崇徳高校
トントン / 2026-02-18 22:36:42 No.12323
1976初出場初優勝以来約半世紀ぶりの出場おめでとう御座います。
 早速ですが、同校の野球部、学校関係者、OB、ファン、広島県の方々には申し訳ありませんが、私は、せこすぎる広島商業の野球も、名門なのに特徴のない広陵の野球(野球スタイル以外では思い切り特徴がありました)も好きになれませんが、1976の崇徳の野球は特に大嫌いです。広商野球に対抗して力の野球を標榜して実際優勝しましたが、ノンプロ集団と言われた割には、高松商業や鉾田一高に負けそうになり、辛勝にもかかわらず、クボ?監督が相手を思い切り見下した発言。プロで活躍したのは山﨑くらい。大型チームにありがちなバランスの悪さや勝負弱さもキッチリ兼ね備えていて、夏は酒井の海星に完封負けしていました。私は子どもながら、崇徳を見て高校野球は力、パワーでは勝てない、と確信するに至り、その確信は1982の池田の登場によって覆らせるまで、私の中の定説になりました。池田の蔦監督がどの程度、1976の崇徳の野球を参考にしたかしないか、はわかりませんが、とにかく子どもの私には、甲子園で足をすくわれる典型的な学校として、記憶されました。力では、1979の牛島ー香川の浪商の方が1976の崇徳より上だった、と今でも思っています。
余談ですが、現場打線、というネーミング。自分からがつけたのではないにせよ、日本人、なかんずく広島県のチームなら泣いてでも抗議しなければなりませんでした。
そんなこんなで、還暦を迎えた私の中で、PL、明徳に並ぶ嫌いなチームですが、全く違うカラーのチームになってがんばってほしい気持ちもあります。
軟式野球では、名試合を連発していますから。

ミラクル3@管理者 / 2026-02-19 13:56:30 No.12328
 こんにちは、トントンさん。

 私は76年当時は関東の高校を応援していましたので、鉾田一戦、小山戦は、崇徳の負けを願っていました。

 それ以上に、崇徳の久保監督があまりにも威張っていましたので、それに嫌悪感を覚え、家族全員が崇徳を嫌っていました。

 確かに76年の崇徳は超A級のチームでした。ですが、朝日の記者座談会が指摘していたように、全員が右バッターでしたので、右腕の落差があるカーブに脆さを呈していました。結局は、海星の酒井投手の剛速球を打てなかったわけですが。

 79年の浪商ですけど、審判の間では、歴代最強チームと言われていたそうです。崇徳との比較は難しいですけど、79年で最も力があったチームは浪商で間違いないと思います。

 崇徳打線のネーミングは如何にもまずいですね。抗議が来たという話は耳にしたことがないですけど。

 今年の崇徳はこじまんりとしたチームですね。神宮大会の戦いぶりを見て、そう思いました。

 それでは、この辺で失礼します。76年の崇徳は伝説のチームではあると思っています。

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