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想いを未来へ。7-1
K'SARS /
2005-12-05 09:36:00
No.776
長くなったので、新スレ。
空の色が夕焼けに染まる頃、屋敷に来客を知らせる音が響き渡った。
「来たね」
「ああ」
窓越しから門の場所を見ていた聖者と拳者は、改めて、異変を感じていた。
そしてその中の半分ぐらいが、鎧で身を纏った兵士。
たかがお見合いにこの編成は明らかにおかしい。
「段々、嫌な感じが強くなっている」
「俺もそう思う。争いを起こす気満々だな」
「やっぱり、お見合いは偽りかな」
「だろうな。まあ、その真意を知るにはここじゃわからないな。ともいえ…」
拳者が窓から周りを見てみると、下には4、5人の、この屋敷にいた護衛の男たちが、武装して見張っていた。
ここから出さないつもりらしい。
「下手に騒ぎを起こしたくないね」
「そうだな。さて、どうしたものか」
「難しそうな顔をしているね」
ずっと窓の外を見ていた2人に、茜がお茶を持ってやってきた。
「ありがとう、茜ちゃん」
「サンキュ」
「変わった挨拶だね」
「ああ……。ほら、俺、記憶喪失だから、きっと、意識しないでそういう言葉が出るんだろうよ」
自然と出てしまった言葉に、拳者は落ち着いて説明する。
最近は生活にも慣れて、口から出ることはなくなったが、うっかりしているとすぐに出てしまう。
「そうなの? にしては、全然不安な感じはしないよ」
「慣れたんだな、きっと」
「そっか。それよりも、どうしたの?」
「ああ…。藍ちゃんがお見合いする場所に行けないかなって思って」
「うーん。無理だと思うよ。周りを囲まれているからね」
「だよな」
打つ手なしとはこのことだった。
拳者の頭の中には、周りにいる連中を不意打ちして気絶させ、騒ぎを極力無くそうという選択肢もあったが、もしものことが起こったときにこの場所を守る輩がいなくなるのは、今の状況においては望ましくない。
「大人しくしているというのも、なんだか落ち着かないな」
「はふぅん。そうですよね」
「…いきなり出てくるなよ、桃」
ちょこんと、聖者と拳者の間から果物を食べながら桃が出てきた。
ちなみに食べているのはバナナ。
「じっとしていると、逆に落ちつかなくなりますね」
「それは桃だけだと思うよ」
「はふぅん」
茜の一撃に、なんなく沈む桃。
「さてと、どうしようかな」
「はふぅん〜」
落ち込んでいる桃の頭を撫でながら、聖者は改めて外を見て、思考をめぐらせていた。
その頃。
「ようやく着いた」
「そうやね」
千田の駕篭の中から、青年と幼子が出てきた。
この青年こそが、今回、藍とお見合いすることになっている、千田家の長男の、善。
代々から受け継がれる剣術、千田一心流という凄腕の剣士である。
別名、雷鳴の善と噂され、街娘からは常に色のついた声が飛び交っている。
ただ、本人は争いごとが苦手なために、父親ほどの信頼を得ていなく、逆に逆らうことなく、今回のように強制的にお見合いをさせられることもしばしば。
そして、お目付け役として、妹のきよが同伴する。
「おとうは、大きなお屋敷の娘さんやって言うとうってたけど、ホンマに大きいんやね」
「そうだね…」
「兄上、そんな顔をしておったら、これからお見合いする娘さんに悪いで」
「ああ」
年と言葉使いが合っていないきよに、善行は完全にペースを握られていた。
とも言え、日常茶飯事なものだから、周りにいる誰一人としてそのことを気にしていない。
いや、気にしないのではなく、別のことを行っていて、見ていないだけだ。
「ご機嫌様です。私が、現在この屋敷を預かっている、美佳と申します」
家臣と歩美を引き連れて、美佳が2人の前に現れた。
「ご機嫌様です。千田家の長男、善行です。こっちは、妹のきよ」
「よろしゅうに」
「まあ、可愛いですね。さて、時間も押していますし、善行様はこちらへどうぞ。きよちゃんは、私に付いていってね」
「わかりました」
「わかったで」
善は歩美に。
きよは美佳にそれぞれ付いていった。
そして、美佳がきよを連れて行った先は、聖者たちがいるところだった。
「ここには、きよちゃんと年が離れていない子達がいるから、しばらく、ここで大人しくしていてね」
「うち、兄上と一緒にいたい」
「うふふ。気持ちはわかるけど、お兄様は大事な話をするから、駄目なのよ」
「ぷぅー」
頬を思いっきり膨らますきよを見ながら、美佳は桃たちがいる小屋の扉を開ける。
その先にいたのは、茜だった。
想いを未来へ。7-2
K'SARS /
2005-12-05 09:37:00
No.777
「あら、茜」
「その子、ここで預かればいいの?」
「わかっているなら話が早いわ。縁談が終わる間お願いね」
「はーい」
そういうと、足早に美佳は出て行った。
残されたきよは、まだぶすっとした顔だった。
「さてと、まずは自己紹介ね。あたしは茜だよ」
「うちはきよっていうねん」
「きよは、あの千田の者なんだよな」
「そうや。善はうちの兄上なんよ」
誇らしげに、きよはまるで自分のことのように、善について話しだした。
その言葉からは、いかに慕っているのがわかる。
「でも、婦女子にはだらしないところがあるんや。うちは、そこだけ直してもらえれば文句ないんよ」
「………お前、本当に幼女か?」
幼女に好かれやすい拳者出た言葉は、その場にいた全員が思っていたことだった。
「色々とあったんよ」
(こいつ、大物やで)
きよにつられたのか、拳者の心の中のつっこみは関西弁だった。
それはともかく。
「それにしても、兄上、ここに来るまで全然嬉しそうじゃなかったわ」
「そうなのか?」
「うん。それにな、周りの従者たちもほとんど朝廷の使いの者たちなんや。いくらうちかて、おかしいとは思うったな」
「拳者」
「ああ」
2人の中で、疑問が確信に変わった。
目的は聖女の確保で間違いない。
お見合いという形をとったのは、正面からぶつかるよりも遙かに手早く、少ない人数で実行できるから。
しかし、朝廷の人間の息子などを相手に提示したところで、拒否されるのは目に見えている。
そこで、前々から朝廷に抵抗的だった千田家の長男である善を担ぎ出すことで、聖女側にも精神的に油断させ、その隙に制圧する。
多少なりの違いがあれども、大まかにはそうだと思った。
「どこで動くと思う?」
「すぐには行動起こさないだろうな。ある程度縁談が進んでから、側近の奴が合図をして、藍たちがいる屋敷に突入し、同時に、ここの聖女たちの確保もするだろうな」
「はふぅん。こ、怖いです」
「そう不安がるな。何か起こったときは避難すればいいだけだ。それよりも…」
拳者は、窓に目をやる。
するとそこには、護衛の男たちが次々と倒される光景が広がっていた。
ほとんど素人同然だった屋敷の男たちに対し、武装していた朝廷の連中は、いずれも玄人であり、暗殺を主とする動きであった。
そのために、護衛たちは気づくことなく、自分の身に起こったことを理解するまでもなく、事切れた。
赤い液体が、地面を濡らす。
拳者は一瞬目を瞑った後、硬く窓を閉じた。
「はふぅん? どうしたんですか?」
「……茜」
「なに?」
「今すぐ、ここから避難しろ」
「それって…」
「ああ。事態は、思ったよりも早く進んでしまったらしい」
「い、今すぐみんなに知らせるよ」
「頼む」
茜が桃ときよを連れて隣の部屋に移動したのを見計らって、拳者と聖者はもう一度、窓から状況を把握する。
びっしりと周りを包囲されており、誰か1人に異常があれば、即座に対処される。
計算され尽された陣形だった。
「さてと、余計に動き辛くなったな」
「でも、拳者の速さでなんとかなるんじゃないか?」
「神速を使えば、まあ、なんとかなる」
拳者の強さの1つに、神速という技がある。
発動と同時に、周りの時間が極端に遅くなり、水の中にいる感覚に襲われる。
その間に攻撃をするものだから、相手からしてみれば、一瞬消えたように見え、何が起こったかわからないうちに倒されていた。
ただし、これには相当な体力を使うので、せいぜい、一日に3回が限度。
「倒せても、ここを囲んでいる人数からして、半分がいいとこだ。神速から抜けたときに襲う痛みに耐えているうちに、やられるのは火を見るよりも明らかだ。もちろん、聖者の助けがあれば解決できるけど、あとのことを考えるとあまり得策ではない」
「となると、僕たちだけでは難しいね」
「では、桃の出番ですね」
「はあ?」
声のしたほうを見ると、桃が立っていた。
「お前、避難しろって言ったろ?」
「はふぅん。それはわかっています。でも、桃にも何か出来ることがないかなって思ったので、それで…」
「……はあ。どうする、聖者」
「まあ、僕たちが守ってあげればいいと思うよ」
「だな」
内心、桃が来てくれて助かったと思った2人だった。
この状況で、敵の目を引き付けてくれる役目がいることが、何よりも打破する方法。
ただし、外の状況がまだ幼子である桃には刺激が強すぎるために、あまり見せないようにしないと、もし大声でも出されたら作戦は成り立たない。
そのため、桃も隣に2人並んで出ることにした。
護衛という名目であれば、周りの連中も警戒しないと思ったのだ。
と、そこに。
「うちもいくー!」
さらに1人、志願者が現れた。
きよだった。
「兄上のところに行くんやったら、うちと一緒の方が怪しまれずに済むで」
「ったく、自ら危ないことに首をつっこまなくてもいいのによ」
「まあ、確かにきよちゃんが一緒の方がいいかも」
「そやで」
「…行くか」
「うん」
きよたちに茶菓子とお茶を持たせて、聖者たちは藍たちのいる小屋へと向かった。
<続>
Re: 想いを未来へ。7-1
エマ /
2006-01-13 02:51:00
No.802
こんばんは。レス遅れまして……。
お見合いがいよいよ始まろうという訳ですが、やはり二つの意思が錯綜しているようですね。それも、攻撃的な意図の方が非常に大きく……。
そういう状況にも関わらず、様子を見ている拳者や聖者、12人姉妹たちがとても落ち着いてやりとりしているのが面白いですね。みんな、日頃から襲撃だのなんだのといったことにそうとう慣れているという事なんでしょうか。
「はふぅん」という桃ちゃんの吐息(?)が、緊張を程よくほぐしてくれますw 茜ちゃんのツッコミもナイス。本家Verで考えてみると、アカネちゃんがモモちゃんにツッコミを居れるというのも珍しいはずですが、それだけ桃ちゃんはKさんの思い入れっぷりというか改造っぷりというかw
さて、今回の特ダネ。千田さんときよちゃんですがw
……まんまやん……。ホンマ「きよただ」の千田さんときよちゃんの、まんまやん!w
いや、街娘たちからキャーキャー言われてる、というのは、チガうが……w
大体、恵ちゃんがいるってぇのに欄ちゃんのお見合いというのがだな(以下略
マ、マテ……美佳ちゃんも、応対がなんかしとやかダゾー!w でもきっと仮面なんだろーな。P.E.T.S.の頃のしとやかさもあったみかちゃんっぽくてイイけどw
きよちゃんも、なんだ……。
>「でも、婦女子にはだらしないところがあるんや。うちは、そこだけ直してもらえれば文句ないんよ」
ときて
>(こいつ、大物やで)
って、かかなり笑ったんですけど。こうしてコラボSSが書かれるごとに、なんかきよちゃんのオトナっぷりがますます強調されている気がするぞ?w
それはさておき、肝心の状況ですが、千田さんを担いで陽動をかけようという朝廷側のもくろみ、次々と倒される護衛、完璧な陣形、厳しいですね。きよちゃんも一緒に行けば怪しまれないとか、結構本格的に考えられてて読み応えがあります。
これだけのキャラクター数がありながら、今のところうまく話をスムーズに持っていけていますし、やはりそこはKさんの実力なんでしょうね。
次回はいよいよ事が大きく動き出す気配です。拳者の神速という技の発動はあるのでしょうか? そして、千田氏はどう動く??
次の話、期待してます!
想いを未来へ。8-1
K'SARS /
2006-01-29 00:53:00
No.808
さて、突然ですが、話は少し前の方にさかのぼる。
「そこに丘があるから登ってく〜♪」
1人の少女が鼻歌を歌いながら、山を登っていた。
その格好は、明らかに浮いていた。
というのもの、一般的な女性は着物姿なのに対し、少女は異国の服を着ていたのだった。
さらには、言葉遣いという部分もあってか、あまりいい顔をされないのであった。
「ふう。暑いよ〜ん」
誰に言うとも成しに、腰につけていた水筒を手に持って口に持っていく。
それから布で汗を拭く。
遠目から見れば、田舎の親父に見えなくもない。
「太陽の位置からして、もうお昼か……お腹空いた」
朝から何も食べていないため、育ち盛りの少女には耐え難い苦痛だった。
ともいえ、その前に食べた飯も、とても足りるものではなかったが。
「しょうがない。さっきの川に戻って、辺りで木の実か魚を取って食べようっと」
すっかりサバイバル根性がついてしまった少女は、荷物を持って立ち上がろうとした。
と、そのとき。
ササササササササササササ。
周りを、数人の男たちが囲った。
手には剣やら斧やら、人を殺すには困らない武器を持っていた。
普通の女性ならば、身に力が入らずに、その場に座り込んでいる場面。
しかし、少女はそれに動じることはなかった。
逆に、目を輝かせていた。
「うふふ。ちょうどいいところに」
「おい、姉ちゃん」
ドスの聞いた声を出して、リーダー格の男が少女に話しかける。
もちろん、少女はそんなことを気にしないで、まるで品を見定めるかのように物色していた。
「ふむふむ。男の質は最悪だけど、持っているものはいいものね。相当、暴れまわっていたみたいだこと」
「おい。聞いているのか。あーん?」
「よし。こいつらをとっちめて、アジトを聞き出そうっと♪」
「おうおう。いい加減に……」
「………てい♪」
最高の微笑を浮かべて、少女はリーダー格の男の隣にいた男を星にした。
その間、わずか10秒。
あまりの瞬間的な出来事に固まってしまった、俗に言う賊。
対して少女は、落ちてきた男が持っていた斧を手にとって、それをリーダー格の男に向けて、こう話しかけた。
「あんたら全員、今の男みたいになりたくなかったら、金と食料を置いて、この場を去りなさい。わからない? 命だけは助けてやるし、身包みも剥がさない。というか、醜い男の裸なんて嫌なだけなんだけどね」
完全に立場が逆転していた。
もちろん、そんな要求を呑むはずもなく、正気に戻ったものからまた戦闘態勢に入る。
「た、たまたま不意打ちが決まっただけでいい気になるんじゃ…」
「ほい」
歯のついている部分を横にし勢い任せに振り回して、今度は3人まとめて星にした。
あまりにも異様な光景に、賊たちは目が点になり、足がすくむ者もいた。
そして、それを作り出した少女は、空から落ちてきた瀕死状態の賊たちの物品チェックをしていた。
「うーん。下っ端だから、あまり良いのは持っていない……おっ、干し肉発見♪」
「てめぇ。本当に人間か?」
「失礼ね。どっからどう見たって、可愛い女の子でしょう?」
可愛い女の子はそんなことしねえだろう、と、賊たちの一斉の心のツッコミが聞こえない少女は、あらかた物色を終えると、先ほどと同じように斧を向ける。
「さて、あなたたちは理解があってくれると、嬉しいな♪」
絶対零度の微笑というのは、このことをいうのであろう。
少女の顔は確かに笑っているが、目は笑っていない。
「うふふふ。DETH OR HELL?」
この瞬間、勝負は決した。
「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
賊たちは、少女の言うことを聞かないで、一斉に逃げ出した。
当然といえば、当然の行為を言えよう。
「ふう。しょうがないな……」
少女は深い溜息と祈るような動作をしたら、天高く手をかざした。
「我が命に従い、その姿を現せ。…フォルトゥルス!」
声に反応するかのように、空が黒で染まり、とたん、少女に向かって雷が落ちる。
それは空中で姿を変え、少女の手元に納まる。
形状は、バトンと類似している。
というか、バトンだった。
そして、少女の服がいつの間にか変わっていた。
「私から逃げようなんて……」
バトンを横に持ち替えた少女は、クラウチングスタートの要領で姿勢を傾けると、一気に走り出した。
だが、その速さは常人の域を超えていた。
賊たちの差は大体100Mはゆうに超えていたが、その距離がゼロだったかのような錯覚を受けるほど、少女はあっという間に賊たちに追いつき、追い抜いていた。
激しい砂埃と共に姿を現し、バトンを大きく後ろへ振り上げる。
「あんたたちの一生ぶんよりも甘いわよ〜ん!」
足をしっかり地面に踏ん張り、力の限りバトンを振り下ろすと、その大きさは元の数倍以上に大きくなった。
「吹っ飛べ!」
黄金に輝くバトンが賊たちに直撃し、全員揃って、ブラックホールの屑となった。
「ふう。さてと、あいつらのアジトに行きましょうかね♪」
少女はバトンを天に返すと、地面に倒れている賊の残りを叩き起こして、アジトへと案内させたのであった。
想いを未来へ。8-2
K'SARS /
2006-01-29 00:54:00
No.809
「ふう。ごちそうさま」
久々の豪華な食材を使って、少女は豪勢な夕食を食べた。
とはいえ、少女の欲求を満たすにはまだ足りないわけだったが、その辺は我慢するしかない。
「さてと、何かめぼしいものでも探しましょうか」
食器などを片付けてから、少女はかつてアジトだった場所へと目を向ける。
そこはまるで、大きな台風かハリケーンが過ぎたかのような惨状が広がっていた。
もちろん、全ては少女がしたこと。
賊たちのアジトにつくなり、
「全員、お空に昇っちゃえ♪」
と言って、フォルトゥルスを出し、建物ごと賊たちをぶっ飛ばした。
なんとか難を逃れた賊たちは、もちろん何もすることなく、突然現れた破壊魔に恐れを成して逃げていった。
結果、わずか数分でゴーストタウンと化したのだった。
「うーん。相当漁っていたみたいね。出てくる出てくる」
財宝などを閉まっていた場所で、少女は片っ端からこれでもかってぐらい袋へとつめていく。
それでも1つの袋に入るわけもなく、「荷物になるんだけどな〜」などぼやきつつも、次の袋に詰めていく。
最終的には、3つになった。
「さてと、次は食料ね。それから……うん?」
ふと、床に違和感を感じた。
平坦になっている部分の一箇所だけ、少し盛り上がっていた。
少女がそこに近づいて耳を澄ますと、風の吹く音がした。
「地下室?」
怪しい雰囲気が漂うものの、少女は盛り上がっている部分を上げ、フォルトゥルスを出してから入っていった。
そこは本格的な空洞になっており、たいまつによる明かりもあった。
人の気配もあることから、少女は先に進んだ。
たどり着いた先には粗末な作りの牢屋があり、その向こうには女性と思われる姿が2つあった。
「うわ、本当にいた」
「えっ? 女の、人?」
「そうだよん」
「あ、あの……」
「待って。先にそこから出してあげるから、ちょっち離れていてね」
「は、はい」
牢の中の女性たちが奥まで離れたのを見計らって、少女はフォルトゥルスを鉄格子に近づけて、ちょいという感じで、少しだけ押す。
すると、鉄格子全体が簡単に倒れた。
唖然とする女性たちに、少女はゆっくりと近づいていく。
「もういいよん」
「あ、ありがとうございます」
「あの!」
「うわ!?」
一緒にいた女性が、少女にすごい形相で迫ってきた。
「と、隣にある牢屋に捕まっている子たちも助けてください! 私の仲間なんです」
「う、うん。わかったよん。ちょっと待ってて」
少女はなんとか女性をなだめると、隣にあった牢屋の鉄格子も同じようにフォルトゥルスで軽く押して倒す。
「……ひどい」
明かりを照らすと、そこには多数の人たちが倒れていた。
そのほとんどが女子供だった。
少女は近くに倒れていた女の子に近づいて顔を近づけてみる。
息は、していなかった。
確認のために2、3人にも同じことをしてみたが、同じだった。
「…フォルトゥルス。この人たちを、光へと導いて」
少女はフォルトゥルスを抱きかかえるように持つと、しばらくして、多数の光が少女から漏れ、倒れている人たちに降りかかる。
しばらくして、その光は細かい粒子状に変わり、空気の中へと浮遊する。
「私たちのことを、許してくれ、なんて言わないけど、せめて来世で幸せに暮らせるように、祈ります。……ホーリー・ブレス」
フォルトゥルスを天に向かって掲げると、光の粒たちが導かれるように昇っていく。
生まれ変わったら、今度は幸せな記憶が持てるように。
全てが終わると、そこには地面しか残っておらず、無事に光になったことがわかる。
「みんな……」
いつの間にか、少女の隣には、先ほど助けを求めた女性が立っていた。
「……ここを出よう。いつまでもいると、もっと暗い気持ちになるから」
「で、でも、上には…」
「大丈夫よん。さ、行きましょう」
少女は2人に明るく話しかけてから、先に牢屋を出た。
それにつられる様に女性たちも歩き、ほどなくして地下室を出ると、全身の力が抜けたように、その場に立ち尽くした。
「ねっ♪」
「は、はい……」
「な、何が、あったの」
「きっと、天罰が下ったんだよん。あんなことした連中だもの。このぐらいはまだ甘いあまい」
(本気でやっていたら、きっと地下室ごと吹っ飛んじゃったよね……)
冷や汗をかきながら、少女は荷物を置いてあった場所に2人を連れて行って、水筒と食べ物を渡した。
「ありがとうございます」
「ありがとうです」
「いえいえ」
「そういえば、お礼がまだでしたね」
女性たちは姿勢を正して、その場に土下座の格好になる。
「助けてくれて、ありがとうございます。私の名は、恵と申します。とある事情で旅をしていたんですが、途中で賊に捕まってしまったんです」
「私は、さこと言います。あの子たちとこの山に住んでいたんですが、運悪く見つかってしまって、ここに連れて来られたんです」
「大変だったね。あっ、楽にしてよん。私、そういうことをされると、逆に居心地が悪くなるから」
「はい」
恵とさこと名乗った女性たちは、頭を上げると、また食べ物と飲みもを手にとって食べ始める。
よほど空腹だったようで、がつがつと音を立てている。
「誰も捕らないから、もっとゆっくり食べてもいいよん」
「ごめんなさい。でも、ここ数日はまともに食べていなかったから」
「(こくこく)」
「あはは」
改めて、賊たちを星にしてよかった思いつつ、少女は物色した荷物を近くにあった荷台に乗せていく。
量だけ見ると、大人の男でも動かすのが嫌になるほどある。
「これだけあればいいかな」
「あの、それは?」
「ここにあった財宝やら食料とか。盗んじゃないから、持っていっても大丈夫」
「どこかに行かれるんですか?」
「うん。聖女たちがいるお屋敷に」
「「聖女!?」」
2人揃って、少女の言葉にすごい形相で反応する。
「どうしたの?」
「わ、私の向かっている先も、そこなんです」
「私も、その近くの山に、残っている仲間がいるんです」
「じゃあ、一緒に行く?」
「「はい!」」
全身でばんざーいをして、身体全体で喜びを表現する、恵とさこ。
そして少女も、旅を始めてから初めて出来る仲間に、2人に見られないようにガッツポーズをした。
「それじゃ、早速行きましょうか」
「あの、まだお名前を聞いていませんでした」
「うん? ああ、そうだったね。……こほん」
軽く咳払いしたあと、少女は姿勢を正して2人の前に立つ。
それからまたフォルトゥルスを出し、元気一杯に、こう叫んだ。
「私の名前は桃華だよ。よろしくね♪」
<続>
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空の色が夕焼けに染まる頃、屋敷に来客を知らせる音が響き渡った。
「来たね」
「ああ」
窓越しから門の場所を見ていた聖者と拳者は、改めて、異変を感じていた。
そしてその中の半分ぐらいが、鎧で身を纏った兵士。
たかがお見合いにこの編成は明らかにおかしい。
「段々、嫌な感じが強くなっている」
「俺もそう思う。争いを起こす気満々だな」
「やっぱり、お見合いは偽りかな」
「だろうな。まあ、その真意を知るにはここじゃわからないな。ともいえ…」
拳者が窓から周りを見てみると、下には4、5人の、この屋敷にいた護衛の男たちが、武装して見張っていた。
ここから出さないつもりらしい。
「下手に騒ぎを起こしたくないね」
「そうだな。さて、どうしたものか」
「難しそうな顔をしているね」
ずっと窓の外を見ていた2人に、茜がお茶を持ってやってきた。
「ありがとう、茜ちゃん」
「サンキュ」
「変わった挨拶だね」
「ああ……。ほら、俺、記憶喪失だから、きっと、意識しないでそういう言葉が出るんだろうよ」
自然と出てしまった言葉に、拳者は落ち着いて説明する。
最近は生活にも慣れて、口から出ることはなくなったが、うっかりしているとすぐに出てしまう。
「そうなの? にしては、全然不安な感じはしないよ」
「慣れたんだな、きっと」
「そっか。それよりも、どうしたの?」
「ああ…。藍ちゃんがお見合いする場所に行けないかなって思って」
「うーん。無理だと思うよ。周りを囲まれているからね」
「だよな」
打つ手なしとはこのことだった。
拳者の頭の中には、周りにいる連中を不意打ちして気絶させ、騒ぎを極力無くそうという選択肢もあったが、もしものことが起こったときにこの場所を守る輩がいなくなるのは、今の状況においては望ましくない。
「大人しくしているというのも、なんだか落ち着かないな」
「はふぅん。そうですよね」
「…いきなり出てくるなよ、桃」
ちょこんと、聖者と拳者の間から果物を食べながら桃が出てきた。
ちなみに食べているのはバナナ。
「じっとしていると、逆に落ちつかなくなりますね」
「それは桃だけだと思うよ」
「はふぅん」
茜の一撃に、なんなく沈む桃。
「さてと、どうしようかな」
「はふぅん〜」
落ち込んでいる桃の頭を撫でながら、聖者は改めて外を見て、思考をめぐらせていた。
その頃。
「ようやく着いた」
「そうやね」
千田の駕篭の中から、青年と幼子が出てきた。
この青年こそが、今回、藍とお見合いすることになっている、千田家の長男の、善。
代々から受け継がれる剣術、千田一心流という凄腕の剣士である。
別名、雷鳴の善と噂され、街娘からは常に色のついた声が飛び交っている。
ただ、本人は争いごとが苦手なために、父親ほどの信頼を得ていなく、逆に逆らうことなく、今回のように強制的にお見合いをさせられることもしばしば。
そして、お目付け役として、妹のきよが同伴する。
「おとうは、大きなお屋敷の娘さんやって言うとうってたけど、ホンマに大きいんやね」
「そうだね…」
「兄上、そんな顔をしておったら、これからお見合いする娘さんに悪いで」
「ああ」
年と言葉使いが合っていないきよに、善行は完全にペースを握られていた。
とも言え、日常茶飯事なものだから、周りにいる誰一人としてそのことを気にしていない。
いや、気にしないのではなく、別のことを行っていて、見ていないだけだ。
「ご機嫌様です。私が、現在この屋敷を預かっている、美佳と申します」
家臣と歩美を引き連れて、美佳が2人の前に現れた。
「ご機嫌様です。千田家の長男、善行です。こっちは、妹のきよ」
「よろしゅうに」
「まあ、可愛いですね。さて、時間も押していますし、善行様はこちらへどうぞ。きよちゃんは、私に付いていってね」
「わかりました」
「わかったで」
善は歩美に。
きよは美佳にそれぞれ付いていった。
そして、美佳がきよを連れて行った先は、聖者たちがいるところだった。
「ここには、きよちゃんと年が離れていない子達がいるから、しばらく、ここで大人しくしていてね」
「うち、兄上と一緒にいたい」
「うふふ。気持ちはわかるけど、お兄様は大事な話をするから、駄目なのよ」
「ぷぅー」
頬を思いっきり膨らますきよを見ながら、美佳は桃たちがいる小屋の扉を開ける。
その先にいたのは、茜だった。