サバイヴ・アワー・ブラッド第1部第1章
エマ / 2019-01-05 22:34:00 No.2424


ーー今夜が、きっとこの景色の見納めでしょう。
見下ろせば、幾度も滅びかけては、ようやく再生を始めた故郷の街。
宝石を散りばめたかのような星空を見上げ、わたしは最後の文章を綴ります。

嗚呼ーー今までに綴ってきた物語を、この幾夜ですべて反芻しても、この気持ちが静まることはありません。
未だに答えを知らない私を、どうかお許しください。
弱々しく、明日に怯え、生きる意志を持てなかった私に、生きてよいと、希望を持ってともに生きようと言ってくれた貴方。
その恩に報いる方法もわからずにいる私に、貴方はきっと明日も微笑んでくれるのでしょうね。
いつか、また……どこかで私達が、ともに生きることができたらーー。

その時、私は答えを見いだせるのでしょうか。






ーーシステムキドウ

新=起源歴0023年(「大破##*%&』ヨリ22年ト9ヶ月)。

本日 ハ 1≒月├4日 22時42^11ビョウ。

『脅威』 ノ シュウ来 は 明日 06時未明 ト 推定BW$

最%Q!+終タスE$$クh#$完了HL$!!!#シtttttク$@dS$#。

あた+らし>pいメッsージはあ#$Gりま%4。

文章 ヲ 再ヱ

冒?頭;カラ)。g再ix生 シ,,,,

......
...


エマ / 2019-01-05 22:35:00 No.2425
サバイヴ・アワー・ブラッド 第一部

第一章「過ちの追憶」



 薄暗がりで満たされた部屋の中で、煌々と一つの電球だけが光を放っている。
 電球を支える台は台下の無骨な2平方メートルほどの鉄製机に備え付けられ、その机を挟んで2人の人間……いや、人の姿をした人物同士が対面している。
 静かなる闇で満たされた宇宙に、ただひとり輝くパルサーのような電球のまばゆい光線は、その内の一人に……美しい顔を憂いで包んだ女性に、彼女を責め立てるように向けられていた。

「強情なお人だ」

 もう一方の人物、その男は利き腕につけた腕輪を撫でながら、拳をときおり握り音を鳴らした。その音に内心、敏感に反応して心がすくむのを、光を向けられた女性は自覚せざるをえない。

「これだけの証拠を前に、まだ現実を認められませんか」

 怜悧な男。手強かった。ここまで強固な論理と心理戦を織り交ぜ、相手を追い詰める男に、まだ若い彼女は会ったことがない。
 ここは、地球の大気圏よりもはるか上空にある、特殊な、人間たちが一切立ち入れぬ空間領域である。追及の光を向けられた女性は、その領域の長の一人であった。

「認めなさい。メガミ」

 メガミと呼ばれた女性は、うつむいていた顔をようやく上げた。薄暗闇の中、かすかに浮かぶ男の表情。礼節を保ちながらも、その態度にはいささかの威圧も含まれていた。
 これに対抗できそうなのは、世間をあれだけ騒がせた、かの特別諜報機関の主くらいのものだろう。しかし、その人物も今は……。

「イタチのカムドは死んだ」

 その言葉に、メガミと呼ばれた金色髪の女性はすかさず反論した。

「……死体は発見されていません」

 呆れた顔をして男は溜息を吐くと、鉄製の机……いや、正確には尋問机に両肘をついて手を組んだ。

「なぜそこまであの兄妹をかばう」

 暫くの沈黙……反論の整合性を考えていたのだろう。しかし、この時彼女はすでに、事実上の監禁を長期間強いられ、すでに疲労こんぱいだった。彼女ーーメガミは、もはやまともな論理の流れも頭に浮かばず、半ば感情に任せるように相手の非道を訴えることにした。この空間領域ーー『天界』の長として、声を荒げるのも無理はない。相手は天界史上、最大級ともいえる非道を要求している。

「イタチのアズマ、彼女まで殺せというのですか! 天界と人間界を救った最大の功労者を」

「違う! 数え切れないほどの守護天使と人間の命を奪った張本人だ!」

 上辺だけでも紳士を装っていた態度が一変、身を乗り出し、男は本性を表したかのように形相を強張らせた。その迫力は疲弊し切ったメガミの勢いを削ぐには十分に過ぎる。メガミは男から目を背け、救いを求めるかのように、こうこぼした。

「せめて、もうしばらくの審議を……」

 男はそれを無慈悲に打ち砕く。

「必要ない。知っての通り、高等評議会と天界裁判所……天界の中枢を担う上級守護天使たちの大半が死亡した。今、天界は事実上の機能停止状態だ。この期に及んで何を審議するというのだ」

 鈍く聞こえる歯ぎしり。加え、コツ……コツ……と、男の靴が、眼の前の女性を追い立てるように乾いた冷たい音を鳴らす。間違いなく、この男は尋問のために訓練されている人物のようだった。怒気を込め、しかし言葉はゆっくりと、目の前の女に嫌でもわからせようとするかのように、男は重い事実を述べる。

「良いか。天界は滅びかけたのだ」

 今日天界の誰が見ても、明らかな事実を再び、男はメガミに突きつけた。暗に、全てはお前たちが無能・無力だったからだ、と言わんばかりだ。男は感情を高じさせているようでいて、彼女たちの慚愧の念を巧みにつく術を知り尽くしていた。

「他には、もうあなた達しか残っていない。メガミ・メシア……。守護天使に対して死刑の執行を命令できる存在は」

 守護天使の死刑……。メガミ・メシアの職務として、最も忌むべき、誰でも一番避けたいと願う事……それを、この男は迫った。

「生き残ったメガミ・メシアたちはみな、この『提案』にサインした。残るは、あなただけだ」

 今まで必死に堪えてきた、この若いメガミのまぶたに、わずかながらうっすらと薄い涙が浮かぶ。もう、限界寸前だった。それに目もくれず、男はまくしたてる。

「あなた自身、認めているはずだ。『世界はもう彼女を制御できない』。今は静かになっているが、再び力を取り戻した時には……」

「そのための、イリノアの特殊封冠なのです! あの戦いの際に使われたものとは違う、今度は完璧な……」

 総じて冷静、温厚と言われるメガミとは思えぬ、救いを叫ぶような抵抗だった。男は、その抵抗をあざ笑うかのように、唇を歪め、切り返した。

「彼以外に、その封冠の完全性を証明できる者はいるのかね」

 苦し紛れに放った言葉の次を考える余裕すら無かった。完全性……証明……できようはずもない。天界のことにかけては全知に近い彼女たちにすら、知りえない事……その一つが、彼女ーーイタチのアズマの特殊封冠なのだ。

 男は両腕を組み、メガミからわざと目をそらしてもったいぶったそぶりを見せる。

「彼にしか理解できない代物など……」

「そう、彼も……囚われているのですね」

 わずかに生き残った戦友たちも、次々と落ちていく。自分も、あとどれほど抵抗できるのだろうか。

「貴方が我々の要求を飲まない限りーーリーラ殿。あなたも彼と同じ運命をたどる」

 否、ここで負けるわけにはいかなかった。自分には、この事態を回復する責務がある。時ならぬ死を遂げた者たち、そして、生き残った者たちへの責任が。
 リーラ、と本名を呼ばれたその女性は、わずかに残された最後の威厳を持って、抵抗した。

「屈しません。何度でも言います。彼女は……イタチのアズマは、全世界を救ったのです。彼女は幸せをつかむ権利がある。たった一人の守護天使の幸せを保証できずして、なにが……」

 男の声のトーンと音量が変化した。それまでの凄むような気配が消え、まるで過去を悔いるような、嘆くような声に。

「あの二人の守護天使は、そもそも、はじめから存在してはならなかった」

「……なんですって」

 奇妙な男の声は続いた。

「全ての間違いの発端です。取るに足らぬはずだった小さな二匹の動物が……あの呪われた血筋の、そのうちの最も濃い者たちと接触した。それが悪夢の始まりだ」

 メガミ……リーラは、何かを悟った。この審問官はやはり。

「あなた……守護天使ではありませんね。何者です? あなたは」

 彼女の問いに、もちろんこの男は答えなかった。男は、その底知れぬ肺奥から声を絞り出し、被疑者であるメガミの顔に向かって吹きつけた。

「メガミ。もう一度聞きます。『世界は彼女を制御することができますか?』」

 メガミは、もはや抵抗する気を完全に失い、力なくうつむいた。

 この男の言っていることは正しい。
 悔しいが、正しいのだ。『彼女』はもはや、誰が見ても制御不能だった。
 確実に起こりつつある厄災をこの世に具現させないためには、もう器を壊すしかない。

「速やかなる『イタチのアズマの処刑』を。手遅れに、なる前に。」

 無力感で鈍る神経を動かし、リーラと呼ばれたメガミは立ち上がった。生気あふれる最年少のメガミだった彼女も、力の大半を失った今となっては……。

 その打ち拉がれたメガミの様子を満足そうに見上げ、男は椅子の背もたれに仰け反る。 持っていたペンですらすらと何か台帳にすばやく書き入れると、そのペン先をドアに向けた。

「理解が早くて助かります。さすがはメガミ様だ。ああ、出口はそちらです。刑は貴方に執行していただく」

 ようやく長い尋問から開放され、解錠されたドアを開けてリーラは尋問部屋を出た。
 力のない足取りで螺旋階段を登り、幽閉された『彼女』へ近づいていく。

 どこで、間違えたのだろう。

 私達は、どこで……。

 あの無敵を誇った最強の男は、もう居ない。

 願わくば、この時を知りえた、誰か。

 あの時をどうか巻き戻し、今一度やり直してくれんことを。

エマ / 2019-01-05 22:37:00 No.2426
ーー。
警告。未確認の動体を検知。
ハイバーネーションから復帰します。

10%……20%……。

オーグメント機能接続。サードアイ・ビジョン、オンライン。
意識水準、睡眠から覚醒。モード3状況下につき、興奮剤L2を投与します。

50%……70%……。スマートスキン活性。各部チェック……異常なし。

サードアイで未確認動体を視認してください。リキッドアーマー・ロック解除。四肢を動かせます。
安全を確保してください。クローク・システムによる擬装を推奨……。

残弾数15。未装填です。

ーー。







「おっと、そこまで!」

 アズマが銃口を向けた先に、男の笑顔があった。

「訓練は終わったよ。アズマちゃん。君が寝ている間に」

 未確認動体の正体がわかり、アズマと防護スーツの支援システムは警戒を解いた。
 手慣れた動作で拳銃の薬室から弾丸を吐き出し、彼女はアーマーのホールドに銃をしまう。いつもの訓練相手の、長い銀髪をした男がおどけた調子で続けた。

「いやー、今日も絶好調って感じ? 最初の訓練風景が嘘みたいだよ。もうこのレベルレンジでアズマちゃんに勝てるやつ、居ないんじゃないかな」

「昨日の成績表によると、このレベルでは居ないみたいです」

 男は、余裕と悪戯好きを混ぜたような笑顔を浮かべる。挨拶代わりの問いかけをそのまま受け取り応答するアズマの様子を、彼は眺めて楽しんでいるようだった。
 そんな男の態度に眉一つ動かさず、この防護服に身を固めた少女ーーアズマは口を開いた。

「アヴァロンさまは、スコアはいくつですか?」

 無表情のまま淡々と聞く様子から、彼女が男に対する対抗心から問いかけたわけではないことは伺える。少女の単純な好奇心に、アヴァロンとやや仰々しい名で呼ばれた男は、踵を返し、訓練室の装置まで寄ると、卓上の制御パネルを操作し始めた。

「俺は563点。君より高いけど、まぁ俺は中距離戦F-30Bばっかやってたし。あれスコア高めに出るんだよ。敵もわんさか出るしね」

 見渡せば、二人がいる場所は異様な光景だった。中東の砂漠地帯のような景色が無限遠方まで広がる中、大きな岩や倒れて朽ちた巨木、様々な障害物が視界の一部を隠している。敵が待ち伏せするには十分な死角が点在しているのだ。
 それどころか、ところどころの中距離、遠距離に、この世のものともしれぬ怪物のような、人間と同等の大きさのおぞましいクリーチャーたちが、蠢き、跳ね、闊歩している。

 はたから軽い気持ちで見れば、人間界で作られた何かのオンラインゲームのフィールドマップのようにも思えるが、蠢く怪物たちのスケールの桁が違っていた。近づいてくればアズマの背丈と同じ、またはそれ以上の体躯の獣たちが、不快な呼吸音や動作音、そして異臭を散らして、存在を訴えている。

 こうした状況下で二人が平然としていられるのには、理由があった。

「もうルーム抜けちゃおうぜ。中東砂漠地帯第8、シーン退出……と」

 辺りの景色が、視界の端から急に溶け始めた。それまで現実と思っていたものが、実は半円球上に張り巡らされたスクリーンに投影された映像で、デジタルの制御が離れて形を加速度的に崩しているのだ。わずか2,3秒で、中東の光景、風、匂い……そしてそこに群れていた異形たちも、あっという間に姿を消してしまった。

 二人の所属組織が有する、最新の戦闘訓練施設『ファントムルーム』が作り出したバーチャルリアリティ(VR:仮想現実)であった。VR技術といっても、天界が独占するテクノロジーによって、その仮想体験は人間界のものを遥かに駕いでいた。
 体験者の行動範囲は部屋の広さに制限されず、参加者全てのVR体験を、全員でリアルタイムに『同時共有』することもできる。
 敵の攻撃や事故による衝撃は、軽いノック程度から致命傷レベルまで、現実の肉体ダメージとして体験が可能。天界で最も危険かつ高難度の任務を率先して引き受ける、かの『秘密局』が、二人のような隊員たちの任務成功率を引き上げるために肝いりで開発・建造した訓練施設だった。

 アズマとアヴァロン、そして今ここには居ない、アズマの実の兄……この3人は、天界が極秘裏に創設した、守護天使にとっての外敵排除のための捜査機関、天界特別諜報秘密局ーー通称『特諜フェンリル』のメンバーである。フェンリルはチーム制を取っており、各種任務には通常、チーム単位で当たるのが普通だ。
 アズマ、アヴァロン、そしてアズマの兄にあたる『カムド』、この三人はチーム『神風』を名乗っていた。構成員の能力の多様性から各チームの特徴は様々……この『神風』は、その名からも想像がつく通り、フェンリルの中でも最も苛烈な攻撃力・殲滅力を備えていた。しかし毎回のようにトラブルを作り出しては持ち帰る『問題児』な彼らを、局内のスタッフたちは密かに『リーサルウエポン』などとあだ名している。
 

エマ / 2019-01-05 22:39:00 No.2427
 ファントムルームのエントランスドアへの通い際に、アズマとアヴァロンは他の人物と鉢合わせした。

「あら、アズマじゃないの」

 その派手なシルエットから、その人物が何者か気づかぬはずもない。西洋人らしい高身長に引き締まったモデル級のボディライン。その上半身の丘の上には双峰の……頂きが本人の歩みのテンポとともに上下する。相当の女好きで名を通ったアヴァロンはもちろんのこと、アズマと呼ばれた無垢な少女の視線がしげしげとそこに集中した。

「ふうん。相変わらず無遠慮な視線ね」

 その声の主は、彼女は2つの視線を一蹴すると、一見ドレスのようにも見える薄い防護服の襟を少し整え、そして赤い燃えるような自身の長髪に手を添えた。
 
「お疲れ様です。クリム教官」

 この人物は蠍のクリムゾン。アズマとアヴァロンとは別のチーム『プアゾン』に所属するリーダー格の女性局員であり、またアズマの実技指導教官の一人である。

「ごきげんよう。アズマ。調子はどう?」

「今のところ問題ありません」

アヴァロンがすかさず、間に入ってきた。

「おークリムじゃん。久しぶりに模擬戦やんの? データ吸われるよ?」

「あなた達もとっくに吸われてるでしょう。今日は伝令があってきたのよ」

 『データを吸われる』とは、このファントムルームを始め、フェンリルの訓練施設で行われたトレーニング実績はすべてフェンリルのコンピュータールームで解析され、上層部の知るところになる、という意味だ。しかし自分たちのパフォーマンス成績が赤裸になるとしても、ここフェンリルの訓練施設ほど、能力向上に役立つ場所も天界では少なかった。半ばあきらめ、事実上看過しながらも利用を続けている局員が大半だ。

「伝令?」

「奪還任務よ。あなた達の得意分野の一つ、でしょう?」

「そうだけど……これって……おい、敵陣営……2つも相手にすんの!?」

 クリムから手渡された伝令書を読んで、アヴァロンは仰天した。確かに、そこには今回の敵対陣営の勢力名が2つ、記されていた。高練度で名高いフェンリルの任務でも、通常はターゲットはせいぜい数名から、たとえ徒党を組んだ組織が相手の場合でも、同時に相手するのは敵勢力一つのみに留めるのが普通だ。それも組織戦であれば、こちらも数チームで連携して望むことが原則となっている。つまり、このような指令は通常あることではなかった。

「もちろん、まともに二面同時戦闘しなくていいのよ。そこの工作はアヴァロン、貴方の得意分野って聞いたケド……。同時に一陣営ならなんとかなるでしょ?」

「つっても…この2陣営……ちょ、アズマちゃんも見てよ。これ相手はあの『カラミティ』と『スフォール』って書いてあるよ? どっちもSクラスじゃねーか! こんなん無理ゲーだよ無理ゲー。一対一でも無理ゲー!」

「掃討任務じゃないわ。奪還って言ったでしょう」

「奪還?」

「そう、まともに戦って潰しあわなくたっていいの。むしろ無用な戦闘は極力回避してほしいわ」

「デ、デスヨネー♪」

 アヴァロンが、本来女性と見紛うほどの美形のはずの顔を極端に崩し、猫のように胡麻をすった。調子よく相手に合わせるときの彼の常套句なのだが、これは専ら相手が女性のときにしか使わない。

「それなら、できるわよね?」

「デスヨネー♪」

「……聞いてんのよ。わたしが」

 脳天気な受け答えに、チーム『プアゾン』のリーダーは思わずため息を漏らした。この顔で、もっと態度が誠実ならば、女性への受けも万人にさぞかし良いだろうに。
 異性関係にとにかく節操のない自由奔放な彼への評価は、女性の性格により真っ二つに分かれる。最近の彼のご執心は、隣ですました顔をしているアズマのようなのだが。アズマの場合、彼女の性質からいって特に心配は不要だろう。しかしもう一人、彼を蛇蝎のごとく嫌っている、今回彼らに協力する別チームの女性局員のことが、クリムはいささか気がかりだった。

「S級組織だって、あなた達なら殲滅できるって聞いたわよ」

「いや、それは俺じゃなくって、アズマちゃんやカムドが本気出した時ですから。俺基本力抜いてやるタイプなんで…‥」

 いい加減面倒くさくなったのか、アヴァロンを無視して、クリムは教え子に向き直り、諭すように言った。

「アズマ、あなた。あれから訓練データを大量に入れ込んで、昔に比べたら随分多くの状況に対応できるようになっているみたいだけど……」

「はい」

 アズマは教官を見上げ、クリムもまた、アズマの顔を凝視した。無垢な顔をして……これからまた、この子は大量の敵を殺めていくことになるのだろう。その意味も重みも理解しないままで……。クリムは、感情はおろか、自意識すら欠落してしまったという、この特殊な精神事情を持つアズマという少女の行き先を以前から心配していた。

「イリノアによれば、あなたは脳の状態からして、事前に訓練できていない状況下には弱いわ。序盤調子が良いからって、独断専行は駄目よ」

「はい。独断専行しません」

「良い返事。私はもう戻るわ。アズマ、セリーナによろしくね。あ、そうそう」

クリムは去り際に二人に向き直ると、彼らに追加情報を伝えた。

「今回はSILENとの合同任務だから、彼らと仲良くね」

 彼女を見送って暫し……アヴァロンは深呼吸のあと、両腕を一気にピンと天に伸ばして、快哉を叫んだ。

「チーム『SILEN』と合同! 久しぶりにあの子に会える!」

 殺し合いも辞さない危険な任務にもかかわらず、どこか感覚のおかしい仲間に対し、アズマが無意識に水を指した。

「サキ様ですか? 以前、あまり協力をしていただけなかった気がするのですが……」

「ははー気のせい気のせい。彼女の戦闘力も加われば言うことなしだろ。斥候や撹乱工作だって、相棒のレオンのヤツがいればなおさらやりやすいしな」

「そうですね」

「あ、まて。そういえば呪詛悪魔の野郎どもから一体何を奪還するんだ? ま、ブリーフィングの時に聞けばいいか。ここんとこ重めの任務もなかったし。ルーチンな訓練ばかりだったし。たまにはこういうのも刺激があっていいよ、ねぇ? アズマちゃん」

「はい」

 フェンリルの訓練施設を出ると、天界に降り注ぐ太陽の日差しが、眩いばかりにアズマたちを照らす。空間的には分断されている人間界と天界だが、この照りつける太陽だけは共通の存在だった。

「いやー、いー天気だ。今日も天界は平和だ!平和!」

「平和ですね」

 このところ、天界には呪詛悪魔の目立った攻撃もない。ごく一部の区域によっては武力衝突があるにはあるが、それはアズマがフェンリルとは別に元から所属している、天神会という名の守護天使組織が侵攻を防いでいる。それはもう数千年前からの恒例行事のようなものだ。

 かつて起きた、特諜フェンリル創設のきっかけともなった、十数年前の天界軍と呪詛悪魔たちの大戦の終結以来……。甚大な被害を被るような事態は、もう天界に一度も起きていない。
 確かに天界では平和が続いていた。アヴァロンという男の言う通り。
 アズマは、天界を覆う、地上に比べた大気の薄さから、より青の際立った、透けるような空を、何気なく見上げた。

 そしておそらく、これからも……ここに平穏が続けばいい。

 他の者よりも、精神の働きが極めて制限されているアズマですら、それはなんとなく思っていたことだった。



……つづく

ライオンのみさき / 2019-04-14 00:41:00 No.2428
 こんにちは、ライオンのみさきです。
 また、とても遅くなってしまいましたけれど、お話の感想を。

 そうは申しましても、初めの導入部とそれに続く場面は正直よく分からないことが多いので、的外れなことを申し上げてしまうかもしれませんが、そこはどうかご容赦を。

 まず、冒頭の語りの「わたし」という方がいったいどういう方なのか……それすら判然とはしないのですが、その方のいる世界が何か“破滅”に瀕しているらしい――それも、これまでにも幾度もそれに類した危機があったらしい――ということは、うかがい知れます。壮大な物語のプロローグなのでしょう。

 それに続く場面。冒頭の世界とはまた、離れているようですが、初登場のリーラというメガミさま。そして、その方を尋問(?)している男性。お名前も明かされず、こちらも初登場の方のようですが、お若くて、また、何かの事情で苦しいお立場にいらっしゃるらしいとは言え、仮にもメガミさまにこんな強圧的に態度を取られるなんて、どういう方なのかと思いましたが、ロイ司令のように特別な権限をお持ちというようなことだけではなくて、何と、そもそも守護天使でもないようですね、この方は。では、どういう存在なのかとか、天界や人間界とどう関わっているのかとか、そういうことは語られないので、いろいろ想像してみるしかないのですが、重要なことはこの場面でも、「天界が滅びかけた」といわれるほどの大事件が起こって、それにアズマさんが深く関わっていたらしいということ。
 一方で、リーラメガミさまが「世界を救った」のだと訴えられていたので、複雑な事情がありそうですが、おそらくアズマさんが自身制御不能な強大な力を得て、そのために世界を救いもしたけれど、天界にも人間界にも多くの犠牲も出してしまい、罪を問われて今は囚われの身となってしまっている、というところでしょうか。
 それにしても、精神的に追いつめられて心が折れてしまったということなのではありましょうが、抵抗していたリーラメガミさまが最後は呆気なく屈してしまわれたのは残念なことでしたし、疑問にも感じます。そのくらい、アズマさんの犯した罪の方も深刻だったのかもしれませんけれど、相手の男性が守護天使ではない、つまり、正体がわからないと悟った直後のことでしたから、同じ天界の方でしたら、たとえ不本意であっても、理が向こうにあると思えば従わざるをえないというのは分かりますけれども、素性の分からない相手では警戒するのが当然ですし、その言うことを黙って聞くというのは少々腑に落ちない感じがしました。
 でもそれより、もっと気になるのは、やっぱりアズマさん以外のお馴染みの他の方たちがどうなってしまわれたのか、ということです。
 果たして、カムドさんは本当に死んでしまったのか、どうか。それに、アヴァロンさんは。リンちゃんは――それに、あのロイ司令まですでにどうにかなってしまわれているかのように仄めかされていましたけれど、まさか……。エマステのいろいろなお話のファンとしましては、とても気になるところです。

 さて、それで、次のシーン。読むと何だかほっといたしました。やっとわたしの知っている方たちが知っている形で登場されて――いつものエマステのお話の世界にやっと戻ってきたような……前の場面では、おなじみの方たちもお名前だけで、直接登場はされませんでしたし。それに、世界と共にそういった皆さまも、だいぶ変わってしまわれたようでしたし。
 時間的には、この場面が最も古くて、これからいろいろなことがあって、前の場面に続いて、またさらに、もっと時間が経って冒頭の語りの世界に繋がる――つまり、時間的にはだんだん遡っている構成なのでしょうね。

 ……ちょっと、だいぶ長くなってしまいましたし、このシーンにつきましては、また改めて感想を述べさせていただきたいと思います。

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