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燕雀輪舞(バーディーズ・ロンド)〜番外編3〜
ライオンのみさき / 2011-06-19 01:13:00 No.1987
 二体の真っ黒の化け物が近づいてくる。
 巨大な海老状の形をしながら、二本の足で立って走るその姿は不気味な一方、どこか滑稽さも感じさせる。
 その進行方向の先にいる青年――坂下恭一は、こうした危急の際にはそぐわないそういう感想を内心抱いたが、一方でいささかの気の緩みも見せてはいなかった。
 近づく相手に向けておもむろに愛銃デザートイーグルを構えた手を伸ばし、続けて二回引き金を引く。
 連続して轟音が轟き、化け物達の足が停まる。
 だが――それだけだった。
 倒れるわけでもなく、また、見た目にその身体に損傷を与えた様子も見られない。
 そのうえ、恭一は撃った直後、甲高い金属音のようなものを聞いていた。
 一方は頭部、一方は胸部を狙い、いずれも当たったのは間違いないことのようだったが……。
(跳ね返しやがった――ハンドキャノンとまで言われるこいつの弾を……)
 恭一は肩をそびやかす。
(やっぱなあ、やたら硬そうな殻だとは思ってたんだ。これが完成形ってことか……)
 熊すら仕留める弾丸の直撃を食らいながら、二体の化け物はわずかの間その動きを止めただけで、何事もなかったかのように再びこちらへの移動を開始する。
(ちっ、せっかく手間暇かけて作った特製品に入れ替えたってのに……)
 退魔師――人の身で魔を払うことを仕事とする坂下恭一の扱う武器は通常の銃器ではない。さまざまな法術・魔術を施すことで、本来とはまったく異なる威力・性質を持たせている。
 今手に持つデザートイーグルに先ほど込め直された弾丸は、“焼夷拳銃弾”。――撃ち込まれると体内で発火し、魔術で強化された炎が目標を内部から焼き尽くすという恐るべきものだった。
 たとえ、このような化け物どもが相手だとしても、充分倒せるはずの武器……だが、それもこれもこの弾を敵の体内に撃ち込めてこそのことではある。
(体の表面ではじかれちまってちゃ、どうしようもない)
 状況は困難。しかし、恭一に焦りの色はない。
(ま、跳ね返されちまうってんなら、殻のないところを狙うまでだ。あの殻で全身がくまなく覆われているってわけじゃない。それじゃ、ああうまくは動けないだろうから――関節だな。そこにはきっと隙間がある……)
 注意してよく見ると、体色が黒く、夜の明かりの下では目立たないが、思った通り、頭と胴の間、腰の辺り、胴と足の繋ぎ目や足首、そして、長いはさみの根本などには隙間が存在するようだった。
 狙うとしたら、そのうちのどれか。しかしながら……。
(問題は、俺の腕じゃ、ああいう小さい的に遠くから当てるのはまず無理ってことだ……)
 充分引きつけるしかなかった。もちろん、それにはそれだけ危険を伴う。
 だが、気後れして当てられもしない距離からいくら撃っても、弾を無駄にするだけ、ますます不利になる。確実に当てられる間合いまで、何としても耐えて、ぎりぎりまで敵の接近を許すほかない。
(とんだ度胸試しだな)
 自嘲気味に独りごちたが、恭一の顔に浮かんだ表情はむしろ不敵だった。
 ただ、いちかばちかの賭けなどというわけでもなかった。それなりの策も立てている。
(基本的に奴らの武器は、あのばか長いはさみだけのようだ。仮に一発で倒せなかったとしても、それにもダメージを与えられれば、危険もその分減る……)
 しかし、はさみの根本や肘部分は体の他の部分より動きが多く速く、的としては最も難しく、またたとえ当てられたにしても、体の中心から離れている分、いかに焼夷拳銃弾でも、そちらの腕にのみダメージを与えるだけで仕留めきれない可能性が出てきてしまう。それでは、いくら相手の武器を潰せたとしても、本末転倒だった。だいたい、その場合でも、敵にはまだ腕がもう一本残っているのだし。
 やはり、体内に撃ち込むことが最優先。しかし、同時に失敗しても敵の武器をいくらかでも封じることができ、さらに、それほど動きの激しくない……そんなポイントがあるとするなら、それは――。
(肩だ)
 ……いや、海老状のフォルムをしている化け物達に“肩”と呼べる部位があるかは判然としないが――とにかく、あれだ、腕の付け根だ。
(俺を攻撃しようと、腕を振り上げた時、横に回って、その腕の付け根を下から、体の中めがけて一発ぶち込む。これだ)
 それで、もし倒せなかったとしても、当たれば、とにかく敵の武器を一つは減らせる。方針は定まった。
(あと厄介なのは、こっちに来るのが一匹だけじゃなく、二匹いるってことだが……うまいこと動き回って、一匹ずつ相手をするようにしかないな)
 恭一はいきなり走り出した。向かって来る敵の方へこちらからもいったん接近して、そして、鼻先をかすめるように途中で横に向きを変える。その彼を追いかけ始めた化け物達は恭一の走った側にいた方が前、もう一方が後の縦列の格好になる。
(そろそろだな……)
 そのまましばらく走り、化け物達の間が前後にある程度離れたことを見てとった恭一は、向き直り、立ち止まった。
 後についてきていた化け物が走ってくるその勢いのまま、はさみの腕を前へと大きく振って恭一の首を刈り取るかのように払ってきた。
「おぉっと……!?」
 ひやりとした、危なかった。化け物達の足の速さはほぼ見切っていたが、腕の振りの速さとその届く距離の方は予測を超えていた。
 しゃがむと言うより倒れ込むようにして何とかかわしものの、頭のすぐ上を巨大なはさみがないでいくのが風にそよぐ髪の感触で実感として分かった。
 だが、気にしてはいられない。すぐに二撃めが来る。息もつかず、屈んだその体勢から、化け物の足下へ身を投げ出す。身体をひねって半回転し、仰向けになる。すぐ目の上に、狙うべきポイントが見えた。
 撃つ。撃った弾丸が吸い込まれるように化け物の体内へ消えていく。地面を転がって、そこから離れ、起き上がる。棒立ちのように突っ立った化け物の身体が瞬間膨れあがったかと見えると、一拍置いて、その全身が紅蓮の炎で包まれた。
 焚き火で木が爆ぜるような音が次々として、見ると、化け物の全身を覆う殻にひびが入っていくようだった。
(よし、やった! ――次は……)
 恭一は、逃れる時、一匹めの化け物を二匹目との間にはさむように位置を取っていた。火だるまになって燃え続ける一匹めを壁にして、それを避けてやって来る相手の動きを見定め、そのさらに横に回り込んで、攻撃する――そのつもりだった。ところが……。
「なにっ!?」
 思わず声を上げていた。後から迫ってきていた二匹めは巨大な松明のような仲間を横に迂回することはせず、まっすぐ走ってそのままその巨体からは到底想像もつかない跳躍を見せ、軽々と飛び越えてきたのだった。
(しまっ……)
 一瞬で真っ正面の眼の前に迫られた相手に対し、横に移動しての攻撃どころか、突き出すように伸びてくる開いたはさみをただ回避することさえできそうにない――恭一は、無駄と知りつつ、銃を乱射しようとした……。

/ 2011-06-19 01:35:00 No.1990
 だが、その時、恭一の視界を黒い影が横切り、彼の喉元に迫ってきていたはさみの軌道を横へねじ曲げた。とっさに跳び退るように後退する。すると、声が聞こえた。
「所長、大丈夫?」
 さすがに先ほどののんびりしたような感じでこそなかったものの、それでもあくまで明るい声だった。
 気がつくと、ライダースーツの若者が恭一を庇うようにして、化け物の前に立っている。
 今回、恭一の元へやって来た守護天使のもう片方、燕のマーク。いつの間にか駆けつけたこの若者が自分の首をもう少しで切断しそうだった化け物のはさみを横合いから蹴り飛ばしたのだということを恭一はようやく理解した。
「ああ、すまん、助かっ……」
 ほっと息をつき、思わず普通に礼を述べそうになってから、ぶるぶると首を振る。
(いや、待て待て……元はといえば、みんなこいつのせいだったんじゃないか……?)
 しかし、
「? どうしたの?」
「――いや……いい」
 ただ不思議そうにしている相手の顔を見て、恭一はいろいろ諦めた。こいつには、たぶんきっと通じない。それに、そんな場合でもない。
「来るぞ、気をつけろ!」
「うん!」
 跳び出していくと同時に残されたのは、テンポはいいが、やはり深刻さなどどこにも感じられない軽い返事。だが、だからといって、この若者の場合、頼りにならないというわけではなさそうだった。
 襲いかかってくる化け物のはさみをすべて躱し、逆に隙を見つけては攻撃を加える。五匹すべてに囲まれていても、完全によけきっていたのだから、一対一の今の状態では翻弄するようなものだろう。事実、スピードに関する限り、マークは化け物を完全に圧倒していた。敵の攻撃は一度として当たらす、反対にマークの攻撃はそのすべてがヒットしていたのだ。
 だが、それでも、戦いそのものが絶対的に有利ということにはならなかった。マークの持つ武器――中央に持ち手があり、左右に刃が伸びた妙な形のナイフ状のものだが――は、いくら当たっても、化け物の硬い殻にはたいしたダメージを与えてはいないようだったから。そして、もし万一相手の攻撃が当たったとしたら、たった一撃でも致命的だろう。
(だが、こいつに倒せなくても、うまく牽制してくれれば、俺がやれる)
 いずれにしろ、この相手は早めに片付けておくべきだった。マークに取り残された残り三匹の化け物たちがこちらへ向かってきている。
 恭一は声を張り上げた。
「マーク! 肩だ、肩を狙え!!」
「え、肩?」
「――ああ、いや、肩そのものは、肩当てみたいな殻に覆われてっから、正確にはそこじゃなくてだな……下からそこって言うか、その内側って言うか……」
「ああ、つまり、脇の下?」
「あ、う……そ、そうだ」
「なるほど、その方が早いかもね」
 マークは、化け物の正面に立ち、動きを止めた。それを叩き潰そうと、化け物は大きく両腕を振りかぶる。
 ――だが、その腕が振り下ろされることはなかった。なぜなら、振り上げられた両腕は、左右とも、その勢いのままで空中へ飛んで行ってしまったからだった。
(なっ……?!)
 恭一は信じがたい思いで今眼にした光景を反芻していた。いや、正しくは完全に見えたわけではない。化け物の前にいたマークが文字通り稲妻のように、一瞬Wの字の軌跡を描いて動いたのが分かっただけだ。だが、結果から言えば、化け物が腕を振り上げた時に、左右二本とも根本からすっぱりと切り離していたのは間違いないことのようだった。――いや、腕がその場に落ちずに、飛んで行ってしまったということからすれば、マークがそれらを切断したのは振り上げたまさしくそのわずかな一瞬の内だったということになる……。
「所長!」
 マークの声に恭一ははっと我に返る。ほんの少しの間とは言え、戦いの最中に呆然としてしまったのは、本来なら、取り返しのつかない事態になりかねないことだ。が、今は違っていた。
「くたばれ」
 恭一は、武器を失い、どうすることもできず、また、殻に覆われていない剥き出しの傷を晒した化け物にゆっくり狙いを定め、引き金を絞った。
 巨大な二つ目の炎の塊が出現した。
 その時には、二人とももうそちらには眼をくれず、別の方を向いていた。
「所長」
 まっすぐ前を――こちらへ迫ってくる残り三匹の化け物達をじっと見つめながら、マークが言った。
「何だ?」
「何か、いいにおいがするよね――いや、食べたいとは思わないけど」
 恭一も初めて気がついた。言われてみれば、炎上する二匹の化け物から漂ってくるのは、確かに海老や蟹が焼けるにおいによく似ている。しかし、だからといって、こんな時によくそんなことに意識が向くものだ。
(こいつ……)
 呆れるような感心するような気分で、恭一は横に立つ若者をまじまじと見つめ直した。
(単に度胸がいいとか、そんなもんじゃ、どうやら、ねぇな……普通の奴らとは、違う感覚の中で生きてんだろう)
 まあ、その分、頼もしいと言えなくもないのか。
 恭一も再び、迫り来る化け物達の方に向き直った。
「残り、三匹。今の感じでやるぞ」
「ラジャ」
 緊張感とはどこまでも縁のなさそうな声が応えた。



         燕雀輪舞(バーディーズ・ロンド)〜番外編〜

闇夜に舞う小鳥たち 中編2「神速の刃・業火の弾丸」――了

あらぁ?
ライオンのみさき / 2011-06-19 01:56:00 No.1991
 あらあら? あらあらあら??

 おかしいですね、お話が終わりになっていません……。

 ――あ、ご挨拶もせずに申し訳ありません、ライオンのみさきです。
 ええと、このお話、前回で終わるはずだったのですが、書いている内にだんだん長くなって、前後編だったはずが急遽前中後編ということに――それに、前回からまた3ヶ月くらい経っていますし……まあ、このくらいは、わたしにはよくあることなのですけど。

 でも、ですから、今回こそは後編で終わらなければおかしいのですが……何なのでしょう、「中編2」といいますのは……?

 ええと、だって、だって、気がついたら、恭一さんもマークさんもどんどん勝手に動き回っていて、まとめきれなくて……。

 ――ごめんなさい、言い訳です。

 次回こそは、後編で完結いたします。間違っても、「中編3」などということがないように――きっと……たぶん ・ ・ ・ ・ 。

Re: 燕雀輪舞(バーディーズ・ロンド)〜番外編3〜
エマ / 2011-06-22 23:28:00 No.1994
続編、待ってました♪

海老のバケモノなんですね。二本脚で迫ってくる姿は、どう想像するかで怖いか面白いか変わってきそうですね(笑)
デザートイーグルの弾丸をも弾いてしまうということで、防御力は相当高そうですね。普通だったらそれで戦意を喪失してしまいそうですけど、でも焦りすらせず、活路を見いだそうというところは、さすが恭一さんといったところでしょうか。
はさみの攻撃、食らったら一度だけでも命はなさそうなほど強力のようにみえますが、なんとかかいくぐって敵の懐に入り込む度胸はすごいですね。いや、まーくんもそうですがこの人は度胸とかそういう次元ではないような気がするのでw
(元はといえば、みんなこいつのせいだったんじゃないか)というツッコミには思わず笑ってしまいました。
まーくん、敵の弱点が脇の下だとわかった途端、すぐに両腕を切断してしまって・・・実力のある人に機転か加わると凄いことになるんだなぁと関心してしまいました。
海老や蟹が焼けるにおい、とのことですが、カムドあたりだったら冗談抜きで海老のバケモノを食べてしまいそうです。あわわわw

残り三匹、片付けたら終わりなんでしょうか。黒幕とかいないのかな。
どういう結末になるのか、次回を楽しみにしています。

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