横浜、渡辺監督
神奈川の1ファン◆d1ddbd / 2026-08-19 10:32:50 No.13053
ミラクル3さん

ご無沙汰しております。大会も例によってあっという間に過ぎてしまい3試合を残すのみとなりました。途中、電波の入らない場所にいたため、横浜の試合をフルにリアルタイムで見れたのは1、2回戦のみです。準々決勝は何とか9回の攻防を温泉の休憩室で観戦できました。

渡辺元監督の訃報を知ったのは、その放送時です。ご存じのように神奈川は強豪がひしめいていますが栄枯盛衰がありました。相模は32年間、夏の甲子園を遠ざかりました。Y校は昔のような強いY校ではなくなりました。横浜が半世紀を超えて強豪であり続けた裏には、渡辺さんの時代に応じた指導があったからと言えます。多方面からの追悼コメントを見ると、神奈川のみならず全国の高校野球、さらには野球界への影響も大きかったと思います。

甲子園では、名将との対決が思い出されます。79年夏の箕島戦、98年春のPL戦、98年夏の明徳戦、2001年夏の日大三戦は、いずれも熱戦でした。天理の清水監督に強い印象はないのですが、80年夏の雨中の準決勝も思い出されます。ただ、智弁和歌山、大阪桐蔭には分が悪かったですね。

明日の準決勝の第一試合は、昨年春の再戦となりました。智弁和歌山もリベンジに燃えていることでしょう。仙台育英戦を見る限り、横浜にとって今大会最大の壁とも思えます。過去の名勝負に匹敵する試合を期待したいと思います。

こば◆195191 / 2026-08-19 16:21:15 No.13055
神奈川の1ファンさん
横レス失礼します。
言われて見れば神奈川の高校野球はいろんな時代がありました。
横浜も、今のような常勝軍団ではなく、どちらかというと脆い大型チームを作ってくる印象で、むしろ勝てる戦力を有するのは古屋監督のY校や、土屋監督の桐蔭、大石監督の法政二だった記憶もあります。
一定の間隔で、桐光、商大高、日藤が県を制することもあり
藤嶺藤沢、平塚学園も力のあるチームを作ってでてきました。
(毎年出そうで出れない鎌学・武相・向上・創学館(横浜商工)・相洋…)

相模と横高の2大巨頭体制はここ15~20年位でしょうか。
この2強のどちらかが出ても甲子園で優勝候補に挙げられるようになりましたが
これは渡辺監督あっての、お互いの切磋琢磨によるものと確信しております。
渡辺監督VS相模、といった感覚でした。

後世に座を譲ってからは、いろいろありましたが
今年の完成度の高いチームを見て安心したかのように
逝ってしまったような気もします。

ミラクル3@管理者 / 2026-08-19 19:52:20 No.13057
 こんばんは、 神奈川の1ファンさん、ご無沙汰しております。

 もう明日が準決勝とは本当に早いですね。毎年のことですけど。

 電波の入らない場所とは奥地に行かれておられたのですね。私は横浜の試合は特に熱を入れて観ていました。明日もです。

 渡辺元監督の訃報に愕然としました。本当に残念でなりません。

 横浜は私が小学生の頃から強豪であり続けています。なるほど。渡辺元監督の時代に応じた指導の賜物ですか。

 追悼コメントで一番琴線に触れたのは愛甲元選手のコメントです。師弟そのものだったことは有名ですし。

 神奈川の1ファンさんが挙げられた試合は、どの試合もライブ視聴し、熱狂しました。80年の天理との雨の試合も印象深いです。7回裏は敢えて足がチームで一番遅い吉岡選手に盗塁のサインを出したそうです。

 明日の智弁和歌山戦が優勝への最大の山ですね。智弁和歌山ナインは口々に一昨年の選抜の借りを返すと言っているようです。

 それでは、この辺で失礼します。私も名勝負になることを期待しています。

ミラクル3@管理者 / 2026-08-19 19:59:01 No.13058
 こんばんは、こばさん。横レス、失礼します。

 横浜は愛甲投手で優勝してから甲子園であまり勝てなくなりました。大型チームだった93年、94年のチームもでした。

 松坂投手のチームでその長いトンネルから抜けて、2006年の春も優勝しました、

 横浜と東海大相模の2強時代はここ15~20年位だと思いますが、横浜1強時代になるかもしれないですね。

 渡辺監督は今大会のチームの行く末をさぞや見たかったでしょうね。それを思うと残念でなりません。

 失礼しました。

神奈川の1ファン◆d1ddbd / 2026-08-19 22:51:15 No.13059
こばさん、コメントありがとうございます。

神奈川の強豪校ならびに名将まで挙げていただき、恐縮です。古谷監督のY校は私学と唯一渡り合える公立校として人気がありました。特に83年のチームはタレントが揃っていました。法政二は私が高校野球を見始めた頃には、既に全盛期を過ぎていました。ただ、83年の夏、Y校をあと一歩まで追い詰めた準決勝は今でも憶えています。

明日の準決勝、渡辺元監督に見ていただきたかったです。

白道 / 2026-08-20 23:32:31 No.13075
巨星墜つ、ですね。
2026の横浜高校も一緒に引き連れて逝かれました。
謹んで渡辺さんのご冥福をお祈りいたします。

名勝負とは程遠い大味な試合展開。横浜の負け方は大型チームの(以下略 って感じでしょうか?

甲子園で熱戦が繰り広げられる中、先週あたりからですか、故蔦さんの記事をよく眼にします。正直、名将かそうでないか、みたいな切り口でいまさら語ってもらいたくはない、そっとしておいて欲しい、というか、極力読まないようにしています。
半面、高校野球は大好きだけれど蔦さんを知らない、という方もたくさんいる。蔦さんは後世に語り継がれるべき野球界の功労者ですから、ライト層向けに、入り口となるテキストは必要。清濁併せ呑みながら読んでいただき、もし蔦さんに惹かれたならば、昭和の晩年にお茶の間を席捲した池田の野球を、そっとなぞってもらいたいものです。

そしておそらく渡辺さんについても、ここからいろんな記事がわんさかと出てくる。こちらはしっかり査読するつもりでいます。
渡辺さんを語る時、決して抜きにしてならないのは教師になるという道を選んだこと。この選択はそれまでの高校野球の監督とは、結果として一線を画するものでした。
蔦さんや高嶋さんなど、教師もされている監督さんというのは昔からおられました。しかし甲子園を制した監督が、教職にチャレンジし直して一介の教師としてリスタートを切る、というケースは稀。しかもワルどもを束ねる兄貴分の監督が教師になる、これは強烈なギミックチェンジを意味した。
まるでWWFに移籍したニック・ボックウィンクルや、バラエティ番組に出演するようになったデストロイヤーを彷彿とさせるというと外道でしょうか。二人のレスラーが晩年そうしたのに対して、渡辺さんが教師になったのは三十代前半、まさにこれから油が乗ろうとするその時の決断でした。

教師になってからの渡辺監督は、小倉さんの置き土産である愛甲で優勝するものの、その後は案の定、牙が抜けたように勝負弱くなり、甲子園やそこでの勝利から遠ざかるようになっていった。公立のY校や進路実績抜群の桐蔭の後塵を拝し、松坂見参までの長きにわたり低迷しました。その間、実を申し上げれば私はかなりヨタ校に肩入れしたものです。今から振り返っても応援しがいのないチームでしたが・・・・。

白道 / 2026-08-20 23:39:39 No.13076
しかしだからこそあえて申し上げますが、あの時期をどう料理するかで、書き手の腕が試されると思っています。逆に言えば、あそこをスルーするようなら、春夏連覇を飾った後の名将の軌跡にタダ乗りするだけ。
渡辺さんは甲子園に出れない、勝てない時も、高校野球界に対して、自らの生き方を通じて問いかけ続けていました。
 何を?
 「高校野球の監督がどうやって食っていくのか?」
 を。
なぜなら、後援会やタニマチに食わせてもらったり、用務員を宛がわれたり、教団職員や実家が裕福なボンボンたちとは線を引く生き方であったから。

昭和五十年頃までの高校野球の監督は魅力的な方が多かった。海千山千の猛者ばかり。
 「野球さえできればなんでもええんや!」
高校野球にはそんな輩を引き寄せる磁力があった。
 「いっそのこと開会式は、あのオッさンたちにプラカード持たせて入場行進させろや!」
そんな笑い話で盛り上がったこともありました。甲子園は野球バ鹿の見本市だったのです。

そんななか、渡辺さんは
 「高校野球の監督とは、野球ジャンキーで終わってはならない。」
保土谷やハマスタで負け続けた日々も、ささやかではあるが、静かにそう世間に対して訴えかけているように感じたものです。
本当は誰よりも、渡辺さんは野球バ鹿だったのですが。

長くなるのでここまでにします。

でっ、一つだけお願いがあります。
神奈川の1ファン様にお伺いしたい。
もうかれこれ三十年以上前、横浜の野球オタの方にこう言われたことがあります。
 「野球しかできないどうしようもない監督が、野球しかできないク〇ガキどもと夢を追った。ヨタ校はそんな物語で埋まっている。その代表作は愛甲だけど、あれはレコードで言えばA面で、実はもっと凄いB面があるんだぞ!」
そう嘯かれたっきり一期一会で終わった。
あれから私なりに調べて、どうやらB面とは相川英明のことのようなのです。

もし渡辺さんと相川の物語をご存じであれば、少しでも構いません、ぜひに教えてやってくださいませ。
夜中に突然の申し出、恐縮です。

ミラクル3◆58d95f / 2026-08-21 16:37:07 No.13082
 こんにちは、白道さん。

 まさに巨星墜つですね。愛甲元選手がSNSに書いていましたが、1つの時代が終わってしまいました。

 「2026の横浜高校も一緒に引き連れて逝かれました」ですか。そんな感じですね。

 改めましてご冥福をお祈りいたします。

 横浜がああいう形で負けるとは予想外もいいところでした。織田投手が早々とKOされたことでチームにガタが来ましたね。

 故蔦監督の記事がよく掲載されているのですか。知らなかったです。

 昭和の晩年にお茶の間を席捲した池田の野球…あれほど全国のファンの支持を受けた高校は他に例を見ないです。83年の春夏は、江上選手と水野選手が打席に入る度に拍手が起こりました。

 渡辺元監督が監督になった頃は、いわゆる職業監督が多く見受けられたと聞きました。尾藤監督などがその例でしたが。

 渡辺監督が教師の資格を取るのに相当苦労したそうですね。教師の立場でないと、当時の荒くれ球児を抑えられないとの思いもあったのかもしれません。当時の横浜はとんでもない不良校だったですから。

 ニック・ボックウィンクルとデストロイヤーに関しましては、私もわかります。いつもながら説得力のある比較ですね。

 愛甲投手で優勝してから、横浜は神奈川で勝てない時代、甲子園に出場しても勝てない時代が長く続きました。松坂投手で春夏連覇するまで、よく耐え忍んだものだと感服したものです。

 横浜の男子高時代の応援スタイルが好きでして、私は常に応援していました。共学になったのが聊か残念です。

 それでは、この辺で失礼します。新チームの横浜にも期待しています。

神奈川の1ファン◆d1ddbd / 2026-08-22 05:55:38 No.13089
白道さん、コメントありがとうございます。

私の知らないディープなお話ありがとうございます。相川投手の話は、存じ上げませんでした。愛甲投手と通ずることがあったのですか?センバツで好投した記憶は残っています。私の中では、松阪投手が現れるまでの、なかなか甲子園で上位に行けない時期の、代表選手の一人です。すみません、ご期待に沿えず。

準決勝、確かに大味な試合になってしました。織田投手を始めとする3年生、新チームの将来に期待します。

白道 / 2026-08-22 23:45:55 No.13104
神奈川の1ファン様

丁寧な返信感謝です。
無理なお願いをしてスイマセン。

相川に関しては、案外というか、ホント誰も知らないのですよね。
私が知っている情報でもっとも詳しいのは、元TVKの森田アナが横浜入団後、相川一軍登板中継中に喋っていた内容で、
・相川はヨタ校時代何度も退部、失踪した
・渡辺監督がその度に捜索、野球部に連れ戻しエースとして起用した
・おかげでその代のチームワークはズタボロ
・渡辺さんは相川の才能を桑田、清原に引けを取らないと最後まで信じ続けた
こんな感じ。
それに昨日上げた横浜オタの情報を付記しますと、
・相川は本物の半端ない不良
・愛甲など可愛いもの
・族のヘッドを張っていた
・渡辺監督が体っを張って不良グループから連れ戻した
なんかそんな感じです。

最後の夏を前に相川は更生し、ヨタ校のエースで四番となりチームを引っ張り決勝まで進んだのですが、準決勝の桐蔭戦で力尽き、決勝の籐嶺藤沢戦のマウンドに上がることは叶わなかった。

渡辺さんに関する本はそんなに読んでいませんので、もしかすると古いのを探せば、相川とのエピソードが出てくるかもしれませんね。

繰り返しになりますが無理な質問に付き合っていただき感謝申し上げます。
ありがとうございます!

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