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てんゆび外伝1 零
K'SARS /
2007-02-18 01:53:00
No.1073
雨が降っている。
空を真っ黒に覆っている雲から、絶え間なく降る、忌々しい水の粒。
いっそのこと、雨なんて無くなってしまえばいい。
そうすれば、私の心も晴れるときがくるかもしれないと思うから。
だけど、心の中でそれはないと言い切る、もう一人の私。
その姿は、自分の時間を止めてしまった、小さな私。
あの人が来て、答えを出さない限り、この雨は止むことはない、と。
祭りは、止めることも再開することも出来ずに、時を止めたまま、今も柵にしばられている。
想い人よ。
願わくば、どうか私の心を救いたまえ。
てんゆび外伝1 壱の一
K'SARS /
2007-02-25 02:19:00
No.1074
電子音だけが、辺りを支配していた。
その部屋の主は、数年の間も眠っている、ある人にとっての眠り姫。
人工呼吸器の付けられている顔は、いや、身体全体が骨と皮だけになり、生きているよりは生かされている、と言ったほうがいいかも知れない。
これが、今日という日の現実。
過去の結果が生み出した、受け止めるべき真実。
到底見せられない、姿だった。
「お久しぶりです。もう、来ないつもりでした」
ベッドの横にあるパイプ椅子に座って、私は無表情で機械的に言葉を紡ぐ。
「もう、あなたがこんな姿になって5年も経ちました。変わってしまったもの、変わらないもの、たくさんありますが、少なくとも、私には変化しかありませんでした」
5年前。
私の全てが変わった日。
私の全てが止まった日。
私の全てが失った日。
私の家族がいなくなった日。
思い出すのは、あの日のあの人の、鬼のような表情だけ。
ずっと傍に居られると思っていた自信はもろくも崩れ、絶望だけが残された。
あの人の日々が耐えられなくて。
あの人の笑顔がないのが辛くて。
あの人の声が聞けないのが辛くて。
悲しくて、切なくて。
どのぐらい、私があの人に依存していたのかと、思い知った。
だから、許せなかった。
あの人の心も、身体も全てを持っていきながら、裏切ったこの人を。
今思えば、全てが逆恨みだった。
裏切りたくて裏切ったわけじゃない。
悲しませたくて悲しませたわけじゃない。
わかっていたから。
この人が、どれだけあの人に救われて、救っていたのかを。
全てが幸せに包まれて、私がお姉ちゃんと認めてもいいかなと思っていたぐらいに、満ちていたから。
だからこそ、反動が大きかった。
「今更謝ったところで、私のやった罪が消えることはないです。こうして、あなたの身体に痕がついてしまっているのですから」
私は月明かりに微かに照らされた、この人の首に手をやる。
くっきりと、私が首を絞めた痕が残っていた。
よくは覚えていないけど、無表情で無感情で、やっていたと思う。
頭にあったのは、この人への恨みだけだった。
それ前後のことは覚えていないけど、ここにこの人が眠っていることが、全ての結果。
取り返しの付かないことをしたとは思っていない。
今だって、芽生えた殺意は色濃く残り、許可さえもらえばいつだって殺す。
ためらいなんかない。
それこそ、この人を殺しても後悔なんてしないし、それこそ本望だ。
……ああ、今日はこんなことをやりにきたわけじゃないんだった。
「私、この街を離れることにしました。あなたのせいで、楽しくて、明日を待ちわびていた気持ちも、全部壊れてしまったから、一刻も早く、出て行きたいと思っていました。先日、合格通知が来ました。恨みって、ときどき思っていたよりもすごい力を生み出すものですね。これで、少しはマシになるんでしょうか」
この街よりも遠く離れた土地になる、獣医学科の大学への進学が先日決まった。
家族から多少なりとも反対があったけど、私は強行した。
少なくとも、こんな私が慣れる職業じゃないってわかっている。
でももう、ただ呆然と見るだけで、何もしない存在にだけはなりたくなかったから。
獣医にしたのは、表向きは動物が好きだから、消え行く命を繋ぎ止めたいという理由だけど、実のところは、幼いときに経験した出来事がきっかけ。
私の知らないところで消えた命と、あの人と経験した別れ。
その二つが、感情を失くした私に残っていて、かろうじて前へと進むきっかけになった。
何もしないで駄々を捏ねているよりは、遥かに生産的。
「……いえ、違いますね。あなたが生きている限りは、私の恨みは消えませんし、あの人が帰ってこなければ、ずっと引きずったままです。とにかく、今日はそれだけを言いに来ました。では、これで」
軽く一礼して、病室を去る。
最後に、病室に前に掲げられている忌々しい名前、寿美幸の名前を確認して。
「桃お姉さん」
「春陽?」
病院から出た私―平野桃華を待っていたのは、一番下の妹、春陽だった。
春陽は、あの事件が起こった後に養子になった娘で、ここの場所を知らないはず。
「どうしたの? こんなところで」
「湊お母様から聞きました。多分、ここにいるだろうって」
「母さんったら、余計なことを」
「あの、何かまずかったですか?」
「……ううん。なんでもないわ。帰りましょう」
私は春陽の手を取って、家路へと向かう。
住宅街を通り、河川敷へと続く道路には、車の跡が新しい道が続いていた。
元々この辺りは田舎道で、地元住民以外はほとんど使うことがないから、当たり前と言えば、当たり前。
こんな何気ないところにも、あの人との記憶は染み付いている。
いえ、違う。
この街全てに染み付いてしまって、至るところで過去が甦ってしまう。
それはとても辛くて、悲しい。
楽しいことも全て、塗り替えられてしまう。
だからこそ、早く離れたい。
持病の病気のように、私を苦しめるものから。
「桃お姉さん。河川敷に、寄りませんか?」
「寒いだけだし、何もないよ?」
「何も降りるわけじゃないですよ。ただ、景色を見るだけですから」
「ったく、しょうがないわね」
「えへへ。ありがとうござます」
(ったく、仕方がない奴だな)
(だってぇ、見たいんだもん)
脳裏に、セピア色に色づいた過去の記憶がフラッシュバックした。
あの人と小さいときの私。
何もかもが幸せで、あの人も幸せな日々を過ごしていた、もう帰らぬ日々。
「? どうしたんですか?」
「なんでもないよ。行きましょう」
「はい」
春陽は私の手を取って、気分よく歩き出す。
何故かはわからないけど、春陽は河川敷で遊ぶのが好きみたいで、私は時々、気分転換と姉妹のスキンシップを兼ねて付き合っている。
晴華と辰也の妹弟がいるのだけれど、この2人は、暇さえあればいちゃいちゃしているから、正直、独り身には目に毒であり、幸せの邪魔をしてやりたい気分に陥ってしまうから、多少放置気味。
とは言うものの、晴華とは同じ部屋だから、時折一緒に寝ながら近況報告やらしてくるので嫌でも知ってしまうわけだけど。
「えへへ」
「楽しそうよね、春陽は」
「だって河川敷は、桃お姉さんと出逢った場所ですから。だから、いつもそのことを思い出すと、嬉しくなってしまうんですよ」
「そっか……」
今の春陽は、遠い昔の私。
河川敷は、初めてお兄ちゃんと遊んだ場所。
ただそれだけなのに、河川敷がとても神聖なもので、私とお兄ちゃんだけの世界が広がっているんだって思っていた。
実際には、他にも遊んでいる子達もいたのに。
だけど、そういう場所だったからこそ、あの出会いもあったのかもしれない。
「うーん、冬の風が気持ちいいです」
河川敷に着いた春陽は、風を浴びるように身体を大きく広げた。
「寒いだけだと思うんだけどね」
「桃お姉さんは、風情がないですね」
「現実主義だと行ってちょうだい」
「うふふ。……ねえ、桃お姉さん」
「うん?」
春陽の声のトーンが低くなる。
「私がどうして、ここが好きなのか、知っていますか?」
「さあ?」
「桃お姉さんが、初めて笑顔を見せてくれた場所だからですよ」
「……忘れたわよ、そんなこと」
「ああ、ひどい〜」
春陽はぷく〜と頬を膨らませて抗議するものの、私にはそれが可愛くてついついいじわるしてしまう。
安心しなさい、春陽。
この日のことを忘れるわけないから。
あんたは、私をこっちの世界に戻してくれた恩人なんだからさ。
「……ねえ、あの人。寒くないのかな?」
春陽の指差した先を見てみると、男の人が大の字になって寝そべっていた。
傍らには、何故かカラスがちょこんと立っていた。
「ヘンなの」
「……まさか」
昔、同じような光景があった。
もし、あのときと同じ人なら……。
そう思ったら、身体が自然と動き出していた。
「桃お姉さん?」
「やっと、会えた!」
小さな頃から待ち望んでいた、私にとって何よりも大事な、再会かもしれなかった。
てんゆび外伝1 壱の二
K'SARS /
2007-02-25 02:21:00
No.1075
サキミと別れてから、俺は生まれ育った実家の近くへとやってきた。
もう戻らないと決めていたのに、いざ近くまで来ると、自然と足が向いていた。
「うう、寒いよー」
「お前、根性なさすぎ」
肩に止まっていたカラス形態のそらが、情けない声を出した。
なんでも、サキミにしばらく様子を見てくれと頼んだそうで、中心街から少し離れたところで、俺の元へとやってきて、ずっと肩に止まっている。
傍から見たら、あまりいい画とはいえないな。
「だってボク、寒いの苦手なんだもん」
「なら、あったかいところに行けばいいだろう?」
「うう、いけず〜」
徐々にいじけ出すそらとじゃれあっているうちに、いつの間にか河川敷へと出ていた。
川には今年も多数の白鳥たちが飛来して、羽を休めていた。
こういう光景を見ると、帰ってきたんだと実感する。
「ほれ、仲間たちとじゃれ来い」
「あのね、いくら鳥類だからってね、みんながみんな、仲間ってわけじゃないんだよ。猫さんと虎さんとか違うのと一緒だよ」
「いや、それは極端だと思うが……。まあ、いいか。そらは、友達作りが苦手ということにしておこう」
「違うよー」
こいつはイジって楽しいことが判明したところで、俺の視界に2人の少女の姿が写った。
それは一見すれば、普通の少女たちなのかもしれない。
でも、その中の一人を、俺は知っていた。
長い髪を後ろで一本に結んでいて、大きな黄色のリボンをしている。
この地を離れてから一番気がかりだった、あのとき、まだ幼かった少女がそのまま大きくなったような、俺のかつての妹。
生まれてからずっと一緒で、仕事の都合上であまり帰って来れなかったときの父親代りとして接してきて、すごく懐いでくれた娘。
俺の中ではまだ幼い面影しかなかったが、彼女はそのままの姿で大人になったかのように、可愛く、また美しく育ってくれたようで、すぐにわかった。
「………出来れば、このまま去るのがいいんだろうけどな」
風の便りと、家のことを報告してくれる人がいてくれるために、状況はわかっていた。
己の自己満足のせいで、彼女の人生を狂わせた。
一時期は完全に塞ぎこんで、死の境を彷徨わせてしまったらしい。
そんなことをしまった俺が、彼女に会うなんて、いや、こうして姿を見ることですら、身分違いというものだ。
でも、言われていたから。
「気持ちの整理がついて、あの娘に会う決心がついたら、逢ってあげて。冷えた心を溶かしてあげて」
決心なんてついていないけど、何の因果か、こうして目撃してしまった以上、逃げるなんてことは出来ないな。
「もしあいつなら、反応してくれるかな…」
俺はそらを肩からどかし、雪原と化した野原に降りて、そのまま大の字になって倒れた。
「あの、浩人さん? さ、寒くないの?」
「ひんやりして気持ちいいぞ」
「うう、イジメだよー」
「はっはっは」
そらといい、サキミといい、どうしてこうもイジるとおもしろいんだろうな。
にしても、懐かしいな。
一緒にここで遊んだときに、あいつが足をもつれさせて倒れてかけようとしたところを助けて、でも俺もバランスを崩して倒れたんだった。
そのとき、俺が下であいつが上だったんだけど、知らないうちに女の子の体つきをしていて、少しだけドキドキしてしまったんだ。
もちろん、自制心を駆使して湧き上がる欲望を抑えていたのだが、知ってか知らずか、あいつは思いっきり甘えてきたんだった。
……気づいたか。
遠くから、2つの足音がこっちに向かってくる。
覚悟、決めるか。
「……えい!」
近くまで来たあいつが、俺の胸に飛び込んできた。
すっかり大人の女性に成長したことを感じさせるぐらい、いい匂いが俺を包み込む。
「やっと、やっと会えたよ、お兄ちゃん!」
でもそれ以外のところは変わらなくて、つい撫でてしまいたくなる衝動を抑える。
今の俺には、そんなことは出来ないから。
「……知らん振りしようかなって思っていたんだけど、無理だったよ」
「そんなことしても、追いかけて捕まえるもん。逃がさないもん」
「それで人違いだったら、どうするんだ?」
「間違えたりなんかしないもん。お兄ちゃんなら、匂いでわかるもん」
次々と、琴線に触れることを言ってくれるこいつに、我慢が出来なかった。
「……ありがとう。なあ、撫でてもいいか?」
「うん。いっぱい、私がとろけるまで、撫でて」
「とろけてしまったら困るから、その手前までな」
「うん」
俺の胸に顔をうずめて甘えている娘の頭を、そっと優しく撫でてやる。
さらさらと手入れが行き届いた髪は、すごく気持ちよかった。
「…ただいま、桃華」
「おかえりなさい、浩人お兄ちゃん」
それは、雪解けを待つ季節の、望んでいた妹と望まぬ俺の再会だった。
<続>
Re: てんゆび外伝1 零
エマ /
2007-04-02 21:55:00
No.1085
感想遅くなりました。
てんゆび、もう結構シリーズがあるような気がしますけど、今度は外伝ですね。どれのシリーズの外伝なんだろ。
今度樹形図とか作りませんか?w
てんゆびって明るくて微笑ましいシーンと、辛いシーンと起伏が結構ある作品ですが、今回の外伝は特に重いシーンから始まりましたね。
病院のベッドに横たわる女性に、恨み辛みを静かに語る部分、後の方でそれがあの桃華ちゃんだと分かって驚くのですが、一体この人と何があったのでしょうね。「寿美幸」というキャラクターは私は初めて聞くのですが、どこか悲しいすれ違いか、心ならずも回避不能な衝突の結果、桃華ちゃんが自分の手でこの女性を植物状態のような感じにしてしまった、ということなのですね?
なんだか、辛いですね。桃華ちゃんの負の面としては激しい怒りのようなイメージがありましたが、冷たい激しさ、といったイメージも今回感じられました。もちろん、明るい面も優しい面も沢山持ち合わせていて、おそらくその比率などは作品によって違いが出るのだと私は捉えていますけど。
ところで、この「寿美幸」さんとの軋轢は、てんゆび本編とは別のパラレルワールドで発生した出来事、という認識でよいのでしょうか。本編でも桃華ちゃんは辛い過去を持っていたので、それが他にも複数あるとテーマがぼやけてしまう気がしますから、やっぱりパラレルワールドなのかな、と私は思うのですが。
春陽ちゃん、も・・・初めて聞いたキャラクターのような気がします? え、違う?
養子の子ですか。結構家庭事情も複雑ですね。でも、この子とは桃華ちゃん、うまく言っているようで安心ですね。何歳くらいなのか、自分が養子だということで臆したりせずに、上手くお姉さんに甘えられる子のようで、確かにみんなに可愛がられそうな感じがします。
で、後半で浩人さんに視点が切り替わりますが、この外伝って、もしかしたら交互に二人の視点が切り替わったりするのでしょうか。ちょっと面白そうですね。なんだか、今回からサキミちゃんが居なくなったせいか、そらちゃんにイジリ対象が切り替わったみたいでちょっとそらちゃんが気の毒ですが(笑)
再会のシーン、桃華ちゃんと浩人さんで、お互いの過去に対して持っているイメージについての違いとか、会いたがっているかそうでないかの違いとか、文章の視点を切り替える方法を使ってうまく際だたせているのが良いですね。特に浩人さんの、体がくっついた時妹の感触にどきどきしてしまったというのが、特有の・・・・なんだ、味わいみたいなのがww
桃華ちゃんの、それまでのクールさから、一転して浩人さんに対する子供返りしてしまったかと思うくらいの反応の変化が面白いですね。
「お兄ちゃんなら、匂いでわかるもん」
なんて、なんだ・・・どんな兄妹なんだw
くやしーな、もう。
ふんっだ・・・いーじゃんいーじゃん・・・とろけちゃえば、いーじゃん・・・(´・ω・`)
美月「変わったいじけ方ですね・・・」
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空を真っ黒に覆っている雲から、絶え間なく降る、忌々しい水の粒。
いっそのこと、雨なんて無くなってしまえばいい。
そうすれば、私の心も晴れるときがくるかもしれないと思うから。
だけど、心の中でそれはないと言い切る、もう一人の私。
その姿は、自分の時間を止めてしまった、小さな私。
あの人が来て、答えを出さない限り、この雨は止むことはない、と。
祭りは、止めることも再開することも出来ずに、時を止めたまま、今も柵にしばられている。
想い人よ。
願わくば、どうか私の心を救いたまえ。