手でさすっていたが、すぐ立ち上がると、今度はクリムを見ながら、横へ走り出す。
 あの少女にしてありえるとも思えない、必死ささえ感じられるそのようすを目にして、セリーナはアズマの内心を理解した。
(ああ、じっとしていると、また赤い霧に包まれてしまうと思って、それで、動きまわろうと・・・よほど、懲りたようね。――ただ問題は、あの子の体力ではそう続けてはいられないということよね)
 そちらは分かった。だが一方で、セリーナはますます不審を募らせてもいる。
 再び走り出したアズマの姿からは、そのスピードといい、脚にさほどのダメージが残っているとは思われない。先ほどの反応の激しさからすれば、こんなに簡単に回復するものではないはずなのであるが・・・。
(何か、不自然ね・・・)
 眉を寄せ、セリーナは考えに沈んだ。
 倒れていたアズマの明らかな隙をクリムは今度は突かなかった。アズマが立ち上がり、走りはじめるのを待った。それはアズマを打ちのめすのが目的ではなく、動き続けられるようにしておかなければ、彼女の防衛反応を引き出すという趣旨からして意味がないからだろう。おそらく、クリムには今回は、いったん決まればアズマには防御不能な赤い霧をしかけるつもりもないに違いない。つまり、それと知らないで、アズマはクリムの意図どおり動かされていることになる。しかし・・・?
 思考をたどりながらも、セリーナの目は眼前の2人のようすをしっかりとらえていた。今アズマはクリムを中心として、円をえがいてまわりを走っている。そうして相手の隙を見出せば、攻撃に移るつもりなのであろう。
 対するクリムの方はただそのアズマを目で追うのみで、またも動かずいた。
 だが、一瞬で状況は変化する。
 ――ぴしっっ!!
 クリムの鞭が突如として鋭い音を立て、走るアズマを一撃ではね飛ばした。
 それはアズマが走る軌跡で描いていた大きな円を鞭の直線が真っ二つに断ち割ったかのごとくであった・・・。
 もちろん、アズマはクリムの攻撃がとどかないだけの距離を取っているつもりであったろう。しかしながら、その目測は誤っていた。鞭は数ある武器の中でも、もっともその間合いを見きわめにくいものであるため、戦闘経験のすくないアズマであってはこれはむりもない。
 けれども、肩口を打たれ、いちど体を宙に浮かせて、そのまましりもちをついたアズマのそのありさまは、やはり鞭の勢いだけによるものとは見えなかった。
「・・・ひっっっ!!」
 今度はまぎれもない鋭い苦悶の叫びをアズマは上げ、打たれた肩を押さえながら、みずからすすんで背後へ倒れるようであったのは、とっさに苦痛から逃れんとする本能的な懸命の動きであるようにセリーナには思えた。
「・・・はっ、はあっ・・・はあっ、はあっ・・・はあはあ・・・」
 そして最初とは違い、すっかり息があがり、すぐにはまだ立ち上がれないでいるらしいアズマに向かって、クリムは容赦なく次の鞭をふりおろす。
 ――ばしっっ!!

魔狼群影 1−(4)
K−クリスタル / 2007-02-04 16:31:00 No.1063
 しかし、当たらなかった。だが、それはわざと外したのだろう。鞭は床に倒れ、しどけなく開かれたアズマの脚の間をすさまじい音を立ててたたき、アズマをびくりとさせた。 
「アズマっっ!!」
 続いて飛んだ叱声も、劣らず厳しかった。
「痛いのがいやなら、逃げなさいっ!!」
「っあ・・・」
 あわててアズマは立ち上がり、はじめ足をもつらせるようであったが、どうにか立て直し、かけ出す。
 だがすでに反攻の意志もなく、とりあえず逃げるだけのようだ。
 しかし、それを見てとったクリムは、今度はみずからも走ってあとを追いかけはじめた。
 見ていると足の速さはそう変わらず、通常であればすぐには追いつけそうにない。
 だが、走りながら、クリムは腕を振った。鞭が空飛ぶ赤い蛇のように、背後からアズマに襲いかかる。
 ――びしっ!!
「あぅっっ!!」
 細い腰に蛇の牙が突き立った瞬間、アズマは背をおおきく反らせた不自然なかっこうでいちど跳びあがり、着地するときまたバランスをくずして倒れかけたが、今度はすんでのところで踏みとどまった。・・・しかし、止まってしまったことには変わりなかった。こちらも足を止めたクリムがその場から、さらに攻撃をくわえる。
 ――びしっ! ばしっっ!!
 わき腹、そして、背中に・・・
「ふっ・・・は・・・あ、ああぁっ!!」
「そら、早く逃げるかよけるかしないと、もっと痛い目を見るわよ!」 
 アズマのあげる悲鳴にもかまわず、クリムは冷酷に言い放った。言われたアズマは力をふりしぼって、またかけ出す。それをまた、クリムも追いかける・・・。
(う〜〜ん、これって・・・)
 セリーナは腕を組んだ。――冷や汗をかく気分で・・・
 ?赤の女王?という現在の通称が正式に認められた暗号名のように定着する以前から、その容姿と得意の得物が鞭であることから、クリムは周囲から陰で?女王様?呼ばわりされていた。が、本人はそれをいやがり、かなり気にしてもいたのをセリーナはよく知っていたし、実際、性行あるいは嗜好の面でべつにそんな要素はないのにと、いたく同情もしていたのである。
だが、今のこんなありさまのようなのを目にしては、それもしかたない気もしてくる・・・なんせ、逃げまどう少女を鞭を振りまわしながら追いかけ回しているのだ――いや、そもそもは、自分が頼んだことからはじまったわけなので、まちがっても口に出してそんなことは言えないのであるが・・・。
 それでも、やはりクリムは手加減もしている。あれだけ打たれて、まだアズマが立って動いていられるのだ。それに、アズマの身体を見ても、その透きとおるような白い肌はところどころ赤くなっている程度で、鞭で打たれたあとはほとんど残っていない。
 しかし・・・それにしては、打たれたときのアズマの反応が激しすぎた。やはり、変だった。痛がり方がふつうではない。
(あ――もしかして・・・)
 セリーナの頭にひらめくものがあった。
 そのとき、目の前の光景もちょうど新たな局面を迎えた。セリーナの予想したとおり、アズマのスタミナはもたなかった。走るスピードが目に見えてが落ち、身のこなしも雑になってしまっている。こうなると、もはやアズマにはクリムの鞭から逃れる望みは薄い。
 後ろから再び凶悪な紅い蛇が噛みついたのは、こんどはすらりとしたアズマの右のふくらはぎだった。いきなり強制的に足の動きを止められ、しかし、走る勢いが残っていたアズマはがくんと体勢をくずしつつ、その右脚を軸に半回転して、クリムの方を向く。
「・・・ふっ、ふうっ・・・ふうっ・・・ふうっ・・・!」
(・・・ん?)
 セリーナの注意が刺激された。振り向いたアズマの息は荒かった。だが、それは先刻とは異なり、ただ呼吸を乱しているだけではないと感じられたのだ。
 ふだん何の色も映し出さないあのアズマの目に、今、何か燐光のようなものが灯っている・・・。
 それは怒りやくやしみ憎しみといった、はっきり形を成した感情ではないかもしれない。だが、少なくとも――
(興奮してる・・・?)
 気がつくと、アズマのその手にはいつの間にか針が握られていた。まだ投げる体勢にはない。だが、握ったこぶしにはぐっと力がこめられている。
 ?窮鼠?――
 そうした言葉が思い浮かぶ。
(こんな・・・あの子の姿は、はじめて見るわ。ギリギリまで追いつめられて、あの子の中で、何か変わった・・・? いえ――それとも、今まで隠れていたものがはじめて表にあらわれたのかしら?)
 ――ひょう・・・!
 鞭が唸りを上げた。
 ――ばんっ!!
 自分へ向かって飛んでくる、そのよくは見えない先端に対し、アズマは退がらず、逆に一歩前へと踏みだし、同時になかば当てずっぼうに、指の間にはさんだ両手の針をたたきつける・・・!!
(むちゃを・・・!)
 セリーナは目を剥いた。
 いま、もしクリムの鞭が実戦用のものだったとしたら、一歩間違えば、一瞬のうちにアズマの手はずたずたになっていた。現在の装備は訓練用のものなのだろうからそれはないが、それにしても、失敗していたなら、持った針で自分自身の手をひどく傷つけていたことだろう。
 だが、今はともかくもアズマは成功した。2、3本針をはね飛ばされながらも、鞭をはじき、はじめて体を打たれることを避けえたのだ。
 ――だっっ!!
 さらにアズマは間をおかずクリムの方へと床を蹴り、またたくうちに間合いをつめていく。
 セリーナのまなざしが強くなる。彼女はやや評価をあらためた。
(ちょっと乱暴すぎるのは、たしかだけど・・・でも、やるわ。あきらかに、今までとはちがう・・・)
 ――だが、アズマの反撃もそれまでだった。
 自分に全速で迫ってくるアズマを、自身一歩も移動することなく見すえ、二呼吸の間クリムは待った。
 そして、ただ腕だけを動かした――アズマにはじかれた鞭は蛇が進む方向を変えるように身をくねらせて再び宙をアズマへ向かい、こんどはしたたかにその両手を打って、針をすべてはたき落とす。
「ひ・・・ぃっ! ――はっ?」
 続いて、次にはまさしく獲物を襲う蛇さながらアズマの身体に巻きついて、ぐるぐると両腕ごとアズマの胴体を縛りあげ・・・
「あ――あ、あ、あ・・・」
 そしてその状態のまま、まったく無力になったアズマのやわらかな首を下方から螺旋の軌道を描いてのぼってきた鞭の先端が打った。
「ああぁーーーっっっ!!」

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――死の拘束(デスロック)
 相手の身体を拘束し、動きを完全に封じてから、よけられないとどめの一撃を加えるというクリムの決め技のひとつ――
 鞭を自分の身体の延長のごとく自由自在に、いや、それどころか、まるで意思持つ別の生き物であるかのように動かせるクリムだからこそなし得る高等技術である。相手との間合いが近いことは、この技には相手の身体に巻きつける分の鞭の長さの余裕ができるということだった。だから、アズマに十分近づかせたのだ。 
 気をつけの姿勢のままアズマの全身に力が入り、身体全体を強張らせ、びくっ、びくっと23度痙攣まで起こすと――ぐったりとなって横に倒れた。
(少しばかり、やり過ぎかもしれないけど・・・しかたないわよね――今日はとにかく、徹底してやっとかないと・・・)
 クリムは鞭を波打たせるように手元であやつる。その波は次第に大きくなりながら先の方へと伝わり、倒れたままのアズマの身体をごろんと何回転か床の上に転がして、彼女を解放した。 
 そして、束縛はなくなったが、息も絶え絶えで、床に倒れたまま動けないでいるらしいアズマに、
「しばらく休憩」
 そう告げ、そばを離れた。

魔狼群影 1−(4)
K−クリスタル / 2007-02-04 16:34:00 No.1064
「おつかれさま」
 こちらに戻ってきたクリムに声をかけてから、セリーナは問いかけるような視線を送った。
「――毒ね?」
「正解――かなり、特殊なものだけど」
 言うと、クリムは鞭の先端を持ち、セリーナに示した。実戦用には、鞭の先のややふくらんだところから金属質の巨大な注射針状のものが飛び出ているのが常だった。ふくらんだ部分は薬だめで、相手の身体に針が突き刺さると、その先の穴から体内へと薬を注入する仕組みなのだ。だが、いま針の代わりについていたのは、短かめの丸い棒のようなものであった。これなら、切ったり刺さって傷つけることはまずないはずである。また、材質も金属ではなく、ゴムのような弾力のある物質で、打撃としてもさほどダメージを与えるものではなかった。
 だが、よく見ると、それには肉眼ではほとんど見えないほどの微少な穴がスポンジのように無数に空き、そこから透明な液体がしみ出してきているようだった。
「ちょっとさわってみて、セリーナ」
「え・・・?」
 いきなりのクリムの言葉に、セリーナは思わず警戒の色を浮かべた。
「そうすれば、どんなものかすぐわかるから――だいじょうぶ、実害はないわ。ただし、ほんとにちょっとだけにしておいて。わたしは耐性があるんで感じないけど、ふつうの人にはかなり刺激が強いはずだから」
 言われて、セリーナをおそるおそる手を伸ばし、指先をほんの少し、ふれた。
「痛(つ)っ・・・!」
 痛いとして知覚されるより前、むしろ熱いといった方が近い感覚が瞬間に襲ってきた。わずかに遅れ、鋭い苦痛が追いかけてくる。まるで、赤く灼けた金属にさわってしまったかのようだった・・・。だが――
「・・・え?」
 反射的に手を引っ込め、指に息を吹きかけていたセリーナは目を丸くした。衝撃的なほどの痛みは吹きかけた息にとけ込んでいったかのように、ほどなくうそのように消え去ったのだった。
「――どうなってるの?」
 セリーナの疑問に、クリムは答えた。
「この薬、身体に触れると痛覚をすごく刺激はするけど、肉体の組織を破壊するわけではないの。だから、取ってしまえば、痛みも傷も残らない。そして、揮発性が強くてね、ほっておいても、すぐ蒸発してなくなってしまうわけ」
「なるほど・・・」
 それで、アズマの反応の不可解さのわけがわかった。アズマにわざわざああしたかっこうをさせた理由も――。薬が肌にじかに触れやすくするのと共に、逆に、服の布地が薬を吸って液体の状態を保っては痛みが長引いてしまうため、それを防ぐためもあるのであろう。
「だから、本来は相手の体内にはいるようにして使うの。わたしの針はもちろん、ノワールの爪やワイルドの吹き矢にしても、刺したり切ったりすることで、つけていたこの薬が体の中に残る。そうすれば、もう蒸発することもなく、痛みが当分続くということね」
「――想像したくないわね、それは・・・」
「そう、だけど、相手に実際的なダメージをあたえないんで、使い用はあるのよ、いろいろと。捕獲任務のときなんかに、相手を無傷のまま無力化するとか――あとは、まあ・・・言ってしまえば、拷問のときとか・・・」
 セリーナは黙ってうなずいた。進んでやりたいようなことではないが、フェンリルの任務にはそうしたこともしばしば必要となるのは当然のことである。
「それはともかく、あの子に関してはおととい見ていたようすから、使えるかもって試してみたんだけど・・・おもった以上に、うまくいったみたいね」  
「ええ。効果は十分だったわ」
「たとえ恐怖心は働かないとしても、体に感じる痛みへの不快感があれば、それを避けようとすることから、防衛反応を引き出すことはできる・・・。とにかく今日は、この痛みをあの子の体に刻みつけるまで、徹底的にやってみるわ」
 両手で持った鞭をピン! と張りつめさせながら、クリムは何でもないようすで不穏なことを口にする。そして、セリーナの方を見て、ふっと笑ってみせた。
「それに・・・この感じなら、この先あなたが同じようなことを続けることもできるでしょ――それもあなたなら、わざわざこんな仕掛けを使うまでもなく、ね」
 言われて、セリーナははっとした。
「あ、そこまで考えて? ・・・まいったわね。ほんとに、お礼の言葉もないわ」
 セリーナの持つ特殊能力の一つに?雷光剣?と呼ばれるものがあった。持った剣に電気を帯びさせるというものだが、それでアズマに訓練を行えば、体に触れたときの瞬間的な感電は今クリムがやっているのとほほ同様の効果があると考えられる。
「いえ、この方法考えてて、気がついてみたら、たまたまあなたの力にも合ってたというだけのことで・・・そうなったのは偶然の産物だから、そこまで感謝してくれる必要はないわ。――ただね・・・」
 軽く手を振って言ったあと、クリムはむずかしい顔になった。
「ここまでやってきて、あらためて思うことだけど・・・やっぱり、あの子はだめよ、セリーナ。前線には出せたものじゃない。これで仮に防衛反応を叩き込めるとしても、それ以前にまず、根本的な体力がなさ過ぎる。今の状態では、戦いになる前に彼女は倒れてしまう・・・ むりに戦場まで連れ出したとしても、ろくに役にもたてず、仲間の足手まといになるのがオチだわ」
「ええ、そのとおりね。よくわかってるわ・・・」
 セリーナはうなずいたが、しかし、
「それについて、いま考えてる。霊能局の人たちとも相談してね――たぶん・・・何とかなるかもしれない・・・」
「そう――」
 はじめて知った話だが、それ以上詳しいことはクリムはあえて聞かなかった。それは彼女の仕事ではなかったからである。セリーナがそう言うからには、やはり上層部はアズマを前線に出す方針を変えるつもりはなさそうで、そのための方法をも模索しているようだった。とすれば、もはや彼女が口を出すことではない。
 だが同時に、今日のことはやり遂げるつもりである。こちらは自分の仕事として。
「さて・・・再開しましょうか」
 クリムはアズマの方へ向き直った。見やった少女はいまだ床にすわって休んでいるようだったが――逆に言えば、体を起こせるくらいには回復しているのだということになる。
 ――ばしんっっ!!
 いきなり鞭が床を叩き、激しい音が空気をふるわす。
 アズマはびくっとこちらを向いた。その目に生気が戻っていることをクリムは確認した。
「アズマ、続きよ! いいわね?」
「はい」
 感情はうかがえないが、すくなくも気力は感じられる返事を返して、アズマは立ちあがる。
「セリーナ――」
 そのアズマの方へ進みながら、こちらには背を向けたまま、クリムはつぶやくように言った。
「あの子のことで、もう一つわかったことがあるわ」
「え?」
「最初は、前も言ったとおり、あの子を?お人形?のようだと思ってた。記憶と感情をなくしたために、生まれたての赤ん坊のようにまっさらな心になって、自分の意思までうまく働かなくなった無垢な存在、とね――でも、どうやらそれでは正確じゃない・・・」
「――どういうこと?」
「無垢という点では、たしかにそう・・・ただ、それは人形のようにケースに閉じ込められ、外界から守られてあるものとはちがう・・・むしろ、野生の生き物のような・・・あの子の根幹は言ってみるなら、?野生?にある気がする。つまり、あの無垢さは自然のまま、ひとの手のふれなかったところにあるもの――言葉づかいとか礼儀とかていねいすぎるぐらいちゃんとしてるから、なかなかわからなかったけど」
 振り返り、こちらを見た。
「こんな言い方じゃ、抽象的すぎるわね・・・。でも、言いたいのは――今のままでは戦闘には堪えない・・・それはまちがいないとしても――あの子の本質は、決して弱くはないわ」
 セリーナは深くうなずいた。
「わたくしも、そう思う。さっき、あなたに追いつめられたときのあの子のようすを見て、感じたの。あの子には、まだ、奥がある・・・」
「――それじゃ、少しだけでも、その奥への扉を開くお手伝いをしましょうか・・・」
 クリムはそう言うと、アズマの待つ方へまっすぐ向かう。
 こちらを見る少女の目は、また元のなんの色も映し出さない無表情に戻っていたが、しかし、はっきりこちらに向いていた。クリムはその目をじっと見つめる。その中に、まだ見えないなにかを見出そうとするかのように・・・。
 セリーナに言ったとおり、徹底的にやるつもりだった。それが彼女の仕事だからである。だが、同時に、この少女が戦う運命から逃れられないものなら、その生きのびる見込みを少しでも増やすため、それが今クリムのしてやれる唯一のことだったからでもあった。
 ――ひゅぅうん・・・!!
 紅い鞭が唸り、空を裂いてアズマへと飛んだ。

おわったーい♪
K−クリスタル / 2007-02-04 16:39:00 No.1065
  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 つーワケで――ついにッ、完結っ!!

 つか、フト気がつけば、も、2月じゃないか・・・キノーは2月の3日、節分・・・

 ミンナあぁぁ、マメまいたかああぁぁ??

 ぢゃなくて――

 いや・・・もーとうにできあがっていたのに、ナンカ、アップに時間かかったなー、と・・・はて?

 ともあれ、コンカイの見どころは、前回に引きつづいて、ココでもマタ、クリム姐さんの必殺技コーカイ!!!

 セッテーにはあってマエからナマエだけはしられていた、アノ技がツイにヴェールを脱ぐ!!

 ナンと、美麗図解入りでーーー!!ww

 そしてマタ・・・アズマたんのかくされた本質のイッタンがツイにあきらかに・・・?!!

 とくと、ごタンノーあれ!!!


――マダ、テスト中なんだがな・・・こんなことしててイーのか、僕?

いやー送れた遅れた
ノエルザブレイヴ / 2007-02-06 23:19:00 No.1066
遅ればせながら感想をつけさせていただきます。

何やら思わぬ大作となったようですがそれはそれでよかったと思います。
序盤の戦闘シーンですが、相変わらず緊張感がありますね。また、「後ろから再び凶悪な紅い蛇が噛みついたのは〜といった比喩をさらりと混ぜているのはなかなか技ありだと思います。私の場合どうも「ストレート一本で攻める中継ぎ投手」という感じになってしまいますがクリスさんの場合そういう技も含めた力があるから長い作品が書けるのかな、と少し思いました。
あと、今回の目玉「デスロックイラストつき」はさすがに凄いと思いました。クリスさんの文章の描写がしっかりしているのは前から分かっていたことでしたが、それに絵描き職人・二葉さんのイラストが組み合わさって1+1が5にも10にもなっているように思えます。さすがです。一つ気になる点があるとすればアズマ嬢の顔が何か真剣味が無い(本人は真剣だと思いますが)ように見えたところでしょうか…。
しかしやはりアズマ嬢は難しい少女である、ことがよくわかるかな、と(わがままとかそういう意味ではありません。また私はそれを個性であると思っています)。以前私はアズマ嬢に対して「ロボットは感情が無い故に判断面で苦労する」という哲学者の言葉を引き合いに出した記憶がありましたがそのあたりはやはり感じます。しかし、今回の場合は前回などと異なって多少自分の感情が出かけたかな、という描写がありましたのでその辺りに何と申しますか「ニューアズマ嬢」とでも言えばいいものを見出した気がします。
そして、思いますにアズマ嬢って先輩受けのいいタイプなのかな、と。確かに扱いづらいというか難しい面はありますがその辺りがむしろ先輩たちを惹きつける要素となっているのかと。そういう意味では初期のサキ嬢と似てますね。

いずれにせよ、お疲れ様でした。そして感想あまりつけなくてすみませんでした。私も機会がありましたら夢カルキャラで何か書きたいと思います。お互い面白い物書ければいいですよね。

遅参、御免有れ。
神威 道雪 / 2007-02-11 03:09:00 No.1068
そうですねぇ、大作なんで質はどうなんだろうか、落ちやしないだろうかと読んでましたら、実に高い物だというのが初見感想でした。
あんまり良い作品作るとコメント残す隙が無いですぜ?
特に心象の捉え方と表現技法は素晴らしいなぁ、と。
自分が苦手なのでここはホレボレしましたよ(苦笑
戦闘シーンは、んー、自分からすれば物足りませんが、これ位がバランス取れてて良いと思いますですよ。
あ、1コ気になったのが。
漢字を避けてる箇所は意図があるんですかね?
どうも、そこだけが自分の中で不明瞭なんで。
いずれにせよ、手本としたい点が幾つもありました。
てゆーか、イラは反則(何
破壊力二倍効果(ry
では、暴走する前に失礼しますー。

Re: 魔狼群影 1−(4)
エマ / 2007-02-26 02:48:00 No.1077
感想遅くなりました。
魔狼群影、ついに完結ですね。

この作品で気に入っているのが、タイトルでしょうか。「紅蠍、毒針の痛撃もて微睡む鼬の娘の目を覚まさしむ」なんて、凝っていますね。
内容はまさに、そのまんまの事を言い表しているんですけど、「微睡む鼬」という表現がなかなか言い得て妙だなと思いました。
「微睡む鼬の娘」よりも「微睡む鼬」か「微睡む鼬娘」の方が語呂がいい気はしましたが。

さて、アズマの今回の服装、サービスだとの事で、まぁなんと反応すればいいのか(笑)
生みの親としてはですね、もちっと露出高くても良かったとかなんつってww
んなこといったら、双葉さんがマトモに受けてエラいこっちゃなイラストを書いてくれたけど……。あそこまでは要求してないww
それより嬉しかったのは、
>そういうかっこうをしてみると、この少女はほっそりとして胸や腰の張りもごくひかえめで、〜〜〜
>〜〜〜が、それは本人の意識とは関わりのないことらしく、アズマ当人はただじっとその場に立っているようだった。
という所、アズマの身体的特徴や雰囲気を非常に上手く描いてくれています。18歳ともなると大分女性の体つきとしては成熟に近づいてくるはずなんですが、アズマの場合は若干遅いのか、なんなんでしょうね。体形としてはかなり痩せているタイプなので、特に未成熟という印象が出るのかもしれません。
やせっぽち、という形容詞を私は考えているんですが、あんまり合わないかな? もちろん男性よりは皮下脂肪がきちんとありますが、そう……しっとりって感じww

クリムさんに追われて打たれながらあたふた逃げているのは、フェンリル隊員候補生としては本来はみっともない姿なのでしょうけど、ウチのアズマだと逆にそっちの方が持ち味なのだと思います。虐げられる事によって魅力が出てしまうような……。
途中で、感情がないと言われていたアズマが興奮、という反応を示すところは、意外に思われた方も多いかもしれません。
もちろん、「このやろー!」と思っているような感情を伴ったではなくて、動物本能的な興奮と言って良いですこれは。
ノエルさんも指摘してくれたように、普段と追いつめられた時で、基本的な性質そのものが大きく変わり得る子だと思います。
本当は、アズマの内に眠る「野生」という性質は、私が自分で作品中で見せようと思っていたのですが、こんな早めに明らかになってしまいましたね。
うーん、こういうオイシイところは後にとっておきたかったのだがww

しかし、初心者相手にデスロックとは……仕事となれば容赦ないなクリムさん。アズマ、ケーレンしちゃったよw
いや、まぁそういう所も良い絵になると思うんですが、さすがにちょっと生みの親としても今更ながら罪悪感が……(遅い

それにしても、「白鷺、はばたく」と今回の話で、クリムさんのキャラクターがかなり立ってきたんじゃないでしょうか。
実力といい、目利きといい、一目置かれる存在ですね。
ワイルドさんとクリムさんの魅力は大分あきらかになったと思うので、今度はノワールさんですね。こちらも他の機会であれば、楽しみです。

あ、そうそう、今回の双葉さんのイラストは、ぜひエマステのイラスト公開ページでぜひ掲載させてください。おねがいしまーす♪

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