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白鷺、羽ばたく  第六回
原案:K−クリスタル 文:ライオンのみさき / 2005-08-17 19:08:00 No.646
「そんな……! サキの全力の打ち込みをわざとまともに受けようというの? いくら何でも、甘く見すぎだわ!!」
 セリーナは覚えず、声を上げていた。
 全力でのサキの斬撃の威力のすさまじさは、誰よりも彼女自身がよく知っている。サキの指導教官として、彼女の資質を見きわめ、同時に彼女に己の未熟さを思い知らせるため、初めて手合わせした、まだ剣の振り方もろくに知らない全くの素人だったあの時ですら、最初のサキの打ち込みをまともに受け止めたセリーナの腕は痺れ、そのあとはすべての打ち込みを躱すことで対応するほかなかった。そして、後の訓練では、先ほどまでワイルドがやっていたように、サキの剣を受ける時には常にサキに全力を出させないようにしてきた。そうでなければ、彼女の訓練相手を続けることは困難だったから。しかも、この間の訓練を経て、サキの剣の威力にはますます磨きがかかってきている。今のサキのベストの打ち込みは、岩ですら砕くだろう。
「やめさせて! 危険すぎる、それはワイルドはわたくしよりずっと力はあるでしょうけど……それでも、サキのフルパワーを真っ向から受け止めようなんて、下手をしたら、大けがすることに……」
 だが、セリーナの訴えに対して、二人の女性は落ち着き払っていた。
「大丈夫よ。自分で仕掛けたことで、けがしたりするほど、迂闊な人じゃないわ。あれは、彼女の力を甘く見てるわけじゃないの」
「でも……!」
 ノワールの言葉にも納得いかず、なおも言いつのろうとするセリーナに、クリムも、
「そう、安心して。まともに受けるといっても、力だけで受け止めるわけでもないのよ」
「え……?」
 セリーナの顔に当惑げな表情が浮かぶ。が、その時にはサキはすでに動き出していた。
 サキは、よけいなことは考えていなかった。相手があえて自分が打ち込みやすいようにしてくれたことへも、屈辱感はない。これが訓練だからということもあるが、それよりもサキは、初めて何の妨げもなく全力を出せることにただ喜びを感じていたのだった。
 ゆっくり、と剣を振りかぶる……。視線は、ひたすらまっすぐワイルドを見据えたまま――次の瞬間! サキの脚は床を蹴り、剣を振り下ろす動作と共に、その身体は引き絞った弓から放たれたかのように、相手めがけて跳んでいた。
「きれい……」
 ノワールがほう、と息を洩らすように呟いた。彼女ばかりではない、それを眼で追う他の3人にも異論はなかったことだろう。
 全身の――いや、手にした剣の描いていく軌跡をも含めて、流れるようななめらかそのもののサキの動きは、まるで舞踊でも見ているかのように見事に美しかった。
 しかし、それは美しさを目指して、そうなったものではない。最高の力を発揮せんとした動作が、結果としてそうであったということだった。だから、この美しさはそのまま彼女の斬撃の凄まじさをこそ表してもいた。
「はあぁぁぁっ……!!」
 これまでにない、気力の充実した、後へ伸びる裂帛の気合いがサキの喉から迸る。
 その大きなサキの動作に対して、ワイルドの取った動きはごく少ないものだった。
 両手を頭の上まで持ち上げ、手にした二本のナイフを交差させて十字に構える……。
(やっぱり、まともに受け止める気……でも、あの体勢では、受けきれなかったら、そのまま脳天を……)
 再び不安に駆られるセリーナだったが、もはや何をする暇もなかった。サキの剣とワイルドのナイフが今まさに触れ合わんとするのを見つめつつ、セリーナの耳は半ばすでに、これまでより一際大きな金属同士のぶつかる音を聞いていた……。
「……え?」
 ――確かに、音は聞こえた。だが、それは予想よりずっと小さかった。そのうえ、不自然にも途中でかき消えるかのように、ふっと聞こえなくなったのだった。
 振り下ろしたサキの剣は、Xの形になったワイルドの二本のナイフの間でその先端を支えられるようにして、止まっていた。まるで初めから動いてなどいなかったかのように、あまりにも静かに……。
 サキは呆気にとられ、剣を握った自分の手元、そして、二本のナイフに挟まれた剣先を代わる代わる見つめる。つい先ほど、その剣の切っ先の一点に集中したはずの自分の全身の力が跡形もなく、すっかり消えてしまっている。
「ね、大丈夫だったでしょう?」
「え、ええ……」
 振り返って、幾分得意げに同意を求めるノワールに、セリーナはかろうじて頷き返した。ほとんど呆然としているのは、彼女も同様だった。
 そして、闘技場を挟んだ反対側にいるレオンもまた、同じような表情を浮かべている。
 しかし、セリーナは気づいた。ナイフを構えた時には、サキよりずっと上にあったワイルドの頭の位置が今やサキの胸よりも低くなっている……。最初普通に立っていたのが剣を受けた後には、少し身をかがめた状態になっていたのだった。そして、理解する。
(今……サキの剣が当たって、力がかかるまさにその瞬間、手首、肘、肩、腰、そして、膝……全身の関節をいちどきに緩め力を抜くことで、斬撃の威力を殺した……。一つ一つの関節を、一瞬まるで何重にも重ねたクッションのようにして――サキの手に残っている感触も、だから、固いものを叩いた時に返ってくる強い反動ではなくて、スポンジみたいな弾力のあるものに柔らかく受け止められたような、そんなものであるはず……)
 驚愕のただ中にある様子のサキから、セリーナは視線を移す。相変わらず、無表情のままのワイルドの顔へと。
(でも……だとしても、そのタイミングがほんの0.001秒、ずれただけでも、あんな真似はできない。早くても、遅くてもだめ。衝撃を吸収しきれない。完全にぴったりその時でないと――それをやすやすとやってのけた……。蛇のワイルド――格闘術でも超一流と、知ってはいたつもりだったけど……でも、まさか、これほどだなんて……! これはもう、達人の域だわ!!)
 だが、何の表情も浮かんでいないワイルドの内心にも、実は今、はっきりと動く感情が存在していた。彼の左右の腕にサキの剣から伝わってきたものがあったのだった。衝撃と言うほどのものではない、ごく軽い感触のようなもの……。だが、どんなに小さなものであっても、そういうものがあったということ自体が驚異だった。
 完璧に決めたこの受けをもって、そのうえでさらになおワイルドの感じる刺激を与え得たのは、かつてただ1人……しかし、それは言わば別格の、見るからに強大な“力”そのものの化身のような存在が1人いただけだった。衝撃の大きさ自体はそれに遙か及ばないとしても、彼の腕にそれに続く跡を残した者がまさかこのようなほっそりとした少女であったとは……。しかも、サキのこの力は未だ未完成――まだまだ発展途上のもの……この先、ますます強力になっていくのは間違いないことだった。――確かに現時点では、同じことをいくら繰り返しても、これ以上の効果を上げることは望めないだろうが……。
(――やはり、こいつは、ものが違う……) 

白鷺、羽ばたく  第六回
原案:K−クリスタル 文:ライオンのみさき / 2005-08-17 19:09:00 No.647
 そうしたワイルドの内心の呟きは、セリーナには知りようもない。しかし、彼女もまた一時のショックから自分を取り戻し、今改めて認識することがあった。
(いえ――でも、そうね、対策は……)
 そして、それはレオンもまた……。
(いや……! 確かに、信じられないくらいの、すごい技術――もう、ほとんど名人芸だが……だからって、破れないものでもない! 分かっても、俺には無理だが……サキ! おまえなら……!!)
 二人の心の声が聞こえたわけでもないだろうが、時を同じくして、サキもワイルドからさっと跳びのいて離れ、間合いを取ると、再び剣を振り上げた。ワイルドもまたそれに応じて、身体を伸ばし、先ほどと同じく2本のナイフを構える。
 気合い一閃。サキはまたもやワイルドの方へ跳び込んでいく。そこまでは、前回と全く同じだった。
 だが、剣の振りは違っていた。その軌道は真上から垂直に振り下ろすものではなく、斜めに、いわゆる袈裟懸けの状態になっていた。
(よし……! そうだ!!)
(よく気がついたわ。ワイルドのあの受け方は全身の関節をクッションとして使うから、地面に垂直方向にかかる力に対してしか完全には働かない……だから、正面上方からまっすぐの攻撃でないと、充分に無力化はできないはずよ)
 しかも、サキは動作に無理が出ない範囲で宙で身体を斜めにかしげさせ、剣の振りにさらに角度をつけている……。
(そこまでは、俺も思いつかなかった。それを一瞬で考え、すぐさま実行できる、運動神経……やっぱり、サキの戦闘センスは一流だ!)
 ワイルドのあの防御を使わせないためだけなら、剣を完全に真横に振ったり、あるいは、突きを放つ方がいいだろう。だが、それらでは、今の自分の全力は込められない。瞬時の内にそこまで判断して選んだ、サキのやり方だった。
(うん、えらい! やっぱりいいわ、彼女……)
(ほう……!)
 ノワールばかりでなく、それを受ける当の相手のワイルドすら、常の乾いた表情の中でも眼を見張る、サキのその二度目の攻撃。
(――また……!)
 だがその時、クリムだけはなぜか顔をしかめていた。
 4人の視線が見守る中、サキの振りの角度に合わせ、斜めに出されたワイルドのナイフとサキの剣とが再度ぶつかる……。
 甲高い音が闘技場の上に尾を引いた。その音の大きさと長さとは、サキの斬撃のエネルギーが完全には消されなかったことを意味していた。
 そして、サキの手の中にも、その証となる感触があった。先ほどの、込めた力がいずこへともなく消え失せてしまったかのような心許ない感じではなく、しっかりと返ってくるものがあったのだった。
 攻撃の軌道が完全に垂直でなくても、普通の衝撃なら、ワイルドはまだ充分その力を消すことができたのだろう。だが、サキのそれはその範囲を大幅に凌駕していた。サキの力を満足に吸収しきれないと悟ったワイルドは、とっさに受け方を切り換え、サキの剣を受けた二本のナイフを身体の前の斜め下におろして、サキの斬撃を受け流す。だが、その時にはすでに充分すぎるほどの負荷がかかっており、さしものワイルドの体勢が、この時一瞬崩れた。
 一方、サキも全身の力を込めた攻撃をすかされ、勢いあまって、つんのめりそうになる……が、すんでの所で踏みとどまり、素早く体勢を立て直した。初めて訪れたこんな機会を、逃すわけには絶対いかない。
 向き直り、そのままワイルドに打ちかかる。ワイルドは二本のナイフを縦横に操ってサキの剣を防ぎ、しかし、これまでと全く異なっていたのは、それが後ろへさがりながらなされたことだった。この模擬戦が始まって初めて、サキが完全な攻勢に出られた瞬間だった。
「いいわ、サキ!」
 ここぞとばかりサキの攻撃は続く。セリーナはすっかりそれに見入っていた。
「セリーナ」
 その時、背後から声がかかった。クリムだった。大きな声ではなかったが、サキの様子に夢中になっていたはずのセリーナの気を引きつけるのに充分な固さがそこにはあった。
 振り返ったセリーナの眼を鋭い視線が射抜く。薄青色(スカイブルー)と氷青色(アイスブルー)の瞳が見つめ合う。
 何事かともの問いだけなセリーナに、固い声と表情のまま、一言ずつ押し出すようにしてクリムは言った。
「セリーナ。あなた……あの子に、人を殺すための剣しか教えてないわね?」
「……!」
 セリーナの表情が一瞬強張る。が、言葉は出なかった。
 返事を待たずに、クリムは続ける。
「あなたの言った通り、さっきの、そして、今のサキの攻撃――ああいう形になって、もし相手がワイルドでなかったら、大けがしていたところだわ。いえ……もしかしたら、死んでいたかもしれない……。問題は……それだけのことをしながら、あの子からは何の殺気も感じられなかったということよ。――あの子は、自分がそうしたら、相手が死ぬかもしれないなんてことは思ってもいなかった。ただ自分の持てる力を出し切ろうとして、そうしただけ……」
「……」
「でも、あの子にそのつもりがなかったとしても、一歩間違えば、相手は死んでいる……あの子は、自分の力のことを全く分かっていないわ。そのたぐい稀な強さと、それに伴う危険性について……」
「……」
「あなたは……あなたもレオンも、今まであの子に自分の力の危険さを本当には悟らせることなく、ただ、あの子の力を最大限に引き出すことしかしてこなかったのね……?」 
「……ええ。そうよ……」
 半ば眼を背けるようにしながら、セリーナはようやくそれだけ答えた。
 白皙の美貌にかっと朱が注がれ、クリムは激した口調で詰問する。
「どういうつもり!? どうしてそんな……分かってるの、それがどういうことか……? このままいくと、実戦に入ったら、あの子はたとえ殺さなくていい相手であっても殺すわよ? それしか、戦い方を知らないんだから――どんなに強くても、それでは片輪だわ!!」
 クリムの激しい調子に、セリーナの口調にも感情が顔を出した。
「仕方がないの!! そうするしかない――時間が……ないのよ! 戦う者の心得も誇りも、すべてはあとのこと……そして、あの子が本来持っているやさしさも繊細さも、とりあえずはみんな犠牲にしても……まず、明日を生き延びないことには……生き延びられなければ、何も始まらない! だから、あの子には、できる限り早く、最短の時間で強くなってもらわなければ……!」 
「どういう、こと?」
 いつの間にか言い争いになってしまったかのような2人の様子に、口を挟めずにいたノワールが疑問を呈した。
 しかし、クリムの方はセリーナの言葉で腑に落ちるものがあったらしく、軽く頷いた。だが、厳しい顔は変わらぬまま……。
「――そう……わかったわ。つまり……もう、決まっているわけね。あの子には、最初の任務が……。いえ、むしろ、あんな事件を起こした彼女をフェンリルに引き込むことにしたのも、初めからそれも目的の一つとしてあったからなのね?」
「あ……」
 ノワールにも呑み込め、セリーナの顔を見たが、セリーナは再び沈黙に戻った。が、それは肯定を示していた
「オラクル、だったわね? 彼女を堕天させた呪詛悪魔は……。それを逆手に取って、一度その手に落ちたサキを奴を始末するための囮兼切り札として、使おうというのね?」
「――ええ……」
 セリーナは言葉短く、しかし頷いた。
 人並み秀れた洞察力の持ち主のクリム相手に、こうなれば、隠しおおせるものではないと分かっていた。
 だが、クリムも、もうそれ以上の追及はしなかった。そうしたフェンリル上層部――と言うより、司令のロイのやり方に好意的でないのは明らかだったが、セリーナの前でそうしたことを口にするようなことはしない。セリーナがこの頃、ロイ司令に近い位置にいることを聞いていたからだった。――古い馴染みとして、個人としてのセリーナを信用しないわけではないが、公の立場は彼女とは違う。司令を初めとして、現在のフェンリル上層部とは一定の距離を置こうとしているクリムとしては、逆にだからこそ、そういうセリーナの前では、司令に対しての批判とも聞こえる発言は避ける必要があった。また、セリーナとしても、そうしたことを聞かされても困るだろうし……。
「あ……!」
 気まずい沈黙が流れたが、それは間もなく破られた。ノワールの上げた声、さらには闘技場から響いてきた、今まで聞こえていたのとは種類の違う音に、セリーナとクリムがはっとしてそちらを振り向くと、サキが後ろ向きに宙を飛んでいた。そして、気がつくと、ワイルドの長い脚がそのサキの方へと向けてまっすぐに伸びている……。
「そう――何も、手に持っている得物だけが彼の武器というわけじゃなかったわね……」
 セリーナが呟く。

白鷺、羽ばたく  第六回
原案:K−クリスタル 文:ライオンのみさき / 2005-08-17 19:11:00 No.648

 それは一瞬のうちのことだった。
 息つく間もなく攻め続けていたサキは、その中で、ナイフで自分の剣を受け防ぎながら、ワイルドの引いた足のつま先が床を軽く叩くようにしたのを見た。それを眼にした時、理由も分からないながら、サキはぞくりとした。と同時に、何を思うより前に、自分で後ろ向きに空中に身を躍らせていた。次の瞬間、まだ宙にあるサキが身を庇うように立てた剣の柄を重い衝撃が襲った。
 何かが自分めがけて、恐ろしい勢いで飛んできた……! たとえば、砲弾のような……サキからすれば、そうとしか捉えられない感覚だった。  
 それがワイルドの放った蹴りであったと分かったのは、床面に着地してからのことだった。冷や汗と共に、サキは安堵の息を吐く。
 その時、レオンはぐっと身を乗り出して、二人の様子に注視したが、サキがワイルドの蹴りを防ぎきったと見ると、固めた拳をもう片方の掌に叩きつけ、大きく頷いた。
「よし……! 不意を突こうったって、残念ながら、そうはいかないさ! あいにくサキは、ああいうのにも、もう慣れてる――何せ、セリーナの訓練は荒っぽい、ただお上品な剣のお稽古だけしてるわけじゃない、足払いなんか、セリーナだってしょっちゅうなんだからな」
 ……レオンは誤解しているのだった。見ていただけの彼には、分からない。だが、あの一瞬、直接それを感じたサキの肌は文字通り粟立った。
 セリーナの足払いとは、速さも重さもまるで違う。そもそも、その持つ意味合いが根本的に異なる。セリーナのは体勢を崩し、次の攻撃へと繋げるためのもの……だが、ワイルドの蹴りは、それだけですでに十分すぎる破壊力を秘めた、完結した攻撃だった。
 本能的に、自ら後ろへと跳び退った。そのため、空中で蹴りの勢いを受けて吹き飛ばされてしまうことにもなったが、代わりに直接身体に受ける衝撃は半減させることができた。しかし、いくらその初めの動きがあり、また男性よりは軽量とはいえ、人1人ゆうに数メートルも吹き飛ばすその威力はどれほどのものか……腕や脚でまともに受けていたら、骨折は避けられなかったかもしれない。とっさに剣を楯にしたのは、サキならではの反射神経のなせる技だったが、それでみぞおちへの直撃を免れたのは、実は半ば僥倖に過ぎない。そのうえ、サキがそうした反応ができたのも、ワイルドが事前に無言で予告してくれたからこそだった。あれがなければ、まともに食らっていたことだろう。
 今、ワイルドはサキに対して身体をやや斜めに向け、ナイフを手にした二本の腕は胸の辺りに構え、リズムを取るかのように、その場でごくわずかな足踏みのような動作を繰り返している。 
 サキは容易に近づけなくなってしまった。
 ワイルドが態勢を立て直した……と言うより、今まで使ってこなかった彼の蹴り技にも注意を払う必要に迫られたから。ナイフを手にした腕に劣らず、その長い脚もまた、決して無視し得ない必殺の力がある。言わば、相手の四肢のすべてが武器なのだった。
 そうして動けずにいたサキの方へ、だが今度は、ワイルドの方から仕掛けてきた。決して全速というスピードではなかったが、滑るように近づいてきて、警戒はしていたものの、戦い方を考えあぐねていたサキは、為すすべもなく接近を許してしまう。
 大きく振りかぶった右手のナイフがサキにとっての左斜め上空から急降下してきて、サキは頭の上で斜めに構えた剣でそれを受け止める。そこまでは今までよくあったことで、次には左手のナイフに対応できれば、それでよかった――これまでは……。だが、次の刹那、右脚による低い軌道の廻し蹴りがサキの前に出た右脚のすねを狙って恐るべき速さで襲ってきた。サキはあわてて跳び退ることで、かろうじてこれをかわす。空を切る音が耳を打つ。
 サキの息が荒くなる。ワイルドの長い脚はあたかも鞭のようにしなって見え、そのしなやかさがそっくり蹴りの威力に直結していることが分かった。当たれば、へし折られていたのではないか。
 再び、ワイルドが迫ってきた。今度は前蹴りを打つと共に、サキの方にさらに移動して来、横に回って避けたサキが斜めから反撃せんとした、その出ようとする鼻先に、ナイフが突き出される。ひやりとしながら、身を低くしてサキはそれも何とか躱した。が、間髪を入れず、いつの間にか頭上に振り上げられていた足が脳天に向かって凄まじい勢いで落下してくる。一も二もなく横向きに身を投げ出し、自ら床を転がることで、必死によける――と言うより、ひたすら逃げるしかなかった……。
 それでもすぐさま起き上がり、間合いを取ると剣を構え直し、息を整える。この短い間にサキの美しい顔は心持ち青ざめ、身体の熱さのためばかりではなく、汗でびっしょりと濡れていた。
 そこへまた、ワイルドが攻めかかる。サキも懸命に応ずるが、防戦一方なのは見るだに明らか……いや、いつ打ち倒されてもおかしくはない気配だった。
 その時には、さすがにレオンにも事態がつかめていた。ごくりと唾を呑み下し、
(そうか……あの蹴り――あれは、カラテかキックボクシング、あるいはテコンドーとか、そういった類いの技だよな……ワイルドの奴、あんなことまでやるのか……)
 前蹴り、回し蹴り、後ろ蹴り、そして、足刀――片脚だけで身体を支え、もう片方の脚からは数々の蹴り技がこともなげに繰り出される。さらに、軸足を入れ換えて両方の脚を同じように使うワイルドの足技は、腕の動きとまったく変わらず自由自在なものだった。そのうえに今まで通り、いや、足技と合わせることでそれ以上の変化を見せて、2本のナイフの攻撃も加わっている。
 セリーナも内心唸りながら、
(辛いわね……今までのナイフだけなら、サキは必死に食らいついて、最後には1本の剣で2本のナイフを相手に、どうにかついていけるようになってきていたけど――でも、それが一挙に倍に増えてしまった……。1対2なら、何とかなっていても、1対4となると……。今のサキでは、決定的に経験が足りない。戦う中で、4ヶ所に注意力を分散させて警戒するなんて芸当をこなすのは、きつすぎるわ)
 だが、ノワールはやや別の観点からも考えていた。
(確かに今の彼女では、ワイルドの攻撃を全部凌いで、逆に自分が攻めるなんていうのは、だいぶ厳しいでしょうけど――だとしても、彼女の剣がもっと長かったら、もう少し、何とかなりそうなんだけど……。たぶん彼女、自分でも気がついてはいないだろうけど、体格の割には、動作の空間的広がりがもともと大きい人なんだわ。それが短い剣を使っているために動きに無駄が出るし、リズムも悪くなる。今のだって、躱してから、剣が届かないから、ワイルドに一歩近づいて、打ち込もうとしていた……動作が一つよけいだわ。あれでは、彼は追い切れない……。躱して、その場ですぐ剣を振れれば、もう少しワイルドに迫ることができたはず……それに、さっきの上段からの打ち込みだって、あれだけのきれいで豪快なフォーム、もっと剣が長ければ、移動距離が長くなる分増加する剣先の加速に、剣自体の重さも加わって、振り下ろしの威力はさらに何倍にも増えるに違いないんだから――セリーナの教育方針も分かるけど、もったいないわね……。今のままでは、もう限界だわ)
 先刻とは逆に心配げにサキを見つめているセリーナにちらりと眼をやってから、再び闘技場のサキの方へと視線を戻す。
 その時、ワイルドもまた間合いをとって、サキの様子を改めて見ていた。
 顔色は悪いが、眼の光は失われてはいない。体力は消耗していても、気力はまだ衰えていなかった。続けるだけなら、いましばらく続けられるだろう――だが……。
「終わりにする気ね……ワイルド」
 ワイルドの雰囲気の微妙な変化に、一人言のようにクリムが言った。
 直接戦うことだけが訓練ではなかった。その中で得た経験を次に活かすべく、反省し、考えることもまたその一環だった。初めての手合わせとしては、そうするための材料としてサキに与えられたものは、すでに充分すぎるはずだった。そして、あの少女はそれを活用するだけのセンスと頭脳を確実に持っている。次に会った時には、また驚くべき成長を遂げていることは疑いを容れない。――今回は、この辺りでもういいだろう……。
 ――ワイルドは、そのように考えているだろう。
 先ほどのわだかまりの空気がまだ少し残っているので、セリーナに直接言うわけではない。が、クリムの呟きは彼女に聞かせるためもあった。
 そして、セリーナも無言で頷いた。
 ノワールの表情も同意を示している。
(残念だが――これまでか……) 
 レオンでさえ、そう思っていた。
 この時、その場にいる誰もがそのことに疑問は持っていなかった。サキ本人を除いては……。だが、彼女のそれも、反撃の自信があるというようなことではない。彼女はただ、それどころではなかったのだった。何か考えていられるような余裕など、とてもなかっただけのことだった。
 それだけ、サキは追いつめられていた。
 ――だが、そのことこそが歴戦の戦士たちの一致した予想をすら超える、思いもかけない展開を招くきっかけとなる……。

毎日、暑いですね ・ ・ ・ ・
ライオンのみさき / 2005-08-17 19:17:00 No.649
 こんばんは。
 『白鷺、羽ばたく』の第6回をお送りいたします。……相変わらずのペースですけど ・ ・ ・ ・ (汗)。

 今回はようやく、このお話本来のテーマの一つである(はずの)アクションシーンが、(今までよりは)たくさん入っております。――がんばって書いてみたつもりなのですけど、いかがでしたでしょうか……?

 前回も申し上げましたように、一応、あと1回でこのお話も完結するはずなのですが……この回も書いていますうちに、だんだん長くなってきてしまって ・ ・ ・ ・ 本当にあと1回でちゃんと終わるのか、また、それがいつのことになるのか、ちょっと不安な今日この頃だったりします(笑)。
 それでも、どうか長い目でご覧になって、お見捨てなきようお願い申し上げます。

 ご意見、ご感想等、お待ちしております。

ただ今破滅への道を爆走中(^^;
仮面ライダーG5‐R / 2005-08-21 22:02:00 No.659
(=゚ω゚)ノ いやっほうであります。
こっちに来るのは久しホウネンエソでんがなまんがな。
最近喉痛で夜もろくに眠れず咳止め薬が天の恵みに思えるネット上の犬畜生、仮面ライダーG5‐Rあるよカラカラカラ。

そんじゃあ、リクエスト通り間奏をば。
音撃斬、雷電激震!!!

ジャンジャカジャカジャカジャンジャカジャカジャカ♪
ジャンジャカジャカジャカジャンジャカジャカジャカ♪

……え、カンソウ違いだって?わざとに決まってんでせうが。
え、そもそも間奏ですらないって?ほっといてくれ(^^;

>ワイルドの受け止め
チャットで二重の極みみたいだと言ってて、たしかどっちかってーと極み外しだって俺が言ったやつだな。全身の関節をいちどきに緩め力を抜く…ワイルドの数少ない(笑)蛇らしさって感じかな。
まあ、これを実行できるのがいかに途轍もない事かはセリーナの(心の)台詞で察しがつくけど。

>セリーナ対クリム
何と言うか、オラクルの話のからめ方が絶妙でつな。クリムの言い分は、結局のところロイのやり方に対する批判とも言えるのだろうが、当時のオラクルがいかに厄介だったかという事が伺い知れますな、ニンニン。

>ワイルド蹴り技
オールラウンダーの本領発揮って感じみたいな。二刀流を振るいながら両足の蹴りを繰り出すのは相当の技術を要するのでわないかと。やはりワイルドはテクニックの男なんでつな。
この鞭のようにしなって見える蹴りもある意味蛇らしさかも知れないと思うのは俺の拡大解釈でせうか。
どうでもいいけど、ワイルドに今のクゥエルを見せたら食欲がそそられるかどうかちと興味ある今日この頃w

レオンが言うようにカラテかキックボクシング、あるいはテコンドーのような類の格闘技は一通り習得してるんだろうね(しかも全て達人級とみた)。他にマーシャルアーツとかサブミッション(関節技)とかもできそう。下手すると裂蹴拳とかもできるんじゃねーの?w(クリスさんが『幽遊白書』を見てたならば)

だが、さすがのワイルドもジュウクンドーまではやった事はあるまいw
ジュウクンドーというのは、二丁拳銃を使いながら打撃や足技もまじえて戦う(たぶん架空の)武術。『特捜戦隊デカレンジャー』のデカレッドが使っていた。拳銃持ってるのに打撃や足技が必要なんかい、という突っ込みもあるだろうが、拳銃だけで倒せない奴を大勢相手にする場合にはその突っ込みは成り立たなくなるねw
ちなみに、ラグルは上記の各種格闘技の他、このジュウクンドーをもマスターしておりまする。全次元最強の射撃テクを誇るラグルにはふさわしいなw

で、ナイフ×2&キック×2の前に敗色濃厚となったサッキーだが、
>歴戦の戦士たちの一致した予想をすら超える、思いもかけない展開

……あらまあ、どうなっちゃんでっしゃろ。次回、待ってまーす(・∀・)/

Re: 白鷺、羽ばたく  第六回
エマ / 2005-09-04 22:50:00 No.686
 こんばんは、感想が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。

 前回はラストでワイルドさんが攻撃を止め、あえてサキさんに渾身の攻撃をさせるチャンスを与えた所まででしたね。

 セリーナさんがあそこまで冷静さを失う様子は、私の彼女のイメージとは少しまた違うのですが、それだけ常日頃の訓練から、サキさんのパワーを身をもって知っているという事ですね。サキさんがそれだけの力を持っているのは、恐らく素質以上に、あのオラクルによって堕天した際に無理矢理力を引き出されてしまった事にもよるのでしょう。
 しかしその渾身の一撃を、ワイルドさんは(見た目としては)いとも簡単にあっさり止めてしまいましたね。最初の私個人のワイルドさんについてのイメージをはるかに超える強さを感じました。
 まぁ……細かいことを言ってしまうと、物理学的にあまりに無理がありそうな技ですけど、まぁ創作ですし。良いですね。置いときましょう(笑)
 (カムドあたりならまた別の類いの力で受けることになるのでしょうが、それはまた別の話)

 ワイルドさんの能力をよく知っているノワールさんとクリムさん達に比べ、レオンさんとセリーナさんはただただ驚くばかり(それでもすぐに相手の能力の推察ができる所は流石というべきでしょうね)なのが、古くからの二人のファンとしては少し悔しいという印象も受けますが。この作品がプアゾンのフィーチャー的側面を持ってもいるでしょうから、まぁ納得できる事でしょうか(笑)

 それにしても、ワイルドさんのその防御を超えて衝撃を与え、彼に印象を残した者がもう一人いたのですね。やはりその形容ぶりからして、武蔵おやぶんでしょうか。
 さりげなく他のキャラクターへの言及も入れるのは、非常によいものですね。そうした記述からさらに、別のSSや設定が生まれるきっかけにもなりますし。私もこうした努力は見習わなければ、と思います。(もっとも、私の場合はSSやキャラ設定の独立性を維持する為あえて他のキャラとはからませたくない、というやり方をとってしまう事も多いのですけど)
 他に感心する事は、これは今回に限らない事なのですが、キャラクターを印象付ける手段として、戦闘能力の高さだけをウリにしていない事ですね。クリムさんの「あの子に、人を殺す為の剣しか教えてないわね」といった鋭い発言はその一つだと思います。一流のキャラクターにはやはり一流の……なんていうんでしょう、品格やら直感やら、人間的な印象深さというものがあるはずで、そうした所を描く事をなさっている所はやはり素晴らしいと思います。また、セリーナさんとクリムさんの口論を通じて、サキさんが抱えている辛い現実やフェンリルの体制に対するクリムさんやセリーナさんの姿勢などに触れるているのも…。

 最後には、ついにワイルドさんが本来の戦い方(?)を見せたのでしょうか、四肢全てを駆使した猛攻に、さすがのサキさんも窮地に立たされてしまいましたね。細かい事を言えば、さすがに脚は、片方は時折地面についている必要がありますから、常時4本同時に攻撃に使われているわけではないのでしょうけど……。
 (ちなみにカムドは四肢以外に頭突きも多用します。あと、敵の首を噛みちぎったりも……^^;)

 とどめを刺される寸前で起きるであろう、思いがけない展開とは一体なんなのか……、次はついに最終回……に、なるのでしょうか? いよいよクライマックスですね。次回も期待しています。

 で、最後に、ちょっと気になった所がありましたので、そこだけ……。
 みさきさんの文体というか特徴だと思いますので、一概に悪い事ではないと思うのですけど、サキさんやワイルドさんの攻撃の凄まじさを表現する手段として理屈や背景説明が殆どになっているので、臨場感は少し薄くなりがちな面はあるかもしれません。
 具体的な描写がある部分でも、同程度の印象の描写がそのまま羅列してある感じで、それらの間を、だが、それでも、そこへまた、その時には、のような接続詞の類いでサンドイッチしてあるので、近接戦闘の勢いが上手く出せていない感じもします。

 話の流れを強制的に変えるための語句ですから、使わずとも無理無く続くような文の進め方というのを意識してみるのも良いかもしれませんね。
 いや、私もついつい接続詞の類いって多用しがちなのであまり人の事言えないのですが(笑)
 
 そういえば、レオンさんやセリーナさん、クリムさん達の声はワイルドさんとサキさんには届いているのでしょうか。多分届いていない(?)のだと思いますけど、観戦している人たちとサキさん達の居る陣地の位置関係も少し知りたいな、と思ったりも……。もちろんこの作品の趣旨とは関係のない些細な事なんですけど、臨場感というか、ありありとその場をイメージする事がどうも私は少しやりにくく感じるのはそういう要因もあるような気がしました(映像で見ているより、読み上げられたお話をドラマCDとかラジオで聞いているような、そんな感じ?)。

 細かい事を言いましたけど、良ければ参考にしてください。

最深部潜航
仮面ライダーG5‐O(オービット) / 2006-09-29 20:38:00 No.986
( ̄― ̄; 最終輪の歓送、いずれ書かないとな…

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