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盛夏の祝福 7
作:文叔(ぶんしゅく) 協力:ライオンのみさき / 2005-09-10 02:41:00 No.691
それから二週間ほどした夕食どき、みさきは清水から尋ねられた。
「みさき、この前の礼をしようと思うんだけど、どこか行きたいところとかあるかい」
「この前って……この前のおつかいですか?」
「うん、そうだよ。ちゃんと礼をしてないだろう?」
今日の夕食は、ご飯に茄子の味噌汁、マグロのステーキにアスパラガスのソテー、トマトの冷製スープにオクラとひじきのサラダで、
清水のもとへやってきたときに比べ、みさきの料理のバラエティは飛躍的に増えている。
また、トマトの冷製スープは最近の清水のお気に入りで、一日おきには食卓に並んでいた。
「そんな……あんなこと全然、お礼をしてもらうようなことじゃないですよ」
「まあそう言うな、最近どこにも連れてってないしな。そのことも含めてだよ」
「そんな……」
うれしさに頬を赤らめてうつむくみさきだったが、
それ以上は清水の好意に対する感謝からも、その他の自分の感情からも、拒むことはできなかった。
「それじゃ……今度の日曜日に近所でやる花火大会に行きたいです」
「花火か、そういえばやるんだったな」
「はい、わたしこっちに来てからまだ一度も行ったことが無……」
そこまで言って、みさきはあわてて口をつぐんだが、清水は罰が悪そうに苦笑いした。
「そうだったな、おれが気がつけばよかった、ごめん」
みさきは自分からこうしてほしいと清水に頼むことはほとんどない。
まして自分のことについては皆無と言っていい。
それはみさきの美点ではあるが、それだけにそういうことはご主人さまである自分が気づかなくてはならない。
そのことはわかっている清水だが、それでもこういう疎漏はままある。
「そ、そんな、わたしこそすいません、そんなつもりで……」
恐縮して、文字通り縮こまるみさきだったが、清水は笑顔の種類を変えて朗らかに笑う。
「わかってるわかってる、だからそんな小さくなるな。悪いのはおれなんだし」
「そんな……」
「わかったよ、それじゃお互い悪くないということで、それじゃ日曜日に一緒に行こうか」
「………はい」
朗らかな笑顔の清水にほだされて、みさきも健康的な笑顔に戻った。

それから日曜までの数日、みさきは家事の最中も舞い上がってしまい、
時折いつもでは考えられないような失敗もして、そのことは落ち込んだが、
それでも浮つく心を抑えることはできなかった。
「♪どっんな浴衣にしようかな〜〜」
と、毎晩自分の部屋の床にカタログやファッション誌をいくつも並べて広げ、鏡の前で様々な浴衣に変化させてゆく。
「買ってやってもいいんだが……これだと返って邪魔かな」
たまたまみさきの部屋の前を通りかかった清水は、
これも舞い上がって扉が少し開いているのに気づかない一人ファッションショー中の彼女の様子に苦笑したが、
賢明にもなにも言わずに通り過ぎた。

そして日曜日、花火大会当日。
いつも早起きのみさきは、いつもよりずっと早起きをしてしまった。
「花火大会は夕方からだから、べつに早く起きる必要はないんだけど……」
と、我ながらあきれて苦笑いしてしまうが、それでもいまさら眠れるわけもなく、
家事やその他のことをしながら、長い半日を過ごした。
清水はもちろん休日なので、いつもより遅くに起きてきたが、みさきの様子を楽しげに見ていた。
しかし昼食も終わって三時ごろには、テレビの音をBGMに新聞を読んでいた清水も、
どうにも落ち着かないみさきを見かねて、苦笑しながらソファから立ち上がる。
「しょうがない、ちょっと早いけどそろそろ出かけようか」
清水のその言葉に、ライオンの耳があったらうれしさにピンと立たせてしまうような表情をしたみさきだったが、
「え? え? で、でもまだ早いですし、せっかくご主人さまお休みなんですからもっとゆっくりしなさってくださってくれればその方がわたしはうれしいですし、それに、でも……」
と、少しおかしな言葉遣いで必死で気持ちを抑えてごまかそうとする。
だが清水は苦笑したままみさきの頭を軽く撫で、うながす。
「そんなにそわそわされたら家にいても落ち着かないよ。ほら、用意してきなさい」
「でも…………………はい、わかりました!」
みさきも必死に最後の抵抗を自分自身にほどこしたが、あっさりと陥落し、
うれしさに溶ける顔で二階の自室へ走っていった。

守護天使の能力であればご主人さまの前で着替えても特に問題はないのだが、
しかしやっぱり着替えを見られるのは恥ずかしく、
自室でここ数日かけて選んだ、黄色い帯を締めた、赤地に白い百合の花を描いた浴衣に着替えて、
鏡の前でおかしなところがないか何度もチェックしてから、
小物をいろいろと入れた巾着袋を手にとって階段を早足で降りようとしたみさきだったが、
さすがにこの姿でそれははしたないと考え、ゆっくりと降りてゆく。
「ご主人さま、なんて言ってくれるかな……」
みさきは自分では浴衣のことは秘密にしているつもりだった。
だから少しドキドキしながら階段を降りてリビングへ入ったのだが、清水はそこで電話をしていた。
「ああそうか、それはすまなかった。ああ、わかった、これからすぐ行く」
そう言って受話器を置いた清水の最後の言葉がみさきを不安にさせる。
「あの……ご主人さま……」
「ああみさき、すまない、ちょっと会社に用事ができたんだ。でもすぐに終わる用だから、どこかで待ち合わせよう。そうだな、神社の鳥居の前に四時半でどうだ?」
「あ………はい…………」
「うん、それじゃあとでな」
そう言い置くと、清水は急いで部屋を飛び出て、そのままみさきを置いて出かけてしまった。
みさきはその清水になに言えず見送り、巾着を手にしたまま立ち尽くしていた。

盛夏の祝福 8
作:文叔(ぶんしゅく) 協力:ライオンのみさき / 2005-09-10 02:42:00 No.692
「しょうがないよね……ご主人さま……社長さんで……偉いんだもの……いつだってお仕事ちゃんとしなくちゃ……わたしはそういうご主人さまをお助けするためにここにいるんだし……」
みさきは、夕方近くの町中を、うつむいたまま神社めざし、浴衣姿で下駄を鳴らしながら歩く。
道ゆく同じ花火大会目的の人たちとすれ違ったり並んで歩いたりすることも多く、
男女問わず、そのほとんど全員がみさきを振り返るが、もちろん彼女はそれには気づかない。
足音は「からころ」だが、見た目としては「とぼとぼ」と歩いていたので、
すいぶん時間がかかっただろうと思ったが、考えていたより早く神社に到着してしまった。
すでに夜店はすべて出ており、人も混雑とまではいかないが、かなり多い。
これから夜にかけて、にぎわいも増してゆくのだろう。
そんな中、みさきは鳥居に背をあずけようとして、帯が汚れることに気づき、あわててまっすぐに立つ。
「まだ三十分もあるのか……」
巾着の中から腕時計を出して時間を確認し、小さくため息をつく。
夜店でも見てこようかとも思ったが、ご主人さまが予定より早くやってくる可能性もあるので、それもできない。
仕方がないので人の流れを見て時間を潰そうとも考えたみさきだが、
その光景もまた、いまの彼女にため息をつかせる。
「やっぱりカップルが多いなあ……」
浴衣姿の女の子が慣れない下駄を履いて歩きにくそうにするのを、恋人が手をつないで助けている。
そんなカップルを何組も見て、みさきの心はますます鬱々となっていった。
が、突然あることに気づいた。
「………これって………デートっぽい……?」
いままでもご主人さまにどこかへ連れて行ってもらったことは何度もあるが、
それはたいてい家から一緒に出て、家まで一緒に帰ってくるので、こんな風に待ち合わせをしたことは一度もない。
今日もあのままだったら、もちろんそうだった。
そのことになんの不満もないみさきだったが、
以前から一度でいいからご主人さまと、もっとデートらしいデートをしてみたいとも考えていたのだ。
「そうかあ……これ………デートなんだあ…………!」
そうつぶやくみさきの顔は、ぱあっと明るくなり、見える光景は輝きを増し、心はうきうきと弾みはじめた。
弾む心が考えることは、もちろんご主人さまのことだけだ。
「ご主人さま、もう会社出たかな。出てからどうやってくるのかな。夜店でお酒飲むおつもりなら車じゃないよね。あ、車で来ても停めるところないか。それじゃやっぱり歩いてくるのかな。電車だよね。もしかしたらタクシーで急いで来てくれるのかな……」
そんな風にご主人さまのことを考えながら彼を待つ三十分は、
みさきにとって、恥ずかしくもうれしくて楽しい、至福の時間になった。

清水を待つ三十分は、正確には三十八分だった。
人はみさきがやってきたときに比べてかなり増え、少し背伸びしないと遠くが見えない。
それでもみさきがご主人さまを見逃すことなど、絶対にありえなかった。
「あ! ごしゅ……兄さん! こっちです!」
雑踏の中で鳥居の方をキョロキョロと眺めながらみさきを探す清水を見つけたみさきは、
心の中でずっと「ご主人さま、なにやってるかな、ご主人さま、いつ来るかな」と「ご主人さま」を連呼していたため、
つい口にも出そうになったが、ギリギリで踏みとどまると、彼に向かって大きく手を振った。
それを見て、清水も明るい笑顔になって人ごみをすり抜け、みさきの元へ駆け寄ってきた。
「ごめんな、みさき、待ったか?」
清水にとっては当然の質問だが、みさきは「きゃぁぁあああっ! 言ってくれた、ご主人さま!」とばかりに、
「いいえ! わたしもいま来たところですから!」
と、デートの待ち合わせにおけるゴールデンパターンの返事をうれしそうに力いっぱいした。
「そ、そうか、それならいいんだけど……どうしたんだ、いったい? やたらとテンションが高いみたいだけど……」
その満面の笑顔とハイテンションのみさきに、少したじたじになった清水が尋ねるが、
彼の守護天使はにこにこしたまま当たり前のように答える。
「それはもちろんです、兄さんと一緒に花火が見られるんですから!」
「そ、そうか……まあいいか、それじゃ行こうか」
まだ少したじたじになっている清水だったが、
元気がないよりあった方がいいのは当然なので、あまり気にせずにみさきをいざなった。
「はい! ………あっ」
うきうきと元気よく清水についていこうとしたみさきだったが、履きなれない下駄に少しバランスを崩してしまった。
ここに来るまでは多少意識をして、気をつけて歩いていたのだが、
「デート」に舞い上がってしまったため注意をおこたったのである。
そんなみさきを清水はすばやく支える。
「あ…………」
自分の腕と腰にそえられたご主人さまの手に、みさきは顔を赤らめる。
「大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です、ごめんなさい……」
やさしく尋ねられ、恥ずかしくなってあわてて離れようとするみさきだったが、清水はそんなみさきの手を取る。
「あ……ご主人さま……?」
「また転んだら大変だからね、今日はこうしていよう」
微笑んで自分の手を握ってくれる清水に、みさきは恥ずかしさがさらに増すが、それでも手を離すことはもちろんしなかった。
「………はい」
「うん。ああそうだ、そういえば言い忘れてたけど……かわいい浴衣だね、みさき。よく似合ってるよ」
「あ…………」
新しい恥ずかしさとうれしさが混ざり、みさきの顔はますます熱くなる。
そんなみさきを知ってか知らずか、清水は一度彼女の手を離すと、ポケットから小さな箱を取り出し、彼女の手に乗せる。
「ちょっと遅れちゃったのはこれを買ってたからでね……その浴衣に合うのを選んだつもりなんだけど……」
「え…………」
あまりの意外さとうれしさに少し口を開けるようにして自分を見上げるみさきに、
清水は小さく笑いながら「開けてごらん」とうながす。
「あ………は、はい」
言われて赤面し、みさきは急いで箱を開ける。
「あ…………」
中に入っていたのは楓の花をかたどった簪(かんざし)だった。
「クリップみたいに挟みこめるものらしいからね、みさきの髪でもつけられると思うんだけど……どうかな、気に入ってもらえたらうれしいんだけど」
しばらく手の中にある楓のかんざしを見つめていたみさきは、
ゆっくりと顔をあげ、潤んだ瞳で清水を見上げた。
「わたし………うれしいです……ほんとに………とっても………ありがとうございます………ご主人さま…………」
小さな、ささやくようなその声は、あまりに感情があふれすぎて返ってそうなってしまっている。
清水のことをご主人さまと呼んでしまうこともそうだ。
そのことがわからないような男には、守護天使のご主人さまは務まらない。
「そうか、よかったよ、喜んでもらえて」
にっこり笑ってそう言うと、清水はかんざしを手にとって、みさきの髪につける。
「うん、よく似合うよ、みさき」
「ありがとうございます……ご主人さま……」
鏡がないので自分で見ることはできないが、
そっとかんざしに手を触れながら、みさきは潤んだままの瞳で清水に礼を言った。
その瞳を様々な想いのこもったやさしい目で見つめ返し、清水はみさきの手をもう一度取った。
「じゃあ行こうか」
「はい………」
祭囃子(まつりばやし)の音が響く神社で、二人は互いの手を握り合って、人ごみの中へ入っていった。


盛夏の祝福 9
作:文叔(ぶんしゅく) 協力:ライオンのみさき / 2005-09-10 02:48:00 No.693
「こんなこともあってそんなこともあって。それにこんなことも……」
きらきらと輝く瞳やどこか遠い目をしながらご主人さまとのことを話し続けていたみさきの口がようやく止まり、先の憂いが表情に戻ってきた。
「……そして他に、なにかあったのだな」
しばらくしてから、ゴウが尋ね、しかしみさきは弱く首を横に振る。
「……なにかあったかというと、なにもありません。すくなくともなにか特別なことはありません。でも……どこかおかしいんです、ご主人さま」
「どこかというと、具体的にはどうおかしいんだ」
そのゴウの言葉にみさきは困惑をそのまま声に乗せた。
「その……はっきりなにがおかしいとは言えないんですけど……どこかわたしによそよそしくなったような……いえ、気のせいって言えば気のせいと言えなくもないくらい小さな変化なんですけど、でも……」
「そうか……」
みさき自身もそう言うが、それが気のせいではないであろうということをゴウも疑ってはいなかった。
主人のすべてを微細漏らさず毎日感じ取っている守護天使は、あるいは主人本人より主人のことを理解しているとも言える。
その守護天使がそう考えるのであれば、みさきの主人の変化はたしかなことなのだろう。
「その変化……変化そのものがよくわからないほどのものとなれば、理由もわからぬのであろうな」
「はい……」
そう答えながら、膝に置いた両手を握りしめ、みさきはうつむく。
「だから……毎日いろいろご主人さまのおっしゃることや、表情や、いろんなことからそれがなんなのか知ろうと思ってがんばったんですけど……その……」
みさきは「それでもわからなかった」というように言葉を切ったが、
ゴウは彼女のかすかな声音のゆらぎから、そうは取らなかった。
「……心当たりがあるのだな。できれば考えたくないような……」
わずかにためらったが、問題を曖昧(あいまい)にしたままでは先には進めない。
そう考え、ゴウはたしかめるように尋ね、みさきは悲しげに笑ってうなずいた。
「ゴウさまには、なにも隠せないんですね……」
「………すまんな…」
「いえ、いいんです、最初から全部話すつもりだったのに隠そうとしたわたしが悪いんですから」
笑顔から悲しみをわずかに取り除いて、しかし完全には消えないまま、みさきは心当たりを話した。
「……その……ご主人さま……好きな女の人が…………できたのかもしれないって……」
話した途端、先ほど以上の悲しみが、みさきの面を染めた。


みさきは毎日家の掃除を欠かさない。
一度などは熱を出したときにまで家事をしようとして清水に叱られたほどである。
それでも一部屋だけ、入るときに少し緊張してしまう部屋がある。
清水の亡妻、瑞穂の部屋である。
一度も会ったことがない女性だけれど、ご主人さまを幸せにしてくれた人で、感謝や好意に近い想いすらある。
それでもどこか整理のつかない想いも消えない。
「……よし」
花火大会から一ヶ月ほど経ったその日も、
みさきは掃除機を片手に、いつものように大きく深呼吸をしてから扉を開ける。
と、そこにいつもはいない影があった。
「ご主人さま?」
部屋の中は和室で、畳に和卓と桐の箪笥(たんす)が置かれているだけのシンプルなものだ。
もともと瑞穂があまり物に固執しないタイプだったせいもあるが、押入れが大きく、そこにすべて入れてしまえるのである。
だからみさきもこの部屋の掃除は手早くすませることができるのだが、今日はそこに清水がいたのである。
「あ、ああ、みさき。掃除か?」
扉に背を向け、和卓の前であぐらをかいて座っていた清水は、
手にしていた小さな写真立てを置いて、少しびっくりしたようにみさきの方へ振り向いた。
それはいつも和卓に置いてある瑞穂の写真である。
「ええ……でもご主人さまがなにかここでご用があるのでしたら、またあとで……」
「いや、構わないよ。おれももう出るところだったから」
そう言って立ち上がると、みさきが立つ扉の方へ歩いてきて、一度立ち止まると背後を振り向き、つぶやくように言った。
「なあ、みさき。この部屋、そろそろなくして別のことの使おうか」
「え? でもここは大切な奥さまのお部屋で……」
「そうなんだけどね……」
「……ご主人さま、なにかあったんですか?」
後ろを向いているので清水の表情はわからないが、声音からなにかを感じたみさきは心配そうに尋ねる。
と、清水はみさきの方へ向きなおり、いつもの笑顔で答えた。
「いや、なにもないよ。ただみさきが掃除するの大変かなって思ってさ」
「そんなことありません。特にここはおうちの中で一番楽なくらいですもの」
「そうか、それじゃこのままでいいかな」
笑ってみさきの肩を叩くと、清水は部屋を出てゆき、それをみさきは、どこか不安げな表情で見送った。


「そういうことがあったんですけど……それだけじゃなくて……なんだか最近ご主人さま、考え込んでらっしゃることが多くて…… なにかあったんですかって尋ねても、なんでもないよって……」
そう言われてしまえばみさきとしても強いて追求できない。
しかしそれだけに想像は頭の中で加速してしまうし、
それが悪い方向に向かってしまうのは、清水の表情を思い出せば仕方のないことだ。
「もしかしたらお仕事のことでなにかあるのかな、とも思うんですけど、ご主人さま最近奥さまのお部屋にいらっしゃることや、お墓参りにいらっしゃることも多くて……もしかしたら奥さまのことを思い出して悲しんでいらっしゃるのかな、とも思ったんですけど、いままでそんなこともなかったし……だから、新しく好きな人ができて、その方のことと奥さまのことで悩んでらっしゃるのかなって……」
「墓……そうか、この近くには墓地があったな」
思い出したようにゴウが言い、みさきはうなずく。
「はい……ご主人さま、今朝も『ちょっと墓参りに行って来るよ、お昼は外で食べてくるからね』っておっしゃってたから、今日こそちゃんと確かめようと思って、急いでお弁当作って、わたしも来てみたんですけど……口実にしてはちょっと無理がありますものね。墓地の近くまで行って引き返してきちゃいました」
悲しげ笑いながら舌を出すみさきは、膝に置いた籐のバッグを見おろす。
「そうか……」
口実の無理さ加減だけではなく、はっきりと確かめてしまうことも怖かったのだろう。
ゴウにもそのことはわかり、少し考え込むように目を閉じて腕を組み、みさきも同じようにうつむく。
「わたし……いろいろと自分が情けなくて…… ご主人さまが奥さまのことを思い出して悲しんでらっしゃるなら、わたしはそれを癒してさしあげたくてやってきたのにできてないってことだし、もしご主人さまに新しく好きな方ができたのなら、そのことを喜んで、うまくいくようにお手伝いしないといけないのに……だのに……それも……どうしてもできない……」
うつむいたまま、様々な想いから自己嫌悪に陥っているみさきのつぶやきがゴウの耳に届く。
「…………弁当の礼をしなくてはな」
かなり長い沈黙のあと、閉じていた目を開き、
組んでいた腕をほどいたゴウは、青と赤の瞳にやさしげなほほえみを乗せてみさきを見た。
「え?」
「少し、おれに任せてみてくれんか。必ずうまくいくと約束はできぬが、たぶん、よい結果が出せると思う」
「…………」
「どうだ、みさき」
「………はい、お願いします」
やさしげなゴウの瞳にほだされて、みさきもやわらかい笑顔を見せてうなずいた。
それを見たゴウは同じ表情のまま立ち上がり、みさきに手を貸して立ち上がらせた。

Re: 盛夏の祝福 7
エマ / 2005-10-08 16:51:00 No.735
こんばんは。
真夏の祝福、起承転結の「転」にさしかかろうというところですね。

この前のお礼とか、自分で頼む事はほとんどないとか、お互い悪くないということでとか、同居してから大分たつのに、まだまだお互い気を遣い過ぎている所があるみたいですね。それが二人の性格の優しい所からくる事はもちろんですが、見ているこちらが面白ろ……あわわ、なんだか照れてしまいますね(笑)

出かける前のみさきちゃんの舞い上がりっぷりもまた可愛いですし。カタログやファッション誌を広げて、いろんな浴衣姿を試している所は、その様子をイラストで見てみたいですね。
大好きなイベントがある日に朝早く起きてしまうのは、誰にでもある事ですし、そういう日の出かける前の空白時間は、なんというか休んでいるつもりがそわそわして、有意義につかえなかったり……。

さて、花火大会ですが、その前に……浴衣に巾着袋は欠かせない! 流石だな文兄ぃ!(笑)
ふ……また詰まらん事で吠えてしまったorz(五右衛門風)

直前になって急遽一人だけで先に行く事になってしまったみさきちゃんですが、とぼとぼと落ち込んでいるかと思いきや、カップルを見てデートを意識して急にわくわくしたり、お年頃ですナーw
と思ったら、なによ……その「ごめん、待ったか」「私も今来た所です」って、そのゴールデンパターンがやりたかったのか!!w
 うーん、歌のセンスといい、みさきちゃんって意外とそういう所が……面白いですね(笑)

しかし……なんだ、さらに読み進めますと、バランスを崩して支えられて急接近とか……ううーん、文兄ぃ。私はひねくれモノなんでここまで王道いかれると逆に点に響きますぜーw
とはいえ、簪のプレゼントのシーンはとても良かったです。さりげないタイミングで渡せたし、うーん、なるほど……プレゼントの仕方はこうあるべきか……清水さん、やるな。メモメモw

で、現在にシーンが戻る訳ですが……。あれこれとのろけ話が続いたかと思いきや、だんだんトーンダウンして現実に戻ってきて、それにゴウが話を優しく進めていく、ここらへんの流れは些細な部分ですが、上手いですね。
なおも上手いと思ったのは、みさきちゃんが清水さんのよそよそしさの原因の心当たりを無意識に隠そうとした所と、ゴウさんにそれを見破らせた事でしょうか、ここらへんのやりとりは女の子の繊細さが上手に出ていると思います。そして見破れなかった私はゴウ兄さんに嫉妬しているわけですが(笑)

奥さんの部屋での出来事、今は既にこのお話は結末が明らかになっていますけど。結末を知っているのと知らないのとでは、このシーンから受ける印象が全く違う所がポイントですね。こういう、ストーリーをすべて見終わった後に、もう一度見直すと新たな発見がある作品というのは、私も好きですね。

さて、なんだか最近感想の付け方がクリスさん的になってきた気がしなくもないですがw
もっとこういう感想返せ(真面目にやれ)とかありましたら、なんなりとおっしゃってくださいませ(笑)

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