観戦記
まにあ◆6656bd / 2026-03-20 20:55:39 No.12489
33年振りの崇徳高校の選抜を観戦しました。
4点先制して中国大会の徳丸投手の安定感から50年振りの勝利かと思ったとですが甘くはなかったです。

アルプススタンドでは73年の県大会決勝で広商に負けたんだなんて話しているオールドファンもいたりして
みんな甲子園を待っていたんですね。

残念な結果になりましたがとても楽しかったです。

今日の地元紙には東京から黒田、応武両氏の奥様が観戦されていたことが書かれていました。

できれば思い出を傷つける投稿は控えていただきたい。

こば◆195191 / 2026-03-20 21:04:20 No.12490
横から失礼します。
崇徳のユニフォームは縁取りの線が消えて昔に戻ってましたね。
コッチの方が強く見えます。
優勝メンバーOBの意向があったのかも。

徳丸投手は良い投手でしたが、光星学院の打線が完全に捉えてました。
夏は捲土重来を期待したいです。

まにあ◆6656bd / 2026-03-20 21:40:02 No.12491
こばさん

ありがとうございます。

先日ローカルの特集番組で山崎総監督がユニフォームが変わると語っていました。

細かいですが76年タイプはアイボリーではなくホワイト 肩の校章は無しで広島のみ 胸のSOTOKUの文字はもう少し太くしてほしかったです。

ミラクル3@管理者 / 2026-03-20 22:44:04 No.12492
 こんばんは、まにあさん。

 観戦、お疲れ様でした。楽しまれて良かったですね。

 私も崇徳が4点先制した時は、徳丸投手の存在からしまして崇徳が勝ったと思ったのですが…。

 アルプススタンドにはそうしたオールドファンもおられたのですね。その方に76年のあのノンプロ集団と言われたチームの思い出を聞いてみたいものです。

 黒田、応武両氏は亡くなっていますが、両氏の奥様が観戦されていたのですか。両氏が健在だったらと思わずにはいられないです。

 それでは、この辺で失礼します。76年のチームの凄さは、76年夏の朝日新聞の記者座談会を読むと実感します。

ミラクル3@管理者 / 2026-03-20 22:49:39 No.12493
 こんばんは、こばさん。横レス、失礼します。

 76年当時のユニフォームは、当時の試合の映像がYouTubeにアップされていましたので、それを見て思い出しました。

 私もОBの意向もあって、76年当時ふうのデザインに戻したと思います。

 徳丸投手は無念でした。夏までに一回り大きくなって、また甲子園に戻って欲しいですね。

 それでは、この辺で失礼します。YouTubeに「ノンプロ集団」という動画があります。

白道 / 2026-03-28 00:30:54 No.12554
「ノンプロ集団」

まだ十歳だった私には、この意味がよく判らないというか、とても謎だったように覚えています。
わざわざ高校生たちは社会人野球に例えるって変なの、と。
そして二度とこのような表現で呼ばれるチームは現れなかった。

”プロ注目選手の揃う”とか”ドラフト候補の集まった”のような、プロ予備軍的な言い回しをされるチームはKKのPLや、元木の上宮。平成だと松坂横浜。最近だと二度の連覇の大阪桐蔭が記憶に新しい。
あの年の崇徳はなぜ、そういったネーミングをされなかったのか、今でも不思議でなりません。
もしかするとセンバツ主催の毎日新聞が、社会人野球と昵懇の関係だからかな、などと今になってみると思ったりします。

「ノンプロ集団」は私的にセンバツ七不思議のひとつです。

ミラクル3@管理者 / 2026-03-28 19:38:47 No.12559
 こんばんは、白道さん。

 「ノンプロ集団」は、当時の私も意味がわかりませんでした。

 76年の崇徳は社会人のチームと試合をして勝ったことがあるそうです。同年の柳川商もとてつもなく強く、高校生のチームでは相手にならないので、社会人のチームと試合を組んでいたと聞いたことがあります。

 ドラフト候補の集まったチームとしては、白道さんが挙げられたチーム以外では、先に書いた76年の柳川商、87年の立浪選手らのPLもでした。

 76年の崇徳が「ノンプロ集団」と称された理由はナゾですねが、白道さんの推察が当たっているような気がします。

 それでは、この辺で失礼します。YouTubeで「ノンプロ集団」の崇徳がアップされています。

まにあ◆6656bd / 2026-03-28 21:04:41 No.12562
白道さん ミラクル3さん

ありがとうございます。

76年の崇徳高校をノンプロ集団と称した記事を見たのは2000年頃の広島の地元紙中国新聞の広島県の高校野球の歴史を振り返る特集でヤクルトの打撃投手を引退してまもなくの黒田さんへのインタビュー記事でした。

タイトルは確か ノンプロ集団を優勝に導く のようなものだったかと

それよりも当時は野武士集団との呼び名が印象に残っています。

眼光鋭い応武捕手や鉾田一高戦で逆転打を放った四番打者永田さんなどはそんなイメージがありました。

ノンプロ集団の由来はミラクル3さんのご推察の通りではないかと私も思います。

ミラクル3@管理者 / 2026-03-28 22:31:41 No.12563
 こんばんは、まにあさん。

 こちらこそ、書き込みいただきまして、ありがとうございます。

 中国新聞が崇徳高校を特集する記事を読んだことがあります。ノンプロ集団と称した記事ではなかったですが、黒田氏が、「当時としては史上最強チームだった」と言っていた記事でした。

 野武士集団とぼ呼び名があったことは朧気に覚えています。

 選抜で優勝した翌日の朝日新聞が応武捕手をべた褒めしていました。永田選手といえば、何と言いましても鉾田一戦での右中間を抜いた逆転スリーベースですね。当時はアンチ崇徳でしたので、崇徳の選手には怖いイメージがありました。

 ノンプロ集団の由来につきましては、あくまでも私の想像ですけど、如何にも強いイメージの呼称ですね。

 それでは、この辺で失礼します。76年の崇徳が中国地方史上で最強のチームであることは間違いないと思っています。

ミラクル3@管理者 / 2026-03-29 19:10:39 No.12568
 こんばんは、まにあさん。

 No.12562のコメントの方を勘違いしてしまい、大変失礼しました。

 一部書き換えさせていただきました。

 今後、そういうことがないように留意します。

最大1000文字まで(残り1000文字)。省略不可。日本語必須。HTMLタグ不可。誹謗中傷や個人情報、宣伝URLは即削除されます。
最大10文字まで。省略可能。
半角英数字(8文字まで)を入れることで、書き込みの削除ができるほか、名前の後ろに任意のコードが付きなりすましを防止できます。省略可能。