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想いを未来へ。1
K'SARS / 2005-09-25 02:31:00 No.713


「また、会えますよね?」
「もちろんだよ」
 最終決戦の前の夜。
 運命に立ち向かうものたちは、最後の夜を過ごしていた。
 1人は、この世界の運命を背負った男。
 1人は、その男に恋をし、その生涯を共にしようと誓った少女。
 もう二度と会えないことを悟り、何度も互いの想いをぶつけた。
 どんなに喋っても足りない言葉を紡いでいるうちに、少女は、睡魔に襲われて、今にも瞼が閉じてしまいそうだった。
 それでも、隣にいる愛しい男に語りかける。
 その温もりと優しさを忘れないために。
 生涯を、想い出で過ごせるように。
「今は無理でも、後世で幸せになれる。そこで子を作り、育て、老いていけるさ」
「そうなったら、素敵、です」
「うん」
「聖者、様、と、ずっと、一緒、に…」
 かわいい寝息を立てて、少女はひとときの眠りについた。
 男は深く溜息をついて、そっと少女の髪を梳いた後に、音を立てないように起きて外に出た。
「もういいのか?」
 外には、この土地に来る前から一緒の幼馴染の男が立っていた。
「うん。僕もあれ以上一緒にいたら、決心が鈍ってしまう」
「そうだな。もうお前に俺たちの運命を託すしかないんだ」
「……どうして、僕たちは、こうなってしまったんだろうな」
 無数の星たちが輝く空を見ながら、これまでの歩みを振り返る。
 神の悪戯とも思える仕打ち。
 それから始まった、人間と動物との果て無き争い。
 どちらかが滅びるまで、その愚かな行為は止まらない。
 一時は、人間側が戦況を有利にしていたが、天より現れし4匹の動物たちと配下たちの出現により、状況は反転し、人口は争いが始まるときの半分以上に減ってしまった。
 これ以上の争いの継続は、人類の破滅を意味する。
 だから神の力を持つ男が、天より現れし4匹の動物たちの力を封じ込め、争いを終わらせようというのだ。
「運命という言葉で片付けるには、あまりにも残酷だな」
「そうだね。……さて、僕も寝るよ」
「ああ。俺も彼女たちの元に戻る」
「そうしたほうがいいよ。……我が愛しき人、頼むぞ」
「無論だ」
 男たちは、今までの思いを右手に込めて、硬い握手をして、それぞれの想い人の元へと戻った。
 名は、聖者と拳者。
 時代に翻弄された若者たちだった。


 この物語は、残酷とも言える運命を送ったものたちの記録である。

<続>

想いを未来へ。2-1
K'SARS / 2005-09-25 23:36:00 No.717


 時は人間と動物の争いが始まる少し前に遡る。

「はあ。今日も暑いな」
「そうだね」
 山道を歩く2人の男たち。顔立ちを見る限り、青年というべきか。
 名を聖者と拳者といった。
 服装は暑いと言っていたのも関わらず、相当な厚着をしていた。この時代にはそれしかないのだ。
 聖者の方は余裕綽々って顔をしているのに大して、拳者の方は汗だくで、いかにもくだばりそうな顔をしていた。
「どこかに滝か川がないのか? このままでは、水筒の水が切れてしまう」
「う〜ん。音はしないから、まだ先じゃないのかな?」
「……マジで」
「うん」
 死刑宣告をされたような顔をする拳者。
 現に、その場に座り込んでしまう。
「俺はもう駄目だ、聖者。短い付き合いだったな」
「何を言っているんだよ。もう少ししたら集落があるから、がんばろう」
「……その”もう少し”の基準をぜひ教えてほしいものだ」
「言葉どおりだよ。さあ、日が暮れないうちに急ごうよ」
「……ああ」
 仕方ないな、という具合で拳者は立ち上がって、手元にあった手ごろな木の棒をついて歩き出した。
 
 
 それから数刻が経ち、ようやく水の音が聞こえてきた。
「ようやくかー」
「みたいだね」
 拳者はヘトヘトになりながら、聖者はやれやれといった感じで歩いていく。
 少し歩くと、大きな滝が見えてきた。
「ふう。やっと休憩が出来る」
「随分歩いてきたからね。今日はここで夜を明かそう」
「非常に賛成」
 2人は開けた場所に荷物を置いて、聖者は山へ薪を探しに行き、拳者は飯を作るための準備をする。
 もう何度も行われた光景。
「ったく、こちらに来てからいいことないな」
 着物を少し脱いで、持ってきていた食材を洗う。
「はあ…」
 ため息の数は、この地に来てから多くなっていた。
 元より拳者にとって、この旅は望んだものではない。
 自分が何者かもわからない。
 自分が何処から来たのかもわからない。
 要するに、記憶喪失の状況。
 気が付いたら、自分は二本足で立っていて、身の回りのことは出来るようになっていたというだけのこと。
 拳者と呼ばれるようになったのは、そのときお世話になっていた村に夜盗たちが襲ってきたときに、1人で、武器も持たないでやっつけたところから付いた。
 もちろん、どうやってその力を身につけたのかもわからない。
 周りの状況の変化や環境の変化などで、拳者の精神は徐々に弱っていっているときに、聖者が現れ、ほぼ強引に一緒に旅に出た。 
 もっとも、今となっては残っていたほうがよかったなんて、多少なりとも思っていた。
「おまたせ」
 聖者が薪をたくさん持ってきた。
 それに合わせて、拳者は近くの岩場から手ごろな石を数個持ってきて、持参していた壷を囲むように配置する。
 風通しを確認し、わらと薪をしき、手馴れた手つきで火をつける。
「今日の夕餉(ゆうげ)は?」
「いつもと変わらない。麦飯と野菜の煮付けだ」
「手持ちの食材ではそんなものか」
「ああ。せめて味がつけられるものがあればいいのだがな。……頃合か」
 拳者は菜箸で全体の具合を確かめてから、しゃもじで互いの茶碗に盛り、静かに食べる。
 この間、会話は一切ない。
 黙々と、空腹の胃に流し込んでいく。
 そうしているうちに、辺りは夕焼けに包まれ、時期に闇が支配する時間になった。
「……なあ」
「何?」
 大きな火を囲んで、互いに読み物をしているときに、拳者が聖者へと話しかけた。
「そういえば、お前が向かっている場所、聞いていなかった」
「そうだった?」
「ああ。せめて場所を教えてもらわないと不便だ」
 北へ行く。そう言われた旅。
 拳者は、とにかく今の状況を把握するために、ひたすら聖者の後へと付いていき、様々な場所を巡ってきた。
 それゆえに、全体を見渡す余裕が出来て、こうして初めて、自分たちの目的地を聞いたのだった。
「実は言うとね、僕もわかっていないんだよ」
「…はあ?」
「この地のどこかに、聖女と呼ばれる姉妹がいる。その女たちは、特別な力を持ち、世界に危機が迫ったときに、聖者の僕に力を貸してくれるって、小さい頃におじいさんが言って言っていたんだよ。僕はただ、それに従って旅をしているだけ」
「な、なんて安直なんだ…」
 あまりの聖者の言葉に、がくっと、うな垂れる拳者。
「でもね、前の集落で聞いた情報だと、本当にいるらしいんだよ」
「らしい、だろう? 確定の情報じゃない。はあ…。それできつい山道を歩かされるこっちの身になってほしいものだ」
「すまないと思っているけどね」
「全然そう思えないんですが…」
 さらにうな垂れる拳者。
 と、そのときだった。
「……ねえ、あれ」
「うん?」
 聖者が指差した場所を拳者見てみると、そこには1人の少女がいた。
 桃色の長い髪をした、美少女というべき幼子。
 どうやら、2人には気づいていないようだ。
「へえ。なかなか可愛い子だな」
「うん。そうだね」
「しかし、こんな時間にどうしたんだろうな?」
「声を掛けてみようか」
「やめとけ。いかにも怪しい奴になるぞ」
「そうかな」
 なんて2人で言っているうちに、少女は着物を脱いでしまった。
「な、なな…」
「ふう〜ん。これはなかなか」
 激しく動揺する聖者と少女の体つきを評価する拳者。
 2人の性格がよくわかる。
 そんな男どもの状況と見られていることを知らない少女は、もう1つの滝の方へと歩いていった。
「なかなかの体つきだったな」
「け、拳者。どうして君は、そんなに落ち着いていられるんだ? しかも、なんだか破廉恥な言葉だし」
「幼子に興奮してもしょうがないからな。というか、お前、動揺しすぎだぞ」
「だ、だって…」
「それよりも、少し用心したほうがいいかもしれない」
 そういうと、拳者は背負っていた荷物の中から短い銅剣を取り出して、軽く構える。
 敵がいるという合図だ。
「近く?」
「ああ。それも、幼子の周辺に。ただの覗きじゃないことは確かだな」
「どのぐらい?」
「ざっと10はいるかな。聖者、お前は幼子の所へ行け。俺は……うりゃ!」
 拳者は、銅剣を森の方向へと投げた。
 しばらくして、そこから人が落ちてきた。それからほどなくして、複数の男たちが森から出てきて、拳者たちの元へと向かってきた。
「こいつらの相手をする」
「わかった」
 聖者は腰に拳者が持っていたのと同じぐらいの短い胴剣を差して、全速力で少女の元へと急ぐ。一方、拳者は腰を深く落として、臨戦態勢をとる。
「俺に出会ったことを、あの世でも呪うがいい」
 拳者は、闇と同化した。

想いを未来へ。2-2
K'SARS / 2005-09-25 23:38:00 No.718
「はあ。気持ちがいいです」
 遠くでちょっとした争いが始まっていることを感じていない少女は、気持ちよく水浴びをしていた。
 自分だけが知っている秘密の場所。
 少女はここでの水浴びをするの大好きで、人目を盗んでは足を運んでいる。
 別に家で身体を流すのが嫌いなのではない。
 ここに来れば開放的な気分になれる。
 置かれている立場を忘れることが出来る。
 そんな願望にもならない小さなことが、少女の足を向けさせているのだ。
「奈々ちゃんと縷々ちゃんも連れて来ればよかったですね」
 ちゃぷちゃぷ。
「!!」
 水音に気づいた少女は、急いで近くにあった大きな木の葉を取って、自分の身体に巻きつけた。
 こんな場所に人が来ることを予想していない少女は、身体を大きく震わせていた。
「ご、ごめん。脅かすつもりはなかったんだ」
 暗闇から出てきたのは、少女よりも年上の青年だった。
「あの、その…、そう、守りに来たんだ」
「まも、り?」
「うん。この辺に夜盗が出てね。しかも、きみの周辺にたくさん現れたんだ。今、僕の連れが相手してくれるけど、万が一、きみの所に来たときに、僕が守ってあげるよ」
「は、はあ…」 
 いまいち信用性がなかったが、男の目と態度を見て、少女は信用できる人と判断した。
「僕の名前は聖者。きみは?」
「も、桃って、言います」
「そうか。よろしくね、桃ちゃん」
「は、はい」
「ぎゃああああああ!」
 和やかなムードになる2人の上から、悲鳴が聞こえてきた。
 よく見ると、人間が空を浮かんでいて、自由落下運動の法則の逆らうことなく、放物線を画いて落ちてくる。
「危ない!」
「きゃ!」
 聖者はとっさに駆け出して、少女を抱きかかえるような形でその場を去った。
 数十秒後。
 どさ!
 今まで2人がいた場所に、不細工な男が落ちてきた。
「おーい。大丈夫か?」
 男をぶっ飛ばした本人が、自分が気絶させた男を担いでやってきた。
「悪いな。つい力が…って、もしかして、割とお楽しみ中だったり?」
「何が?」
「あ、あの…」
「うん?」
 聖者が桃を見てみると、それまで巻いていた葉っぱが無くなっていて、一糸纏わぬ姿になってきた。
 幼女とはいえ、始めてみる女の裸体に、男の性なのか、聖者は桃を凝視していた。
「おーい。聖者」
「…えっ、う、うわ、ご、ごめん!」
 聖者は慌てて桃を降ろし、背を向けた。
「おうおう。お前もやるの」
「ふ、不可効力だ!」
「いいじゃないか、そんなに否定しなくても。若者は、少しぐらい暴走しないと」
「け、拳者!」
「あはは。さてと、大丈夫かい? お嬢ちゃん。ほれ、早く身体を隠さないと、そこの怪しいお兄さんに食べられちゃうよ」
「は、はい」
 桃は拳者から渡された着物を受け取って、急いで木陰に入った。
 もぞもぞとする音に、聖者は余計そわそわしていた。
「そのぐらいで動揺するな」
「い、いいじゃないか。それより、夜盗は?」
「ああ。全員、あの夜空に向かってぶっとばして、どこかに落ちていった。そこの水に埋もれている奴もその1人。んで、こいつは、事情を聞くための予備」
「ほどほどにね」
「わかっている。おっ、出てきた」
 拳者が向いた方向から、ここに来たときに来ていた着物を着て、桃が姿を現した。
 その顔はまだ赤い。
「あ、あの、その。た、助けていただき、ありがとうございました」
「別に大した事じゃない。大の男が揃いも揃って、君のような幼子を襲うほうがどうにかしている」
「まあ、そうだね」
「あの、改めて、ご挨拶いたします。私の名前は、桃といいます」
「桃ちゃんだね。俺は拳者。こっちは…って、さっき名前を言っていたな」
「うん」
「さてと」
 拳者はどこから取り出した簀巻きを取り出して、担いでいる男と沈んでいる男を一旦座らせて、グルグル巻きにしてからきつく紐で結んだ。
「桃ちゃん。悪いんだけど、きみの屋敷まで案内してくれるかな? こいつらの尋問をしたいから」
「はい。桃も、お礼をしたいので」
「いいの?」
「大丈夫、だと思います。聖者さま、でしたよね?」
「うん」
「お呼ばれ、してください」
「……わかった」
 聖者は、身体の奥から湧き出る感情に戸惑いながら、拳者と一緒に桃が住む屋敷へと向かった。
 余談だが、夜盗の2人は引きずれていたために、屋敷に付く頃には虫の息になっていたのはご愛嬌。


<続>

想いを未来へ。3-1
K'SARS / 2005-10-03 19:40:00 No.728
「ここですよ」
「これはまた…」
「大きいな」
 桃の住んでいる屋敷に、夜盗を引きずりながら、聖者と拳者は案内された。
 だが、一言に屋敷と言うものの、そこだけで小さな集落は埋まるほどだ。
 それまでそんな場所にお目にかかったことがない2人にとって、唖然としていた。
「こちらです」
 門を潜ると、大きな建物が所々に健在していて、中からは明かりが漏れていた。
「桃さん!」
「あっ、歩美お姉様」
 まるで悪戯を見つかった子供のような(実際子供なのだが)表情をして、桃はあたふたしていた。
 慌てて逃げようとするが、すでに遅し。
 現れたのは、物腰が上品そうな女性だった。
「あれほど出歩いてはいけないと、何度も注意しましたのに!」
「ご、ごめんなさい」
「まったく……あら? そちらの方は」
 警戒心バリバリで、歩美と呼ばれた女性は、聖者と拳者を見ていた。
 それだけなら別になにも問題はないのだが、後ろに簀巻きにした夜盗を連れているものだから、いかにも怪しい。
 むしろ、怪しく思わないほうがおかしい。
「桃を助けてくださった人たちです」
「助けた? 桃さん、夜盗に襲われたのですか!?」
「あぁ! えっと、その…」
 状況の悪化に、桃はさらにあたふたするのであった。
 それを見かねて、拳者は簀巻きにしていた男たちを歩美の前に出した。
「事情は後で聞けばいいだろう? まずは、桃を自分の部屋に行かせて、休ませるのが先決だと思うのだが」
「……失礼ですが、私たち姉妹のことに口を挟まないでくださいまし。他人がどうこう言えることではありません」
「まあまあ。そこまでにしなさい」
「…美佳お姉様」
 暗い場所から、もう1人、ここの屋敷の者が出てきた。
 今度は、おっとりとした女性だった。
「桃は、どこも怪我とかしなかった?」
「は、はい」
「なら、何も心配することはないわね。そこのお2人も、お持て成ししなければなりませんし」
「どこの馬の骨とも知れない、しかも、素性の怪しい、さらに、こんな風に夜盗の残党を簀巻きにして連れ歩く殿方たちなんて、持て成す必要なんてありません!」
「ひどい言われようだ」
「まあ、しょうがないよ」
 姉妹の話が長くなると踏んだ聖者と拳者は、背負っていた荷物をその場に置いて、少し離れたところで、改めて中の様子を見た。
 これまで訪れた集落とは明らかに異なり、外装から装飾まで、一般のそれとは違う。
 そして、城を思わせるかのように、大きな門。
 ただならぬ雰囲気がここにはある。
 歩美の言動からして、2人はそのことを、肌で感じていた。
「お2人は、旅の方なんですか?」
 さっきまでのおろおろはどこへやら、聖者たちの方を向いて、桃は手を後ろに回しながら聞いていた。
「そうだよ」
「俺はこいつの付き添いって感じかな」
「そうですか。私はこの屋敷から出たことないので、外の世界というのがわからないのです」
「なんか箱入り娘って感じだよな、桃って」
 拳者は桃の頭に手を置いて、そっと撫でた。
「うーん。お手入れ十分な感じな髪だな」
「は、恥ずかしいです」
「あはは。愛いやつ」
「拳者って、やたらと幼子の扱いがうまいよね」
「そんなことないだろう?」
 聖者はそれまでの拳者との旅を思い出す。
 多くの集落を回るたびに、拳者の周りには自然と、男女問わず、幼子が集まってきていた。
 拳者自体も幼子を扱うのはうまいので、行く先々で人気者だった。
「それに、とてもお強いし」
「まあ、アレぐらい出来ないと、旅は出来ないからな」
「そうだね…」
「お話中、申し訳ありません」
 言い争いが終わったのか、美佳が笑顔で近づいてきた。
 後ろにいた歩美は、不満げな顔をして立っていた。
「今、ここにいるみんなでこの夜盗たちを問い詰めたところ、本当でした」
「あ、そういえば」
 簀巻きにした夜盗たちを置いた場所を見ると、完全に目がイってしまっていた。
 しかし、美佳の言うような人数はどこにもいなかった。
 不思議に思わずにいられない聖者と拳者を差し置いて、美佳は右手を頬に置いて話し出した。
「ありがとうございます。本当であれば、年長者の姉が挨拶するんですけど、あいにく、私情で留守にしていますので、次女である私、美佳が代わりまして、桃を助けてくれたことをお礼申し上げます」
 深く、そしてゆっくりと、美佳はお辞儀をした。
 一つ一つの動作に、他の女にはない大きさを、聖者は感じた。
「礼を言われるまでもないよ」
「礼儀ですから。ただ、歩美の言うことも最もなことなのです。私たちは、とある事情により、外部からの訪問を制限しています。例えそれが、妹の命を救ってくれたとしても」
「お姉様!」
「…ただ、このまま返してしまっては、人としてどうかと思いますので、桃の反省も兼ねて、離れにお呼ばれしてください」
「構いませんよ」
「よかったです。では、こちらへどうぞ。桃も」
 美佳と歩美に連れられて、聖者たちは奥へと案内された。
 案内、とは言っても、その距離は半端ではなかった。
 端から端までの距離は、軽く、小さな集落をすっぽり包んでしまうぐらいの長さで、さらに微妙に坂になっているために、桃は行きも絶え絶えになっていた。
「はあ、はあ、はあ…」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
「まあ、桃は滅多にこちらに来ませんからね」
 対照的に、美佳はケロっとした顔をしている。歩美は多少息を切らしている程度。
「普段、離れには私たち姉妹は近寄りませんから。私たちにとって離れとは、お仕置きという意味合いが強いですから」
「お仕置き、ねぇ」
 拳者は遠い目をして、まだ先の離れを見る。
 暗くてその表情は伺えないが、あまり景気のよいとは言えない。
「どうしました?」
「…ちょっと、な」
「そうですか……。ここです」
 美佳が足を止めた先には、真っ暗で不気味な雰囲気な倉があった。
 普段立ち寄らない理由には十分だ
 持っていた楼に火を灯して、ゆっくりと、歩美が扉を開ける。
「少し埃っぽいですが、我慢してください」
「何、雨風を凌げればそれでいいんだから」
「その通り」
「まあ、たくましい生活を送っていたんですね」
 室内に明かりが灯されると、意外と小奇麗だったことにびっくりする2人。
 すぐに荷物を置くと、周りの窓を開けて、外の空気を入れる。
 ひんやりとした風が、倉の中の空気を換えて行く。
「お食事などはあとでお持ちしますから、それまではごゆるりとしてください」
「ありがとうございます」
「桃も、しばらくはここにいて頂戴ね」
「はい…」
「では」
 軽くお辞儀をして、美佳と歩美は去っていった。
 残された3人は、とりあえず、座れる場所に座った。
「ごめんなさい。桃がもっとうまく言えればよかったんですが…」
「いや、桃が言わなくてもこうなっていたと思うよ」
「そうだな。というか、もしろその方が普通だと思う」
「そうなんですか?」
「まあな。世の中、優しい人ばかりじゃないからな」
 こんな風に、雨風を凌げる場所に泊まれることは滅多になかった。
 大抵、歩美のような対応されて、門前払いということが幾度と無くあった。
 まあ、見ず知らずの他人を泊めるような心の持ち主が少ないという、悲しい事実でもあるわけだが。
「たくさん色んな場所を回ってきたんですか?」
「うん」
「おかげさまで、随分と図太い神経になったよ」
「くすす。あとで桃にもお話しを聞かせてください」
「ああ」
「聖者の恥ずかしい話をたくさんしてあげるな」
「お、おい!」
 少しの間、3人は和気あいあいと会話をした。
 聖者にとっても、拳者にとっても、そして、桃にとっても、和やかな雰囲気は久々で、思ったよりも話しが弾んだ。
 それから、ここの使いの者らしき人たちがやってきて、食事を持ってきた。
 そして、1人の女性も。
「こんばんわ」
「あっ、藍お姉様」
 藍と呼ばれた女性は、桃の傍に座ると、聖者と拳者に向かって深くお辞儀をした。
 雰囲気としては、美佳に近い。
「この度は、妹を助けていただいてありがとうございました。上の姉に重ねて、お礼申し上げます」
「別に大したことはしていないよ」
「お前はな」
「私、四女の藍と申します。よろしくお願いしますね」
「ああ」
 軽く互いに挨拶をすると、蘭は一緒に食べ始めた。
 少しびっくりしたが、あとはなんてこともなく食事をする。
 本当に久々の、ゆったりとした食事だった。

想いを未来へ。3-2
K'SARS / 2005-10-03 19:42:00 No.729
満月の空の下。
 拳者は、離れの屋根で光る月を見ていた。
「綺麗だな」
 夜空に手を伸ばしてみる。
 もちろん、その手は天に届くはずもない。
 ただ、そんな感じはする。
「この時代は、どうしてこんなにも美しいのかな」
 そんなことを呟く。
 それはずっと、拳者が思い続けたことであり、いつでも確認し続けてきたこと。
「はあ。ったく、どうしてこんなことになったんだろうな。起きたらこんなところにいるし、記憶喪失だって嘘をつかないといけないしで、散々だ」
 そう、拳者は記憶喪失ではなかった。
 自分が何者で、どこで何をしていたかということも覚えている。
 嘘をつかなければならなかったのは、不必要に怪しまれないためであり、自分への言い聞かせでもあった。 
 外から情報を素直に受け入れるためにも、記憶喪失というのは、予想以上の効力を持っていた。
「でも、こんなに星が綺麗に見えるなら、よかったかな」
「……誰かいるの?」
 拳者が声をしたほうを見てみると、そこには黄色の髪をした少女が顔を覗かせていた。
「幼子がこんな時間にどうしたんだ?」
「幼子言うな」
 頬を含まらせて、少女は拳者の隣に座った。
 年からして、桃より上、藍よりも下というところ。
「これでも、もう12になるの」
「十分幼子だと思うが」
「私は大人だ!」
「はいはい」
 つくづく子供に好かれる体質だなと、拳者は心の中で溜息をついた。
 隣に少女は、見るからに人懐っこくて、曇りのない目をしている。
 ただ、言動が少し荒い。
「そっか。なにやら騒がしいと思っていたが、あなた様のせいだったんだ」
「騒がしくした覚えもないが、まあ、そういうことだ」
「こんなことを言うのもなんだが、前から、あの付近に住む夜盗たちにはほどほど困っていたの」
「まあ、夜盗にうろつかれちゃ、誰だって困るよな」
「これで思いっきり、出歩くことが出来るよ」
 空に向かって思いっきり両手を伸ばしてから、少女は大の字になってその場に寝そべった。
 拳者もそれにつられるように、身体を寝かせた。
 星のきらめきが一段と綺麗に感じた。
「そうだ。まだ名を聞いていなかったね」
「まずはお前から名乗るのが筋だと思うんだけど」
「私は女子なんだから、男子であるあなた様から名乗るの!」
「へいへい。俺は、拳者っていうんだ」
「拳者様…か。なかなか良い名だね」
「んで、お前は?」
「私は茜って言うの」
「真似ではないけど、似合っているな」
「えへへ。そうでしょう?」
 茜と名乗った少女は、満面の笑顔を拳者に向けた。
 一瞬、拳者は胸が高鳴ったが、それもすぐに収まった。
(俺はロリコンじゃないぞ)
 そう言い聞かせながら、軽く深呼吸した。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、こんな時間に出歩いてもいいのか?」
「どうせ誰も起きていないし、ここは私のお気に入りだからいいの」
「理由になっていないし」
「あはは」
 茜はよっという掛け声と共に身体を起こし、立ち上がって、拳者の方を向く。
 月夜に照らされたその顔は、年齢よりも大人びて見えた。
「なんかね、こういう夜に外に出ると、私、不思議な気持ちになるんだ」
「不思議な気持ち?」
「うまくは言えないけどね。ただ、元気をもらえるのは確かだよ」
「元気、ねえ…」
 疑うような目で見る拳者に、茜はくすって笑い、隣に座る。
「実は言うと、私、あまり人と接するの、あまり得意じゃないんだ。姉妹と居るときでさえ、今みたいに接することが出来ないし」
「それも月のせいだったって言うのか?」
「わからないけど、私はそうだと思っているよ」
「そっか。まあ、俺はまだ茜のことをよく知らないから、そうだと信じるしかないな」
「えへへ。ありがとう」
「…結構冷えてきたな。俺はそろそろ寝るよ」
「うん。じゃあ、私も戻るね。おやすみなさい、拳者様」
「おやすみ」
 茜が一足早く屋根から降りたのを確認してから、拳者は改めて、夜空を見上げた。
 月が真上に位置していることから、相当な時間居続けたことを示していた。
「……なんか、不思議なところにやっかいになってしまったな」
 軽く周りを見回してから、拳者は屋根から下りて床についたのだった。
 

 夢を見ていた。
 それは、かつて経験した過去。
 真っ暗な闇から抜け出た先には、たくさんの顔があった。
「……Who are yours?」
 間抜けな顔と声で起き出すと、そこは外だった。
 確かに中で眠っていたはずなのに。
「おめえ、どうしてこんなところで寝ていたんだ?」
「…何故に時代劇風の喋りと服装?」
 周りを見てみても、カメラとかの撮影道具はない。
 かと言って、ここが撮影のセットとか、ドッキリとかで連れられた雰囲気でもなかった。
 だから余計に頭がこんがらがった。
「どうしました?」
「あっ、聖者様」
 向こう側から、1人の青年が現れた。
 年齢的に、そんなに変わらない様子。
「これはまた。異国の方ですか?」
「……まあ、あんたたちから見ればそうなるのかな」
 どよどよ。
 辺りが一気にざわめいた。
「一応言っておくが、言葉が通じるから、同じ国の人間だ」
「うん。わかっているよ。ところで、僕は聖者っていうんだ。きみは?」
「俺は……」
 ここから、全てが始まった。


<続>

Re: 想いを未来へ。1
エマ / 2005-11-05 13:17:00 No.750
新作、「想いを未来へ」。始まりましたね。
今度は桃華ちゃんの前世、桃姫さまのお話で、これはまた面白いシリーズになりそうです。

いきなり最終決戦の前夜から始まっているのが、早くも読者に雰囲気と期待を持たせていて、凝っていますね。
後世で幸せになれる、というのは、やはり現世では今生の別だと、聖者様も桃姫様も覚悟しているわけですよね。とても辛い運命ですが、「生涯を、思い出で過ごせるように」というフレーズはとても素敵に見えました。

動物と人間たちの戦い、4匹の動物、これは天使のしっぽで出てきた四聖獣関連の設定が元ですね。当時はいきなりとってつけたような設定に思えたんですが、今になってこういうところで創作のネタになるとは……いやじんせーわからんもんですなw

さて、その争いごとになる前ですが、聖者と拳者、得意分野の違いが少なくとも二つ、早くも見れた所が面白いと思いました。辛抱強い聖者、女の子慣れしている拳者(笑)
記憶をなくしている、という興味深い事情も持っているみたいですね。もしかして別の世界から飛ばされてきたりとか……と思ったら後ろの方でフェイクみたいな事書いてあるじゃないw うーん。

で、桃姫さま、なんというか、いきなり水浴びシーンで登場ですか。お約束というかなんというかw
さっそく拳者の剛腕ぶりが見れたり、二人の掛け合いが見れたり、もったいぶらずにすぐ展開を載せてくるのはさすがKさんですね。

で、歩美お姉様と美佳お姉様って、なんですか。サービスですか?(笑)
性格も元キャラをどことなく反映しているのが面白いですね。
最初かなり警戒されているようですが、これは物語が進むうちに徐々に変わっていくのでしょうね。なんと蘭まで出てきて、わたしにとっては売れしいんですが、もしかして12人全員出てくるの?(笑) 茜ちゃんと拳者、もしかしたらこの二人がくっつきそうな感じもちょいとしたんですが、そこも先が楽しみですね。

次の話、期待しています。わたしもそろそろAS外伝3話を出さないとなーw

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