朗報
トントン / 2026-08-13 06:44:20 No.12996
 甲子園にはもはや関係ない(それ自体が情けない)ことですが、、、
 和歌山に帰って、下の弟に話をきくと、箕島はなんとかよその部から3人選手を借りることに成功し、秋の大会は9人の単独チームででられることになったそうです。どうでもいい(どうでもいい、ことが情けない)ですが、、、
 中の弟は私より2コ下で、私より箕島ファンですが、下の男は私より12下。箕島全盛期に生まれたくせに、箕島の強さを知らない智弁和歌山ファン。箕島は和歌山の弱小校の一つ、という認識しかありません。ただ、私(たち)が箕島ファンだということを知っていますから、箕島の情けない弱さを聞いてきてはメールで香川県にいる私に報告する、という、悪い趣味、習慣がついています。今年は不祥事(いじめ問題発覚で対外試合半年禁止、監督部長交代)にもかかわらず、秋、春、ともにベスト4に入り、「間違ったら甲子園か?ひょっとするとひょっとする」とか言われていたのに、一回戦で通信制の学校に9回2アウトまで勝っていたのに、そこから逆転サヨナラをくらったそうです。

 もっとも、私のオヤジや母親にいわせても「箕島なんてもともと弱小校の一つ」と言うのが、常でした。

 

ミラクル3◆58d95f / 2026-08-13 15:01:51 No.12999
 こんにちは、 トントン さん。

 箕島の現状を教えて下さり、ありがとうございます。

 箕島の全盛期を知っているだけに、近年の成績は残念に思います。公立校ですから有望な選手が集まらないのでしょうね。

 箕島の最後の全国レベルのチームは84年のチームでした。83年のチームも大型チームでしたが、両チームとも79年のチームに比較して、がむしゃらさがなかったように思います。

 ちなみに、私が初めて箕島のことを知ったのは77年の春です。下馬評は全くでしたが、しぶとい野球で優勝しました。

 それでは、この辺で失礼します。83年から箕島の応援スタイルが変わったのが残念でした。

トントン / 2026-08-13 23:51:38 No.13010
 92年(平成3年)センバツに9年ぶりで出た箕島は、82、83、84年の大型チームとは違って、久々に「箕島らしい」(最後の)チームでした。山路ー九鬼のバッテリー。ショート林孝也。朝日新聞によると、「投打の骨格がはっきりしたチーム」一回戦は、山路の好投、スクイズファール失敗直後のスリーランスクイズ。
箕島ファンの朝日新聞には「箕島の野球は派手さはないが見ていてわかりやすい。選手が生き生きとダイヤモンドを駆け巡って躍動感がある。箕島はやはり『箕島らしく』よみがえった」と書かれていました。
 
朝日が箕島ファンであることは、79年星稜戦翌日、一面に「し闘18回箕島勝つ」
スポーツ欄に「王者箕島誇りの2発」「12回嶋田が16回森川が」
社会面に「燃えた酔った3時間50分」とそれぞれ見出しが出たことから察知しました。

92年のチームは、79年春夏連覇のチームに酷似している、ともいわれました。ただ、経験が圧倒的に不足していました。 
  2回戦は、その年、夏に初優勝する、萩原擁する初出場「大阪桐蔭」!今思えば、昭和と令和の各王者がタイムマシンでそれぞれ平成に行って闘ったような、貴重な試合でした。
 試合は、「実力は大阪桐蔭」の下馬評を覆して、林孝の2打席ホームラン、山路の好投等で8回まで4ー2で箕島リード。
が、8回に山路が突然崩れて、結局4-6で箕島が敗れました。尾藤監督が指揮をとった甲子園最後の試合になりました。

その夏、箕島は、夏の闘い6度目にして、はじめて智弁和歌山に敗れました。

智弁和歌山は、甲子園に出るようになっても、落ち目の箕島に負け続けましたが、箕島が復活した最後の年に箕島をはじめて破って、2年後甲子園初勝利。さらにその翌年センバツで初の全国制覇を果たしました。劇的かつ確実な王者交代でしたが、願わくば、両チームが同時に全盛期を迎えて、激突してほしかった、という思いも、いまだにあります。
 
 

ミラクル3@管理者 / 2026-08-14 11:21:07 No.13011
 こんにちは、トントンさん。

 92年の山路投手の箕島を覚えています。82、83、84年の大型チームのような大型チームではなかったですけど、山路投手と林選手を中心によくまとまったチームでしたね。

 92年のチームは、箕島らしさの観点からしますと、私は77年のチームに近かったと思いました。77年のチームの方が打力は上でしたけど。

 79年の箕島ー星稜の翌日の朝日の記事はよく覚えています。朝日が箕島びいきなのは、79年選抜の浪商戦の予想記事で箕島が断然有利と書いていたことからも明らかでした。また、78年のPL戦も箕島が勝つとの予想でした。大方はPL優位でしたが。

 92年選抜の大阪桐蔭戦は林選手の2ホーマーで有利に試合を進めていたのですが、8回裏に山路投手が打ち込まれました。今からしますと黄金カードだったのですね。

 その夏の智弁和歌山戦は予選の初戦だったと思います。智弁和歌山の高嶋監督が箕島のデータにない1年生を使うなどして勝ったと聞きました。

 智弁和歌山は箕島という存在があっての躍進でしたね。両校が全盛時に対戦するのを私も見かったです。

 それでは、この辺で失礼します。79年の箕島の負けない野球は伝説ですね。

青森の高校野球ファン◆86e9c9 / 2026-08-14 21:00:21 No.13012
 こんばんは。

 箕島と智弁和歌山それぞれの最強チームはいつだと思われますか?

 私は箕島が1979年、智弁和歌山が2000年だと思います。対照的なチームカラーですが、対戦したらどちらが勝つと予想しますか?私は箕島が5−4くらいで勝利すると予想します。

ミラクル3@管理者 / 2026-08-14 21:24:33 No.13013
 こんばんは、青森の高校野球ファンさん。

 私も箕島は1979年のチームが最強だと思います。82年、83年、84年のチームの方が個々の力はあったかもしれませんが、勝負強さ、がめつさ、粘りなどが違いましたから。

 智弁和歌山は、1997年か2000年のチームかで迷うところです。打力が上回る2000年のチームの方が上でしょうか?

 79年の箕島と00年の智弁和歌山が対戦したら、箕島が粘って接戦をものにするとの予想です。いずれにしましても、ある程度の点の取り合いになるでしょうね。

 それでは、この辺で失礼します。箕島の復活を密かに念じています。

トントン / 2026-08-14 21:25:23 No.13014
 こんばんは。青森の高校野球ファンさん。
 和歌山のことなのに、よく見てくださっていますね。和歌山出身者として感謝し、同時にその本質を見抜く眼力に感服いたしました。
 私も、実績、実力とも、箕島は79年、智弁和歌山は2000年がピークだと思います。
箕島ファンの対戦したら、対戦したら箕島、と言いたいですが、時代が後で、池田以来の強打を磨いた智弁和歌山が勝つ、と思われます。4-6くらい?
ただ、私は、日本人が共通して心に描いている高校野球、高校野球はこうあるべきだという、その理想を体現したチームが「箕島」と思っています。

青森の高校野球ファン◆86e9c9 / 2026-08-14 22:09:29 No.13016
 トントン様こんばんは。

 トントン様は智弁和歌山が勝つとの予想でしたか。石井投手はヒットを打たれても要所を締める投球が持ち味ですが、智弁和歌山のバッターならスタンドへ放り込んでしまうかもしれませんね。特に堤野、武内、池辺、後藤、山野の2〜6番の長打力は目を見張るものがありました。あの年の智弁和歌山に匹敵する長打力を持ったチームは82年、83年の池田、83年、84年、85年のPL学園くらいしかないのではないでしょうか。

 また、私の和歌山県高校野球歴代ベストナインを考えてみました。

 投手:石井(箕島) 捕手:嶋田(箕島) 一塁手:北野(箕島) 二塁手:上野山(箕島) 三塁手:佐々木(智弁和歌山) 遊撃手:堤野(智弁和歌山) 左翼手:池辺(智弁和歌山) 中堅手:喜多(智弁和歌山) 右翼手:山野(智弁和歌山)

 池辺はレフトにコンバートする形となりましたが、これでどうでしょう。捕手は中谷(智弁和歌山)と、一塁手は武内(智弁和歌山)と迷いました。私が歴代の和歌山県の選手で最も印象に残っている選手は嶋田です。特に1978年の能代戦、いきなり三塁打を打ってスクイズで生還。その一点で能代が負けたことが強く印象に残っています。嶋田が甲子園で躍動してからもうすぐ50年になりますが、未だに高校野球史上最高のキャッチャーだと思っています。森(大阪桐蔭)や中村(広陵)も捨て難いですが、完成度という点で彼に勝るキャッチャーはいないでしょう。今の智弁和歌山全盛もいいですが、私は箕島の復活を強く望んでいます。そしてまたあの素晴らしい校歌を甲子園で聴きたいです。

トントン / 2026-08-15 07:32:11 No.13020
青森の高校野球ファンさま。ありがとうございます。
箕島、中でも79年の箕島は、日本人が心に描く高校野球、を象徴するチームだと思っております。チーム全体が一つの生命体のように機能し、試合の流れをつかみとる試合運び。相手が強いほど強い勝負強さ。どんな劣勢にたたされても最後は勝利をものにする粘り。中でも、嶋田宗彦捕手は、ザ箕島とでもいうべき、箕島を象徴するような選手で、高校野球の理想の捕手でした。一選手一捕手としては、プロで彼より力のある捕手はいくらでもいるでしょうが、高校野球の舞台では、という意味で、彼は史上最高の捕手でした。
 徳島蔦池田は、勝負強い箕島に勝つために、金属バットに着目し、打撃力を特化して力で天下を獲りました。智弁和歌山は、その池田の打撃力をさらに進化させたようなチーム。派手なホームランラッシュは確かに面白く、和歌山出身者としても頼もしく応援しましたが、私はやはりどこか大味な感が拭えません。箕島の木目の細かい、一つの有機体のような一体感のある野球こそ、ザ高校野球、と思っています。ちなみに、和歌山の者は、某高知の某明徳と違って、智弁和歌山を普通に好きですが、それでも、和歌山のほとんどの高校野球ファンは今でも「やっぱり箕島」と言います。
79年箕島が春夏連覇をした翌日、箕島ファンの朝日新聞には
「箕島はやはりしたたかだった。どんなチームにでも少しずつ強かった。あるチームには圧倒的に強くても、あるチームに弱いのは本当の強さてはない。全てのチームに少しずつ強い、というのは実は大変な強さなのだ。」とありました。

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