EMASTATION BBS
新規
過去
ヘルプ
管理
戻る
DANGER!
JavaScriptを有効にしてください。
×
P.E.T.S.[AS] 第8話「堕ちた天使」
エマ
/
2018-04-22 18:31:00
No.2416
体に染み入る冷気で、彼女は目を覚ました。
ゆっくりと焦点が合う視界。目に入るものすべてが、嫌悪感をもたらす。
わずかに天窓から光が差し込み、あの悪夢のような夜は終わり、朝という日常が戻ったことを知る。
真純は、おそるおそる自身の背筋に冷たい手を伸ばし、傷跡をなぞろうとした。
しかし、毎回感じる違和感がこの日も彼女を大いに戸惑わせる。
「また、消えてる……」
昨夜、無慈悲にあれだけ背中に付けられた切り傷、刺し傷が、きれいさっぱりなくなっている。
すべては、ただ悪い夢であったかのようだ。
だが、真純は確信していた。
夢なんかじゃない。あんなに気を失うほどの激痛が、夢であるはずがない。
そう確信するも、傷がいつの間にかすべて『なかったこと』になっているこの現実を、理解することもできない。
堂々巡りの思考を放棄し、真純はベッドから起き上がって、あたりを見回した。
昨夜のままに、荒れた父親の部屋。その主は今いない。
ふと、上半身裸でいることに気づき、あわてて脇にあった下着を纏い、真純は部屋の外へ出た。
哲は、どこかへ外出しているようだった。
自分の部屋に戻り、私服に着替える。
今日一日、何をしようか。
あんな夢は、早く何かで塗りつぶしたい。できるなら、思い切り楽しいことで。
「また、あそこに行ってみようかな」
いい加減、迷惑がられるかもしれない。それでも構わなかった。
とにかく、あの父親からできるだけ遠くに……。
いつか、逃げてやろう。真純は固く自分に誓った。
逃げて逃げて、そして自分の力で、いつか本当の幸せをつかむんだ。
でも、そのためには、何が必要なんだろう……。
お金もない。頼るあてもない。
今のところ、彼女が持ち合わせているものは、ひな鳥のような芸術の覚えだけだった。
そして、そのすべてが、あの父親の作品を見て触れて体得したものだという事実が、
彼女の心をまたひどく嫌悪感で蝕むのだった。
パス削除
削除キー
削除実行
エマ
/
2018-04-22 18:32:00
No.2417
「そんなものはダメだ」
否定。
「忘れなさい。お前のためにならん」
また、否定。
重い沈黙……発言の許可が与えられるまで、それはずっと続く。
もう、耐えられない……。
「飼ってはならん。いいな美月」
恐れていた審判の言葉まで下された。美月の小さな心と心臓はもう限界間近だった。
心の中は様々な激流で荒れ狂っていて、考えが全くまとまらない。何か、言おうとしても……言葉のかけらすら浮かんでこない。
どうして自分は今、こんなことに……。
事の発端は、美月の大きな友人、健介からの相談・お願いだった。彼女はびっくりした。
今朝、彼は開口するや一番「ウチ、引っ越すことになった」と言ってきたのだ。それは、幼い美月にも意味がわかることだった。つまり、この人とはもう、お別れなのだ。
「でさ、今度引っ越すところが、ペットダメなんだってさ」
「そうなの……」
「参ったぜ……悩んだ挙句、いろんなところに譲ろうとしたんだけどな、引き取り手いなくて……」
健介は、普段見せない沈痛な面持ちで、自分の相棒を見下ろした。視線を投げられた彼ーーーロックは、その意図も分からずに、散歩の続きをせがんで主人に体をすり寄せている。
「やばいぜ、保健所には絶対行かせたくねーし」
「ホケンジョ・・・? そこは飼ってくれないの?」
「飼っちゃくれないな・・・それどころか、こいつら動物にとっちゃ、最悪の場所だよ。もう永遠におさらばになっちまう」
その言葉の正確な意味までは、さすがにこの時の美月には分からなかった。だが、永遠にお別れ、という言葉だけでも、彼女には相当な衝撃だった。
「もう二度と会えなくなっちゃうの? そこにいっちゃうと、たまに会わせてくれたりとかも、できないの?」
「できねぇんだよ……永遠におさらばって言ったろ」
健介は、大きな両手で顔を覆った。きっと、美月に表情を見せたくなかったのだろう。彼は今にも泣きそうだった。
「いや……嫌だ! わたし、ロックとお友達になれたのに……お別れなんて、絶対にいや!」
「そうだよな……」
「どうしたら、ロックとお別れしないで済むの!」
美月は、その「お別れ」を何が何でも阻止したかった。
「俺もそれで嬢ちゃんに相談にきたんだよ。早い話がさ、もういっそ、嬢ちゃんとこがこいつを飼ってくれれば全部話が収まるんだよな」
「それって……わたしが、ロックのご主人様になるの?」
「そうさ」
美月は、心が躍った。願ってもないーーなんという幸運だろう。
永遠のお別れを回避できるどころか……自分の最高の友達にできるのだ。それも、ずっと。いつも一緒に居られる。
心淋しい時も、落ち込んだ時も、楽しい時もすべてを分かち合って……。
であれば、やるべきことは一つだった。
「いいよ! 飼うよ! お兄ちゃん、わたしのお家でロックの面倒みる!」
「まじか!? ありがと嬢ちゃん! でも……お父さん、そこらへんめちゃくちゃ厳しくねぇ?」
「大丈夫! 大丈夫よ!」
本当のところ、うまくいくかなんて何も分からない。
でも、ロックと一緒にいれる。自分が主人になれる。
その「特別オファー」は美月の心を完全に魅了し、少なくともこの時だけは、父親への恐れの気持ちすらかき消していたのだった。
それが……今まさに、微塵に打ち砕かれんとしていた。
これからも、ずっと一緒に居られるはずの、友との運命が。
「解ったら、部屋に戻りなさい」
「でも……でも……おとうさん」
「なんだ!」
苛ついた父親の口調が、美月をさらに怯えさせた。
だが、今日の美月は今までと違った。背負っているものが違うのだ。彼女の口は、いつもと違って、動いてくれた。
「うちで飼えないと、もうずっとお別れなんです」
「我慢しなさい」
「……もう、あの子とずっと会えなくなっちゃう。ずっとずっとお別れになっちゃう……わたし……わた……」
涙がぽろぽろ溢れてきて、もう言葉を紡げなくなった。終いに美月は完全に泣きじゃくるようになってしまった。
そんな娘を見下ろす父は、憮然とした表情を変えなかった。
幼い愛娘が望む、ささやかな希望・幸せの何がそんなに許せないのか……飼育のお金だって、場所だって、
この家に足りないものは何一つないのだ。
父親の思考を満たす、不寛容さ……誰を持ってしても、それを理解することはできなかった。彼を最も愛する者でさえ……。
一部始終をずっと見ていた、美月の母親が、見かねて近寄り、娘の手をとった。
彼女は、娘の最後の音節を聞いて、何かを察したようだった。
「美月を部屋に戻します。さ、美月……後で暖かいスープを持っていってあげるわね」
手を引かれ、泣きはらした目をゴシゴシしながら父の部屋を立ち去る美月だったが、この優しい母は常に娘の味方だった。
小声で、母は娘にそっと言うのだった。
「お母さんに任せて」
パス削除
削除キー
削除実行
ライオンのみさき
/
2018-06-10 21:58:00
No.2418
こちらでは本当にごぶさたしておりました。
たいへん遅くなってしまいましたが、感想を書き込ませていただきたいと思います。
とは申しましても、 P.E.T.S.[AS]を拝見するのもずい分お久しぶりのことですので、正直申し上げて、この前の部分のお話をかなり忘れてしまっておりました ・ ・ ・ ・ (汗)。
この前のASの 第7話と言えば、こちらの過去編ではなくて、現在編の方がいろいろ記憶に残っていました。ティコさんとロックさんの本格的な戦闘シーンですとか、祐一さんの正体ですとか、ティコさんの特殊な立場と活動ですとか……。――ああ、あともちろん、ティコさんと美月さんのキスシーンも。残念ながら、キスシーンではあっても、ラヴシーンとは呼べないもので、それどころか、誰一人にとっても幸せなものではありませんでしたけれど……。
そんなわけで、過去編の方はどんなお話だったか、確認するためにもう一度読み直してみました。
そうしましたら、読んでいるうちにこちらもなかなか衝撃的な内容だったことが次第に思い出されてきました。
何か理由があるのでしょうけど、だとしても、児童虐待としか言えない真純先生のお父さまの幼い娘への残酷な行為……そのお父さまの彫刻の怪談のような噂話……そして、ペンダントを巡るユーイチお兄ちゃんとの対峙……さらに、お造りになった天使像の意識の覚醒……とこうして、振り返ってみますと、真純先生のお父さまはお話の中でも重要人物だったことに気づかされました。
今回のお話でも、直接登場はされませんでしたけれど、その存在感の大きさが幼い真純先生の様子を通して伝わってきます。中でも、背中に付けられたはずの傷がきれいに消えてしまっているという不思議には、もちろん何か重要な意味があるのでしょう。これは7話の過去編で真純先生が美月さんに背中を見せて確認してもらっていたことから、もう何度となく繰り返されていたことだったのですね。
そして、今回のお話の後半は、ロックさんが美月さんに飼われることになるかもしれないという内容で――真純先生のお父さまのことほど、インパクトはないはずですが、実はわたしは結構驚きました。飼い主とペットというのは、ご主人さまと守護天使の前生での関係としては最も普通で一般的であるはずのものですが、このASではティコさんもロックさんも、お二人のオリジナルで、幼い美月さんにとっての二人の「お兄ちゃん」である方達が本来の飼い主であって、美月さんは飼い主だったことはないけれど、前生での縁が深かったことによって、お二人のご主人さまになったのたと勝手に思いこんでいましたので――そういうパターンのご主人さまと守護天使の前生の関係もよくありますものね。
でも、美月さんのお父さまによって、今のところまだ予断を許さない状況でした。前回もケンスケお兄ちゃんとのおつき合いを禁止されたりして、ひどく厳しいところをみせていらっしゃいましたが、今回はその「不寛容さ」は不自然なまでのものであるように強調されていましたから、このお父さまにももしかしたら、何かあるのかもしれませんね。
それにしましても、タイプとそれと意味も異なるとは思いますが、怖いお父さまばかりで、いやになってしまいます……まだ、年端もいかない時代の真純先生と美月さんへ同情を禁じ得ません。どうか、お二人が救われますように。
続きもまた楽しみにしております。
パス削除
削除キー
削除実行
コメント
必須
最大1000文字まで(残り
1000
文字)。省略不可。日本語必須。HTMLタグ不可。誹謗中傷や個人情報、宣伝URLは即削除されます。
名前
最大10文字まで。省略可能。
削除キー兼なりすまし防止(トリップ)
半角英数字(8文字まで)を入れることで、書き込みの削除ができるほか、名前の後ろに任意のコードが付きなりすましを防止できます。省略可能。
返信
ゆっくりと焦点が合う視界。目に入るものすべてが、嫌悪感をもたらす。
わずかに天窓から光が差し込み、あの悪夢のような夜は終わり、朝という日常が戻ったことを知る。
真純は、おそるおそる自身の背筋に冷たい手を伸ばし、傷跡をなぞろうとした。
しかし、毎回感じる違和感がこの日も彼女を大いに戸惑わせる。
「また、消えてる……」
昨夜、無慈悲にあれだけ背中に付けられた切り傷、刺し傷が、きれいさっぱりなくなっている。
すべては、ただ悪い夢であったかのようだ。
だが、真純は確信していた。
夢なんかじゃない。あんなに気を失うほどの激痛が、夢であるはずがない。
そう確信するも、傷がいつの間にかすべて『なかったこと』になっているこの現実を、理解することもできない。
堂々巡りの思考を放棄し、真純はベッドから起き上がって、あたりを見回した。
昨夜のままに、荒れた父親の部屋。その主は今いない。
ふと、上半身裸でいることに気づき、あわてて脇にあった下着を纏い、真純は部屋の外へ出た。
哲は、どこかへ外出しているようだった。
自分の部屋に戻り、私服に着替える。
今日一日、何をしようか。
あんな夢は、早く何かで塗りつぶしたい。できるなら、思い切り楽しいことで。
「また、あそこに行ってみようかな」
いい加減、迷惑がられるかもしれない。それでも構わなかった。
とにかく、あの父親からできるだけ遠くに……。
いつか、逃げてやろう。真純は固く自分に誓った。
逃げて逃げて、そして自分の力で、いつか本当の幸せをつかむんだ。
でも、そのためには、何が必要なんだろう……。
お金もない。頼るあてもない。
今のところ、彼女が持ち合わせているものは、ひな鳥のような芸術の覚えだけだった。
そして、そのすべてが、あの父親の作品を見て触れて体得したものだという事実が、
彼女の心をまたひどく嫌悪感で蝕むのだった。