選抜の1年前の記憶が
杜都◆3a2722 / 2024-11-14 00:11:25 No.10659
こんばんは 引き続いて 高校野球の動画を漁っていたら センバツ高校野球で 伊野の渡辺投手が清原を三つ三振に切った動画を発見しました。清原選手はなぜ打てなかったのか? それは前年の決勝戦にあると思います。 岩倉高校の 山口投手の スライダーが頭によぎったのではないでしょうか? ふと と思いました。1年前の事が蘇ってきたというのはあまり端的ではないと思いましたが、しかし清原が完全に抑え込まれたのは 山口投手と渡辺投手だけではないかと・・・ 今になったら思います。

ミラクル3◆58d95f / 2024-11-14 20:20:42 No.10660
 こんばんは、 杜都さん。

 PL-伊野商はライブで観戦していました。その後、YouTubeで何度か見ましたが、清原選手は渡辺投手に力負けしたことを再確認しました。

 清原選手があそこまで速球を打てなかった理由は、150㎞近い速球を打てるようにまでにはなっていなかったからだと思いましたが…。

 清原選手は山口投手には翻弄されましたね。もっとも、PL戦の山口投手は一生に一度の出来だったように思います。

 清原選手は水野投手に4打数4三振に抑えられています。当時は1年生でしたから参考外でしょうね。

 それでは、この辺で失礼します。清原選手は3年の夏に覚醒しましたね。

杜都◆3a2722 / 2024-11-16 13:02:56 No.10664
こんにちは 
確かに清原選手力負けしていますね。 自分はPLを完封するのではないかと思っていました1点取られましたね しかし 私が記憶する限り 舌をまく投球というのは 83年の選抜の水野投手と 85年選抜の渡辺投手です。 相手打者から見たら手も足も出ないとはこのことだと思います。しかも相手はそんなに打力が弱いチームばかりではなかったです。83年の明徳戦は危なかったですがそれ以外はほぼ楽勝という感じではなかったと思います。85年の伊野商はほぼ盤石な感じだったかと思います。

ミラクル3◆58d95f / 2024-11-16 23:04:49 No.10669
 こんばんは、 杜都さん。

 清原選手は渡辺投手に手も足も出ませんでした。アンチPLでしたけど、あの3三振は痛々しかったですね。

 PLの1点は、5回裏の松山選手のソロホームランでの1点でした。選抜では松山選手は9番でしたが、夏には3番に昇格しました。

 杜都さんが挙げられた2人の中でも、83年の水野投手が圧巻でした。相手は帝京、岐阜第一、明徳、横浜商と打力のあるチームばかりだったなか、5試合で自責点0でしたから、その凄さがわかります。準決勝、決勝で球審を務めた西大立目さんも舌を巻いていたそうです。

 明徳は池田に勝てる唯一の展開に持ち込みましたが、逆転された8回裏はエラーが痛かったですね。8回裏の井上選手の低めのボール球を打っての同点スリーベースは伝説的な一打でした。

 伊野商はほぼ危なげなかったですね。その伊野商が夏は甲子園に出らなかったほど85年の高知予選はレベルが鬼のように高かったです。

 それでは、この辺で失礼します。85年の高知予選も伝説ですね。

杜都◆3a2722 / 2024-11-17 00:57:23 No.10676
こんばんは ミラクル3さん
この試合は池田は良くとった と思います。池田としては最も手ごわいの相手ですし 山本投手は攻略しづらい低めを丹念につく投手でしたし。この投手はシュートの切れがいいのです。83年の夏の中京戦よりずっと危なかったです。井上選手は良く打ったものだと思います。見逃せばボールです。決して甘いコースではなかったと思います。次の坂本選手も 右方向にあのカーブを打ったものです。
しかし 池田にしてみれば危ない試合でした。みなさん負けを覚悟したんじゃないかと思います。もうこの試合は伝説になっていますね。

ミラクル3◆58d95f / 2024-11-17 23:36:18 No.10680
 こんばんは、杜都さん。

 池田が最も危なかった試合が明徳戦でした。中京戦は接戦にはなりましたが、観ていて池田が負けるとは思わなかったですけど、明徳戦は池田の敗退が頭を過ったものです。

 山本賢投手は池田が最も苦手とするタイプのピッチャーで、秋の練習試合でも8回まで完璧に抑えられていたそうです。試合も1-8で大敗しています。

 井上選手の一打はまさに乾坤一擲の一打でした。明らかなボール球でしたし。坂本選手は押せ押せムードのなか、カーブを狙い打ちしました。

 それでは、この辺で失礼します。池田-明徳も語り草の試合の1つですね。

杜都◆3a2722 / 2024-11-18 01:38:49 No.10684
こんばんは 言われてみれば 池田をもう降参というまで追い詰めたのは 確かに83年春の明徳ぐらいですね 決勝戦の横浜商戦は水野投手の投球内容から余裕はあったと思います。 中京戦 確かにがっぷり四つの大接戦でしたが雰囲気的には池田が勝つと思っていました。前年の東洋大姫路戦は 蔦監督がインタビューのとき大汗をかいていましたが内容から池田が危なかったことはなかったですね 明徳はエラーがあった後に長打が出て いつの間にか2点目が入っていたのですが あの試合は自分はその得点シーンをつまらないことでライブで見逃したのです。確か 2回にエラーから1点取られたのでマズイ流れだと思いました。そのあと要所を抑えられて池田は全く打てなくなって、山本投手の調子から正直1₋0で負けたと思いました。 

ミラクル3◆58d95f / 2024-11-18 22:58:26 No.10689
 こんばんは、杜都さん。

 蔦監督も明徳戦は「負けた」と観念したそうです。なにせ山本賢投手の術中に完全に嵌っていましたから。

 横浜商戦は池田に余裕が感じられました。不得手の明徳に勝ったことで、もう負ける気がしなかったものと思われます。

 中京戦は1-1の同点で経緯しましたが、池田が一方的に押しまくっていて、いつかは均衡が破れるだろうなと思って観ていました。

 東洋大姫路戦後の蔦監督の勝利監督インタビューの担当は島村アナで、島村アナは蔦監督の大汗を見て、「東洋大姫路は苦手のようですね」と、開口一番に言ったのを覚えています。

 明徳戦の池田の逆転シーンはリアルタイムで観ていました。8回裏は打線が下位でしたので、9回が勝負だろうと思っていたのですが…。

 それでは、この辺で失礼します。「負けた」と思った試合に勝たないと優勝はないのですね。

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