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喫茶「玉手箱」その壱
K'SARS /
2006-05-06 02:27:00
No.882
喫茶「玉手箱」〜エマさんとノエルさんの出会い〜
都内某所。
炎天下の中、汗だくだくの人が公園のベンチでだれていた。
「暑っついわ〜」
手をうちわにして顔を扇ぐも、そんなものは焼け石にも水にすらならない。
よく見るとこの人、見た目は男の人のようだ。
だた、言動を見る限り、アレの方面の人らしい。
「全く、仕事はぶち忙しいし、めちゃぶち暑いしで、もう〜」
誰に愚痴ることなく、この、俗に言うオカマさんは、エマさん。
本名と年齢は不詳。
ちなみに、詳しい素性を聞いたものは、ことごく星になったとかならないとか。
「こういうときは、喫茶店で休むに限るわね〜」
解放していた胸元をTシャツで終い、持っていたカバンで太陽をさえぎりながら、ふらふらと歩き出す。
だが、エマさんはこの辺の地理を全くといいほど知らなかった。
理由は簡単。つい先日に引っ越してきたばかりなのだ。
しかも地方からの転勤。
さらには、エマさんの思考として、都会は何でもあるところだと勘違いしているので、喫茶店もすぐに見つかるものと思い込んでいる。
そんなこともあってか、エマさんは、公園を出たことを少し後悔することになるのだった。
「……ぶち、ムカつくわ〜」
歩くこと一時間。
なかなかたどり着けない喫茶店に、エマさんはかなり不機嫌になっていた。
例え見つけたとしても、考えていることはみんな同じで、満席で入れなかった。
太陽はさらに高く、地面は暑く、さらには陽炎が見えてきた。
エマさんの体力も限界に達しようとしていた。
「早くしないと……」
軽く眩暈がしてきたエマさんの足取りはかなり危なくなっていた。
「喫茶店……。喫茶店」
涼めればどこでもいいと思うのだが、今のエマさんは、うわごとのように呟き、喫茶店を目指すことしか頭にない。
まるで、砂漠でオアシスを探し当てる行為のように思える。
だが、傍から見れば、思いっきり危ない人にしか見えない。
いや、普段の言動からして危ない人だが、こういうときは当社比2倍増しになってしまうので、さっさとたどり着かせよう。
かれこれ、累計2時間ぐらい歩いたところで、一軒の喫茶店が見えてきた。
そこは割りと新しい造りで、外壁はガラス張りになっており、見たところあまり客は入っていない。
エマさんは、ようやく見つけた喫茶店に、目を充血させながら近づいていく。
「喫茶『玉手箱』?」
外に出ている看板に書かれてある名前を軽く呟いて、エマさんは中に入った。
「いらっしゃいませ」
鈴の音と共に、明るい男の人の声が出迎えてくれた。
エマさんはおもむろにカウンター席へと座り、出された冷水を一気飲みする。
これでエマさんの体内に水分が補給され、脳内に酸素が行き渡った。
「生き返ったわ〜」
「外は暑いですからね。大変だったしょう?」
「全くだわ。ぷんすか×2」
ようやく本来のキャラを取り戻してきたところで、エマさんはメニューを見た。
「あら? オレンジジュースとコーヒーとパンケーキしか置いていないのね」
「はい。本当でしたら、コーヒー一本で勝負したかったのですが、それだと子供さんには受けないってことで、オレンジとパンケーキを追加したんです。あとこの店は、コーヒーさえ注文していただければ、持ち込みもOKなんです」
「へえ〜。その若さでね。じゃあ、その自信のあるコーヒーとパンケーキをいただこうかしら。オーナー」
「コーヒーは先になさいますか? 後になさいますか?」
「後でお願いね」
「かしこまりました」
店長はエマさんに一礼すると、パンケーキ専用のフライパンを出して温める。
その間に、種の入っているボールを取り出して、中身を一人前になるように、別の容器へと分ける。
種からはいい香りが漂っており、それだけでおいしそうである。
フライパンがほどよく温まってきたら、火を弱めてバターを投入し、お玉で容器に入っている種をすくい、溶けたバターの上にのせて焼いていく。
表面に小さな粒々が出てきたら、裏返し、きつね色になるまで焼いていき、最後にひっくり返して焼き色を見て、皿の上に乗せる。
それを繰り返すこと5回。
層になったパンケーキの上に、特製のメープルシロップとバターと生クリームをトッピングして、完成。
最後に、パンケーキの甘さに合わせたコーヒーを煎って、エマさんの前に置く。
「アメリカンです。ブラックのみでお楽しみください」
「あの私、ミルクがないとダメなんだけど〜」
「大丈夫ですよ。パンケーキの甘さだけで足りますから」
「はあ〜」
店長にそういわれて、エマさんはパンケーキを上段から崩し、適当な分量をフォークで刺して、口へと運ぶ。
そのとき、エマさんの中の時間が一瞬止まった。
しばらくしてから、軽く痙攣が始まり、たまらずコーヒーで流し込む。
「な、なんなんですか〜! この、反則的な甘さは」
「知り合いの奥さんが分けてくれたんですよ。コーヒーをブラックで飲んでくれるためのシロップってことで」
「……あなた、味見した?」
「はい。とても甘かったですけど、コーヒーと一緒にしちゃえば、なんともないですよ」
「そ、そう…」
エマさんは思った。
この人、味覚は大丈夫なのだろうか、と。
ただ、コーヒーは本当においしいので、きっと慣れてしまったんだ、と。
「そういえば、お客様は、この辺りでは見かけませんね」
「私、つい最近、引っ越してきたばかりなのよ。エマっていうんだけどね」
「私は、日高ノエルって言います。今後ともよろしくお願いします」
「ノエル? ハーフか何かかしら?」
「いえ。お客様が親しみを込めて呼ばれるので、お店ではこの名前なんです」
「ふ〜ん」
エマさんはそれ以上のツッコミをやめた。
人には、本名よりも愛称で呼ばれたほうがいいときがあることを、よく知っているから。
「それにしても…」
目の前にある、シロップ大量のパンケーキの山を見て、エマさんは悩んだ。
これを食べきるのに、一体、コーヒーは何倍必要なのかと。
「あっ、コーヒーはお代わり自由ですので」
「そう……」
ギブアップも選択肢の一つなのだが、一度手をつけてしまった手前、残すのももったいないし、空腹を紛らわすのには十分な量。
自分の中で、いくつのも葛藤と戦いながら、エマさんは決意した。
「ノエルさん。いつでもコーヒーのお代わりができるようにしてくださいね」
「はい。かしこまりました」
「オカマよ、ヽ(´ー`)ノマンセー!」
数分後。魂が抜けたエマさんがいた。
夕暮れ。
半年分ぐらいと思われるぐらいのコーヒーと、一生分にも匹敵する糖分を摂取したエマさんは、来たときよりもへとへとになって喫茶「玉手箱」を出た。
「すごいひどい目にあった気がするわ」
「お持ち帰りも出来たんですけどね」
「家に帰ったら余計食べれないわよ」
恐らく、あのパンケーキを食べた人全員がうなずいたであろう。
「でも、雰囲気がいいから、また来ようかしら」
「はい。お待ちしています。御用がございましたら、こちらに連絡してください」
ノエルさんはエマさんに名刺を渡した。
『喫茶「玉手箱」店長、日高ノエル 電話○××△−×▽−××▽□』
質素な内容だった。
「ありがとうね。私は今日、名刺を持ってきていないから、また今度ね」
「はい。ありがとうございました」
「バイバイ」
エマさんはノエルさんに向かって手を振り去っていった。
このとき2人は、この出会いが、二世代以上に渡って続くことを、思いもしなかった。
<続?>
Re: 喫茶「玉手箱」その壱
エマ /
2006-05-18 11:40:00
No.893
こんにちはー。時間がないので、大学からレスですよぉ〜w
いや、「玉手箱」の過去の話ですね。エマHGとノエルさん、全てはこの二人の友情から始まった…みたいなw
エマHGのオカマっぷりは今回も炸裂してますけど、なんなんでしょうね。このヒトのオカマは口調だけなんでしょうか。
少なくとも外見的にはまともであって欲しいですが…。
素性が隠されているってのがなんかカッコイイやねw 実は40代でオカマとかいったら怖いよ〜えぅw
あ、この日が暑い日でなかったら、ノエルさんとの出会いはなくて玉手箱は始まらなかったという事になりますね(←あくまでエマHGで玉手箱が回っていると思っている人)
オレンジジュースとコーヒーとパンケーキしかまだない、というのが、まだ玉手箱が開業して間もないみたいな印象を受けるのですが、しかしコーヒーのみで勝負というのは、よほど自信があるのでしょうけど、最近はスタバとかドトールとかでも、やっぱりコーヒーいっぱいだけ、というケースはあまりないでしょうから、実際はパンケーキとかやっぱりあった方が良いんでしょうね。
ミルクがないとダメ、なんていうエマHGがかわいいですが、「パンケーキの甘さで我慢しろゴラァ」というノエルさんのさりげない誘導にも少し感心したりして、いやでもなんかエマHG、登場時のインパクトから考えると桃ラナSPに耐えておかしくないと思っていたのですが、意外とそこらへんは常人なのねw
あれ、ちょいマテ。セリフからいくとノエルさんも桃ラナSP耐性があるということか……おそるべしえぅw
名前の方は、ノエルさんもエマさんも本名ではない、という事なんですね。きっと。いや、エマさん日本人かはわからんがw
とりあえずきちんと完食したエマさん、マンセー! オカマよ!w
ああ、そう。ちょっとツッコミたい事がある。コーヒーお代わり自由って、採算とれるんでしょーかw
もしかしたらコーヒーお代わり自由で数千円とか、あるいは資産家ノエルさんが道楽でやっているだけだから、とかw
あと、パンケーキお持ち帰りサービスは、暗殺目的に悪用するために持ち帰りする人が出そうという可能性を考えなかったのか、とかw
えぅw
しかしまぁ…最後の二世代以上に渡る、というのが気になりますな。エマHGと美咲ちゃんがこれからどう仲良くなっていくのかという点についても(笑) 楽しみに続きを待ってますよーw
喫茶「玉手箱」その弐
K'SARS /
2006-06-15 14:20:00
No.908
喫茶「玉手箱」〜エマさんの苦悩の一日(笑)〜
エマさんが喫茶「玉手箱」に来店してからというもの、ほぼ毎日のように通い出してから数日が経った。
その間に、エマさんとノエル店長は意気投合し、友人の間柄になっていた。
「ねえ、ノエルさん」
「はい?」
「今日さ、こんなものを見つけたんだけどね」
エマさんはカバンから、町で無料で配られている就職情報誌を取り出し、長期バイトの欄を開いた。
「ほら、これ」
「…ああ、これですか。ええ。確かにバイトの募集広告の依頼をしましたよ。実は、先ほど、面接を希望する電話があったんですよ」
「へえ」
コーヒーを一口飲んだ後、エマさんは店内を見渡す。
店内はがらがらで、しかも、常時この状態。
客が入ったとしても、多いときで10人入ればいいほう。
まあ、メニューがあまりないことと、あのパンケーキのことも考慮すると、しょうがないと思わずにいられないエマさん。
「あれ?」
その過程で、窓際の客席にあるものがあった。
およそ今の時代には相応しくない、というか、骨董品としてマニアが喜びそうなものがあった。
「うわ〜。懐かしいわ〜」
そこにあったのは、昔の喫茶店やゲーセンで流行った、スペースインベーダーというゲームだった。
テーブル型とアップライト型がそれぞれあり、テーブル型については、白黒版、セロハン型、カラー型の3種があった。
「ねえ、これどうしたの?」
「古い知り合いから買ったんですよ。私も好きだったから、つい衝動買いを」
「……ノエルさんって、実は、相当なお金持ち?」
「そんなことありませんよ」
ノエル店長はしらっとそういうが、エマさんはそうにも思えなかった。
いくら数十年前のゲームだからといって、媒体を4つほど衝動買いするなんてこと、普通の人には到底出来ない。
ましてや、現役で動くものだったらなおさらだ。
詳しく聞きたいと思ったエマさんだが、こういう場合、自分から話してくれることを待つしかないという結論に至り、アップライト版の前に立った。
「なんか、あの頃に戻ったみたい」
手元には、左移動、右移動、ショットボタンが並んでいた。
10円を入れボタンを押すと、当時の音楽でゲームが始まった。
「うふふ。これよこれ。この身体の置くから疼く衝動!」
エマさんは、当時の気分になってゲームを進めていく。
いつしか言語が男のものに変わっていた。
「コーヒーが欲しくなったら、いつでも言って下さいね」
「はいよ!」
ノエルさんは、熱中するエマさんを見て微笑みながら、そろそろやってくるであろうバイト希望の子のために、一番奥のテーブルを空けて、準備をするのだった。
「こ、こんにちは」
1人の女の子が入ってきた。
この辺りの高校の制服を着ていることから、女子高生だとわかる。
「いらっしゃいませ」
「あの、バイトの面接に来たんですけど」
「はいはい。伺っていますよ。こちらへどうぞ」
ノエルさんは、女の子を奥のテーブルへと案内し、コーヒーを用意する。
それから、事前に送られてきた履歴書を取り出して、ざっと目を通す。
「夢乃霧霞さんですね」
「はい。よろしくお願いします」
「そんなに硬くならなくてもいいですよ。気を休めて」
「は、はい」
返事とは裏腹に、霧霞はさらに固まってしまう。
ノエルさんは苦笑しながら霧霞の後ろに立って、そっと肩を揉んだ。
「わわわ」
「あまり気を張らないで。ここは霧霞さんの家だと思って」
「は、はい」
「ノエルさん。それ、一般的にセクハラに当たるんじゃないの?」
「あっ、ごめんなさい」
「い、いえ…」
ゲームを終えたエマさんが指摘すると、ノエルさんはすぐに手を離した。
場の雰囲気が一瞬硬くなったが、エマさんが太助舟として軽く咳払いをすると、ノエルさんは我に返ったように、気を取り直した。
「それじゃ、細かい面接はあとにして、先に料理の腕前を見せてもらいましょうか」
「あっ、はい」
霧霞はカバンからマイエプロンを取り出し、ノエルさんの後をついていった。
「どういう面接内容なの?」
「軽い面談と、得意料理を作ってもらうことですよ。私自身、あまり料理のバリエーションがないものですから」
「まあ、確かにね」
エマさん自信、常に思っていたことだから、特に反論はなかった。
あのパンケーキは、普通に作っていたらそれなりにおいしいのだが、なんせ、あの謎の液体を入れることが問題であり、ノエルさん自信もそれを入れることによっておいしいものだと味覚がやばいだけ。
あとで知ったのだが、裏取引であのパンケーキの持ち帰りを買い取る輩もいて、どっきり、もしくは、いたずら目的で使用されたこともあるという。
話しだと、某国のいたずら番組やバラエティー番組の罰ゲームに使われたことも、あるとかないとか。
ともかく、これでまともに食べれるものが作れれば、この喫茶店も繁盛すると思っていた。
「えっと、オムライスを作らせていただきます」
「わかりました。材料は、好きなものをどうぞ」
「はい」
胸元で軽く気合いを入れるポーズをして、霧霞は料理を開始した。
冷蔵庫の中から鶏肉と玉葱を取り出し、玉葱をみじん切り。鶏肉を一口ぐらいの大きさに切っていく。
「わお。すごいわね」
「そうですね」
「そ、そんなこと、ありませんよ」
霧霞は2人の感想に顔を赤めるが、実際、ノエルさんよりも、エマさんに至っては断然早い速度で包丁を動かしていた。
日頃からどのぐらい料理をしているのかがよくわかる。
フライパンをコンロに掛け、油を入れ、全体がほどよく温まったら、鶏肉を炒める。
程よく日が通ったら、玉葱を炒め、そのあとにご飯を加える。
「う〜ん(汗)」
「あらら、重くて上がらないみたいね」
「ですね」
霧霞はフライパンを返そうとしていたが、あまり力がないのかフライパンが重過ぎるのか、持ち上がらなかった。
仕方が無いので、フライパンを揺らし、おたまで全体をかき混ぜる方法を取ることにした。
ご飯がぱらぱらとなってきたら、ケチャップを入れ、全体が赤になるまで炒め、一旦皿に移す。
フライパンを洗ったのちにまた火にかけ、その間に、ボールに卵と生クリームを入れ、さらに、自ら持ってきたものを少々入れて、よくかき混ぜる。
バターをフライパンに入れて、全体になじむように回したら、溶き卵を投入し、素早くかき混ぜ端に寄せる。
左手で右手をぽんぽんと叩きながら卵を返していき、フライ返しで形を整えて、それをチキンライスの上に乗せる。
「うまく出来たかな…」
包丁で真ん中に切れ目を入れると、綺麗に両側へと剥けていき、中から半熟の卵の汁が流れてきた。
「うん。成功」
「これは、おいしいそうな匂いね」
「ええ。早速いただきましょう。エマさんも、試食してください」
「おまかせ」
ノエルさんとエマさんは、それぞれスプーンを持って、霧霞の作ったオムライスを一口食べる。
喫茶「玉手箱」その弐
K'SARS /
2006-06-15 14:21:00
No.909
「これは、おいしいですね」
「……何故かしらね。確かにおいしいんだけど、なにやら、言い様のない不安が」
「そうですか?」
「ええ……。うっ!」
自らの身体に起こった異変に、エマさんは近くにあったコーヒーを一気飲みした。
「こ、これは…。この、身体の中に駆け巡る甘さは…」
確認するために、霧霞が持ってきた謎の液体を手の甲に少しだけ出して、軽くなめる。
「!!」
「コーヒー、飲みます?」
「(こくこく)」
ノエルさんから差し出されたブラックコーヒーを、エマさんは先ほどと同じように一気に飲み干した。
それでもダメだったのか、冷水用のポットに入っていた水を、コップに注がないで直接飲み干した。
「ぜえ、ぜえ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「……これ、どこで手に入れたの?」
息も絶え絶えに、エマさんはすごい形相で、霧霞にこの謎の液体の出所を聞き出す。
まさかこんな少女が、これほどまでの殺人的な甘さを出しているものを作るわけがないと思ったからだ。
「は、はひ。えっと、知り合いの奥さんから、です」
「……確か、ノエルさんのパンケーキに使っているアレも、もらい物って言っていたわよね」
「はい」
エマさんはこのときほど、2人の知り合いの奥さんとやらが恨めしくてしょうがなかった。
ノエルさんと霧霞にやった謎の液体のせいで、これほどまでに害を被ってしまったのだから。
いや、霧霞のオムライスにおいては、まだ犠牲者がエマさんだけで助かった(?)と言えよう。
採用するにしないにしろ、ここで指摘をしておけば、これからは謎の液体を使わないで料理が出来る。
いや、しないといけないのだ。
さもないと、街中が断末魔の嵐で、とんでもないことになるであろうから。
「あ、あのさ、霧霞さん?」
「は、はい」
「これね。うまいことはうまいんだけど、アレをつか…」
からんからん。
「あっ、いらっしゃいませ」
まるでタイミングを見計らったのごとく、客が玉手箱にやってきた。
「うう、暑い……とりあえず、お水、頂戴ね」
「かしこまりました」
「って、真純?」
「あれ? エマさんじゃん」
入ってきたのは、一応身なりは女子大生風味の女性、藤原真純といい、エマさんとは旧知の仲である。
ちなみに、互いにプライベートのことはほとんど知らないし、それが暗黙の了解という形で今日に至る。
「どうしたの? 確か、エマさんはもう少し遠いところに住んでいたと思ったけど」
「今日はお休みなのよん。真純こそ、どうしたの?」
「私は、ちょっとした涼みによ」
「エマさんと同じですね。はい、お水です」
「ありがとう」
真純はノエルさんから水を受け取ると、腰に手を当てて、親父臭さ全開で飲み干した。
「ぷはー。生き返った〜」
「……まあ、真純だし」
「なんか言った?」
「何にも」
「それにしても、なんかいい匂いだね。おっ、オムライスだ」
「よかったら、いかがです? 今、試食会をしているんで」
「喜んで」
真純はノエルさんからスプーンを受け取って、一口分をすくい、口へと運んだ。
エマさんは止めようとしたが、時既に遅かった。
ノエルさんは万が一の為に、コーヒーを用意した。
だが、
「あら、おいしいじゃない」
「……マジ?」
「嘘吐いてどうするのよ? ……あっ、あの奥さんのアレが入っているんだ」
「おいしいですよね」
「うん。私も大好きよ、アレ」
「……なんか、私が異常者の様に思えてきたわ」
アレが食べれる3人と、アレが食べれないエマさん。
この場においては、明らかにエマさんが不利なのは明白だった。
フォローしてくれる人がいればまだよかったのだが、それすらも期待出来ない。
「さて、霧霞さん」
「は、はい」
「詳しい内容のことを決めますので、これから話し合いましょう」
「ああ。はい!」
うな垂れ、人としての境界線をぶつぶつと呟くエマさんを尻目に、ノエルさんは霧霞と一緒に、奥のテーブルへと戻った。
残された真純は、ぽんぽんとエマさんの肩を叩きながら、インベーダーゲームを楽しむのであった。
後日、霧霞は玉手箱のバイトとして採用され、あのオムライスを筆頭に、新たな謎の液体を使ったメニューに並ぶのであった。
<続>
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喫茶「玉手箱」〜エマさんとノエルさんの出会い〜
都内某所。
炎天下の中、汗だくだくの人が公園のベンチでだれていた。
「暑っついわ〜」
手をうちわにして顔を扇ぐも、そんなものは焼け石にも水にすらならない。
よく見るとこの人、見た目は男の人のようだ。
だた、言動を見る限り、アレの方面の人らしい。
「全く、仕事はぶち忙しいし、めちゃぶち暑いしで、もう〜」
誰に愚痴ることなく、この、俗に言うオカマさんは、エマさん。
本名と年齢は不詳。
ちなみに、詳しい素性を聞いたものは、ことごく星になったとかならないとか。
「こういうときは、喫茶店で休むに限るわね〜」
解放していた胸元をTシャツで終い、持っていたカバンで太陽をさえぎりながら、ふらふらと歩き出す。
だが、エマさんはこの辺の地理を全くといいほど知らなかった。
理由は簡単。つい先日に引っ越してきたばかりなのだ。
しかも地方からの転勤。
さらには、エマさんの思考として、都会は何でもあるところだと勘違いしているので、喫茶店もすぐに見つかるものと思い込んでいる。
そんなこともあってか、エマさんは、公園を出たことを少し後悔することになるのだった。
「……ぶち、ムカつくわ〜」
歩くこと一時間。
なかなかたどり着けない喫茶店に、エマさんはかなり不機嫌になっていた。
例え見つけたとしても、考えていることはみんな同じで、満席で入れなかった。
太陽はさらに高く、地面は暑く、さらには陽炎が見えてきた。
エマさんの体力も限界に達しようとしていた。
「早くしないと……」
軽く眩暈がしてきたエマさんの足取りはかなり危なくなっていた。
「喫茶店……。喫茶店」
涼めればどこでもいいと思うのだが、今のエマさんは、うわごとのように呟き、喫茶店を目指すことしか頭にない。
まるで、砂漠でオアシスを探し当てる行為のように思える。
だが、傍から見れば、思いっきり危ない人にしか見えない。
いや、普段の言動からして危ない人だが、こういうときは当社比2倍増しになってしまうので、さっさとたどり着かせよう。
かれこれ、累計2時間ぐらい歩いたところで、一軒の喫茶店が見えてきた。
そこは割りと新しい造りで、外壁はガラス張りになっており、見たところあまり客は入っていない。
エマさんは、ようやく見つけた喫茶店に、目を充血させながら近づいていく。
「喫茶『玉手箱』?」
外に出ている看板に書かれてある名前を軽く呟いて、エマさんは中に入った。
「いらっしゃいませ」
鈴の音と共に、明るい男の人の声が出迎えてくれた。
エマさんはおもむろにカウンター席へと座り、出された冷水を一気飲みする。
これでエマさんの体内に水分が補給され、脳内に酸素が行き渡った。
「生き返ったわ〜」
「外は暑いですからね。大変だったしょう?」
「全くだわ。ぷんすか×2」
ようやく本来のキャラを取り戻してきたところで、エマさんはメニューを見た。
「あら? オレンジジュースとコーヒーとパンケーキしか置いていないのね」
「はい。本当でしたら、コーヒー一本で勝負したかったのですが、それだと子供さんには受けないってことで、オレンジとパンケーキを追加したんです。あとこの店は、コーヒーさえ注文していただければ、持ち込みもOKなんです」
「へえ〜。その若さでね。じゃあ、その自信のあるコーヒーとパンケーキをいただこうかしら。オーナー」
「コーヒーは先になさいますか? 後になさいますか?」
「後でお願いね」
「かしこまりました」
店長はエマさんに一礼すると、パンケーキ専用のフライパンを出して温める。
その間に、種の入っているボールを取り出して、中身を一人前になるように、別の容器へと分ける。
種からはいい香りが漂っており、それだけでおいしそうである。
フライパンがほどよく温まってきたら、火を弱めてバターを投入し、お玉で容器に入っている種をすくい、溶けたバターの上にのせて焼いていく。
表面に小さな粒々が出てきたら、裏返し、きつね色になるまで焼いていき、最後にひっくり返して焼き色を見て、皿の上に乗せる。
それを繰り返すこと5回。
層になったパンケーキの上に、特製のメープルシロップとバターと生クリームをトッピングして、完成。
最後に、パンケーキの甘さに合わせたコーヒーを煎って、エマさんの前に置く。
「アメリカンです。ブラックのみでお楽しみください」
「あの私、ミルクがないとダメなんだけど〜」
「大丈夫ですよ。パンケーキの甘さだけで足りますから」
「はあ〜」
店長にそういわれて、エマさんはパンケーキを上段から崩し、適当な分量をフォークで刺して、口へと運ぶ。
そのとき、エマさんの中の時間が一瞬止まった。
しばらくしてから、軽く痙攣が始まり、たまらずコーヒーで流し込む。
「な、なんなんですか〜! この、反則的な甘さは」
「知り合いの奥さんが分けてくれたんですよ。コーヒーをブラックで飲んでくれるためのシロップってことで」
「……あなた、味見した?」
「はい。とても甘かったですけど、コーヒーと一緒にしちゃえば、なんともないですよ」
「そ、そう…」
エマさんは思った。
この人、味覚は大丈夫なのだろうか、と。
ただ、コーヒーは本当においしいので、きっと慣れてしまったんだ、と。
「そういえば、お客様は、この辺りでは見かけませんね」
「私、つい最近、引っ越してきたばかりなのよ。エマっていうんだけどね」
「私は、日高ノエルって言います。今後ともよろしくお願いします」
「ノエル? ハーフか何かかしら?」
「いえ。お客様が親しみを込めて呼ばれるので、お店ではこの名前なんです」
「ふ〜ん」
エマさんはそれ以上のツッコミをやめた。
人には、本名よりも愛称で呼ばれたほうがいいときがあることを、よく知っているから。
「それにしても…」
目の前にある、シロップ大量のパンケーキの山を見て、エマさんは悩んだ。
これを食べきるのに、一体、コーヒーは何倍必要なのかと。
「あっ、コーヒーはお代わり自由ですので」
「そう……」
ギブアップも選択肢の一つなのだが、一度手をつけてしまった手前、残すのももったいないし、空腹を紛らわすのには十分な量。
自分の中で、いくつのも葛藤と戦いながら、エマさんは決意した。
「ノエルさん。いつでもコーヒーのお代わりができるようにしてくださいね」
「はい。かしこまりました」
「オカマよ、ヽ(´ー`)ノマンセー!」
数分後。魂が抜けたエマさんがいた。
夕暮れ。
半年分ぐらいと思われるぐらいのコーヒーと、一生分にも匹敵する糖分を摂取したエマさんは、来たときよりもへとへとになって喫茶「玉手箱」を出た。
「すごいひどい目にあった気がするわ」
「お持ち帰りも出来たんですけどね」
「家に帰ったら余計食べれないわよ」
恐らく、あのパンケーキを食べた人全員がうなずいたであろう。
「でも、雰囲気がいいから、また来ようかしら」
「はい。お待ちしています。御用がございましたら、こちらに連絡してください」
ノエルさんはエマさんに名刺を渡した。
『喫茶「玉手箱」店長、日高ノエル 電話○××△−×▽−××▽□』
質素な内容だった。
「ありがとうね。私は今日、名刺を持ってきていないから、また今度ね」
「はい。ありがとうございました」
「バイバイ」
エマさんはノエルさんに向かって手を振り去っていった。
このとき2人は、この出会いが、二世代以上に渡って続くことを、思いもしなかった。
<続?>