タイブレーク、7回制
トントン◆77718a / 2024-08-27 22:00:42 No.10475
 多くの人が反対なので、自分も当初反対だったのですが、思い切って賛成の立場にじぶんがたった、として。

 野球の多様性、新たな厳しい状況での戦いが出てきていい、のでは?
少なくとも、金属バット導入よりはずっとデメリットが少ない、と思います。

 札幌、東京、名古屋、大阪、福岡、全国のドームを持ち回りにしても、新たな魅力が出ていいのでは?

 新たな発想をして、初めて、メジャーで40-40を達成し、50-50いくような選手が出現するのかも。

 でも、金属バット導入は最悪の手段でした。ことしみてたらよくわかります。
それにくらべれば、どれもナンボかマシ。

ミラクル3◆58d95f / 2024-08-27 22:44:20 No.10476
 こんばんは、トントンさん。

 すいません、私は7回制には、どうしても賛成の立場には立てないです。それはタイブレークに関してもです。

 金属バットの導入はマイナスだったようにも思います。少なくともプロ志望の選手にはマイナスですね。

 失礼しました。

トントン◆77718a / 2024-08-28 06:52:50 No.10477
すみません。
私も本当はタイブレーク、7回は反対です。
ただ、それらよりもさらに、金属バット導入の方がダメだった、と思います。

ミラクル3◆58d95f / 2024-08-28 21:31:25 No.10479
 こんばんは、トントンさん。

 私の周りでも7回制に賛成している人は皆無です。

 金属バットの導入で高校野球が大味になったことは確かですね。

 失礼しました。

パンダ山岡 / 2024-08-28 23:13:14 No.10481
横スレでスミマセン

木のバットは折 れるので金 属バットは経費のため

そして球場の持ち回りは球場の使用料の問題がありますね
甲子園球場は使 用 料 無 料だそうです
それと阪神電車との兼ね合いもあるので甲子園球場以外は
絶対に無 理でしょうね

パンダ山岡 / 2024-08-28 23:29:55 No.10482
阪神電車との兼ね合いというのは高校野球期間中の
電車の運賃収入を意味してます。

トントン◆77718a / 2024-08-29 14:06:33 No.10483
 パンダ山岡さん、ありがとうございます。甲子園意外ありえないことは、精神論だけでなく、経費面の理由もあること、承知しています。甲子園はタダですから。また、金属バット導入も経費面の理由であることも理解しています。
 しかし、結果的にいって、金属バットの導入は、健康面の理由から、最近取り入れられたタイブレークや、今議論されている7回制より、高校野球を野球から乖離したものにしてしまった、という点で、罪は大きい。経費面の理由で金属バットを導入はやむを得なかったのなら、高野連は、いち早く「限りなく木製に近い」バットの開発をメーカーに要求し、導入しなければならなかった、と思います。
池田、という、金属バットの申し子1号が現れる前に。少なくとも、現れた直後。

パンダ山岡 / 2024-08-29 19:29:11 No.10484
トントンさん、返事ありがとうございます

確かに低反発の金属バットは昭和49年の金属バット導入の際にするべき
だったと思います

ただ昔は社会人、キューバを含む世界のアマが金属バットを
使用してましたし、五輪、世界大会を含む全ての大会で普通の金属バットでしたよね
世界大会、五輪でも そうでしたので
低反発金属バットというのは当時は考えもつかなったのではないでしょうか

トントン◆6a1c69 / 2024-08-29 20:04:16 No.10485
 パンダさん、ありがとうございます。
 確かに、日米韓のプロを省く、日本でいえば、社会人、大学(当時独立リーグはまだありませんでした。)、オリンピックや世界大会(どちらも純アマチュア)は金属バットを導入しました。
しかし、そのどれもが、あまりの投打のアンバランスを産み、禁止になった、と記憶しています。実際、今、NHKの高校野球解説者杉浦さんが、エースで日本が銀メダル(金はキューバ)をとったバルセロナ五輪では、およそ野球の試合とは信じがたいラグビースコアで、序盤から点の取り合いでした。今、ユーチューバーになっている元プロ野球選手の複数の人たちも「もし、NPBに金属バットが導入されたら、およそ野球にならない」とこの点では異口同音に言っています。また、おそらくMLBで、金属バットが採用されれば、競技にならない、を通り越して危険極まりないものになる、と思われます。
 野球は、硬球を木のバットで打つことを前提にした競技です。金属バットを使うことは想定されていません。
 それに気づいた世界や日本の社会人、大学は早々に金属バットを禁止しました。
 高校野球の金属バット導入は、経費削減のため、やむを得なかった、としても、「木製バットと同じ機能」の金属バットの開発、導入はあまりにも遅きに失した、と私は思います。
 批判を覚悟でもっといえば、(ご自分が勝負弱いと自覚した)野球で、勝負強さを身につけて勝負せず、「金属」という、道具の特性に目をつけて、力づくで天下をとった、蔦監督は、着目点は素晴らしかった、といえなくもないですが、「野球」という、勝負では、私はある意味評価できません。素手の勝負に「違反でないから」とルールの穴を見つけ、鉄の棒を使って勝ったようなものだ、と言ったら言い過ぎでしょうか?
 おっしゃる通り、池田登場当時は、低反発バットなど思いもつかなかったかもしれません。しかし、その気になればもっと早く、金属バットの欠点に気づいて、低反発バットの開発を急がせることはできたはずです。木製バットの経費節減が目的なら。

白道 / 2024-08-31 00:51:20 No.10488
 トントン様

 蔦さんは立派な監督です。
 素手の相手に対して鉄の棒で行けとけしかけるような方ではありません。
 そもそも相手も金属バットを持って打席に立っており、「ゼットパワー」もルールの穴ではなく、北海道から沖縄まで普通に流通していて、決して徳島限定の商材でもありません。敢えて言えば使わなかった側に問題があるのです。
 確かにゼット社のバット開発モニターみたいなことはしていたかもしれませんが、強豪校はどこもそれをやっています。

 私自身、ここで蔦さん下げをしたこと、そして茶化した点は大いに反省するところですが、将棋指しとして名将に及ばなかった点についてはいろんな背景があってのことです。
 蔦さんは名監督と言われた方の中でも、最も野球が上手かったと思います。元プロですからね。一年でしたが一軍でも投げています。だから普通の野球人が見なくていい部分まで目にしてしまっている。

 高校野球だけなら阪口さんや迫田穆さんの方が経験豊富かもしれません。でも野球は蔦さんの方が識っていたと思う。奥行きが違うのです。野球の怖さ、勝負の恐ろしさを知り過ぎてしまったが故に臆病になったのだと。

 選手を見る目も一番蔦さんがあったのではないか。技量が高ければ、おのずと見える景色も変わってくるから。この選手はどこまで伸びる、あの子はそのへんで止まる。選手の見極めも利いたと思います。
 だから野球の試合は上手い選手だけでやりゃええんじゃ、逆に下手な子は三年間球拾いや、そんな感じでした。それでえらい問題になったこともあったそうです。息子さんはあまりに可哀そうで見てられないと回りが辞めさせました。
 でもそれは、野球が上手くたって世に出たらまったく関係ない。高校野球の勝者が人生の勝者ではないという確たる信念に基づくものでした。
 だいたい元プロの俺を見ろと。万年ヒラ教師で上司からは嫌われ、同僚からは疎まれるだけの変人やないかと。

 金も名誉もいらん、野球と酒さえあればいい、この言葉を地で行くアウトローな生き方には男として痺れます。
 甲子園出場まで二十年。センバツ準優勝は51歳の年回り。そこからの十二年が全盛で、干支で言う一回りと案外短い。
 夏目漱石は前期三部作から五年で亡くなっているのですが、それでも文豪と言われるように、蔦さんは球史に残る名監督だと私は思っています。そこは譲れません。

トントン◆ff4c64 / 2024-08-31 07:44:59 No.10489
 白道さん、こんにちは。
 おっしゃる通り、蔦さんは名監督です。池田一筋。情熱と信念。そして、長い時間をかけて甲子園出場から全国制覇までの宿願を果たしました。自身がプロのピッチャーで、監督たちの中では一番野球がうまく、選手の見極めも抜群だったでしょう。たとえ、飲み過ぎて道路で寝るくせがあっても、高校野球史上に残る名監督であることにもとより私も異論はありません。白道さんがおっしゃる異論も当然出てくるだろう、とは思っておりました。
 しかしながら、試合運び、野球の緻密さ、勝負強さは、ご自身でおっしゃっておられるように、自信がなかったようです。
 甲子園に出場されるようになっても、74春さわやかイレブン、79夏と決勝では勝てませんでした。その頃の、勝負弱さをご自身で嘆いておられます。
 そこで諦めるのではなく、Zの金属バットに目をつけ、身体、特に上半身を筋トレで鍛え上げ、82年夏、圧倒的な力で天下を獲られました。苦節30何年、初志貫徹。素晴らしいです。間違いありません。
 相手も金属バットを持っているから、白道さんがおっしゃる通り、平等でそこにルール違反ではない。その上で、金属バットの特性に目をつけ、それを活かすことをトコトン追求され、相手、いや、日本中、誰もやっていなかったことをやった。素晴らしいです。
 問題は、結果的にその金属バットに特化した野球が、上のカテゴリーで、要するに木製バットを使った本来の野球に通じにくかったこと。
 野球は、特に高校野球は、野球のカテゴリーの中で、個々の力、技術だけではなく、チームとしての一体性、勝負強さを競うもの。人それぞれではありましょうが、箕島尾藤野球を理想として見てきた私はそう感じて育ちました。
 79年夏決勝、箕島に破れて自身の勝負弱さをとことん自覚された蔦さんは、それまでの高校野球、他人とは違う発想で勝負し、優勝した。立派なことです。誰にでもできることではありません。
 ただ、私は、その後、その発想が高校野球を野球とは異質なものにしてしまった、という結果論を差し引いたとしても、同じ「野球」「高校野球」のカテゴリーの中で、勝負強さを磨いて、勝負してほしかった、です。
 失礼を重々承知した上でいうなら、「逃げた」とは言わないが、ほんの少し、それに近いイメージをもっています。


 
 

ホワイトナイト◆2fa7f1 / 2024-09-01 21:21:01 No.10494
蔦さんは
「逃げた」のではなく、「変えた」のです。

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