Dr.イリノア診察室【アズマ編】「我知らぬ巫女」(4)
エマ / 2014-06-02 14:53:00 No.2354
その頃、天神会本部。

神官たちが協議を行う場、評議会は荒れていた。
口々に神官たちが憤りの言葉を口にする。その非難の対象は、天神会最強の守護天使、イタチのカムドに対してであった。

「殲魂の携帯許可は、やはりまかりならん!」

「そうだ。それも、あれは完全な事後承諾……勝手に禁忌を破って封印の間に侵入するとは……本来であれば完全なる謀反であるぞ!」

「しかし……アズマの命令権の半分以上をフェンリルに取られた今、こちらとしても切り札が必要なのも確かだ」

「何を言う! 今度は殲魂すらフェンリルの奴らに奪われる可能性だってあるのだぞ!」

「いや、殲魂を扱えるのは今のところカムドだけ。あれは扱いを誤れば大惨事につながる代物。しかも、その悪しき波動の位置は常に我々が捕捉しておる。いかにフェンリルといえど、それを奪ってシラを切り通すことは不可能だ」

「そういう問題ではない。あのカムドという男自体、この任務にはふさわしくないと言っているのだ!」

「あの時はあまりの緊急事態ゆえ、奴の提言を認めてしまったが……そうだ。そもそも、アズマ奪還任務には他の人物を当てようとしていた……。あの男はそれを覆すために、今回、殲魂の封印を暴くなどという暴挙を起こしたのではないか!?」

「良いのではないかぇ」

荒れている議論の場に、突如、女性の声が響き渡った。

しわがれた老女の声だが、不思議と空間中に染みわたるように、それは響き渡り、その場にいた神官全員の耳に確実に入ってきた。

全員、大きなすだれのかかった、一段高い奥の座を見上げる。すだれのせいで姿を確認することはできないが、その声は確実にそこから発せられていた。

「お、大婆様!」

「し、しかし……奴は、何をしでかすかわからぬ天神会きっての危険人物です! あのような者が殲魂を手にすれば……あの、『鮮血のカンディード』の二の舞にならぬとも!!」

「そうだ……こんどこそあやつを止められるものはいなくなるぞ!」

「かの有名な覇王武蔵殿の力を持ってしても、抑えられるかどうか……」

「いや、外部の力に頼るわけには行かぬ! 我々だけで抑えなければ」

「だから、あのような者をそもそも本殿に入れてはならなかったのだ!」

「天神武道会で優勝したからといって、奴に武人の地位を与えてしまったのが間違いだった!」

「あのまま、罪人のまま、奴隷のように何も教えぬまま傀儡のように使役していればよかったのだ」

「静まれ!」

騒ぎ立てる神官たちを、大婆と呼ばれた老女はぴしゃりと叱りつけた。

「リンよ」

大婆は、一人の巫女の名を呼んだ。それに呼応して、部屋の隅に控えていた少女が、大婆様の前に出て、頭を垂れる。

「はっ」

「命を下す。カムドとアズマを監視せよ。特に、カムドが何らかの謀反を起こす可能性を考慮し、その言動を逐次報告せよ」

「御意。心得ました」

少女は、すぐさま部屋を退出していった。

「大婆様! 監視だけではあまりに不足かと! カムドから殲魂を取り上げるべきです!」

「わらわは……カムドのいう、あの提案にかけてみたい」

「フェンリルに入隊し……内から組織を破壊するという、あれにございますか! とても無理です! あのような力だけの無能に、そのような知略ができるはずが……!」

「本当にそう思うか?」

 大婆は、問いかけとともに、鋭い視線を神官たちに投げかけた。すだれに遮られて、眼光自体は見えないが、神官たちはそれに射すくめられたかのように、ただならぬ緊張感に身をこわばらせた。
 その神官たちの様子に構わず、大婆は言葉を続ける。

「だとするなら、おぬしらの目は曇っていると言わざるをえんのぅ…」

「大婆様!」

「元はといえば、アズマがきゃつらに取られてしまったのも、お主ら神官どもの隠し事が原因……」

 急所を突かれたかのようなショックを受け、神官たちに明らかな動揺が走った。そのうちの一人が思わず声を上げる。

「い、いくら貴女といえども……お言葉が過ぎますぞ! 私どもは天界の行く末を守るために……!」

「そうまでして暴かれたくない何か……わらわにもだいたいの見当はついておる」

 そこまでの言葉を聞き、神官たちは皆黙りこんでしまった。意見を言いたいものも居るようだが、さらにやり込められはしないかと、声をあげようにも上げられずにいるらしい。
 場が静まり、事は決まった。大婆は宣言する。

「カムドに任せよ。これは天命である」

「大婆……様!」

「聞こえなかったか? これは、天命である」

「は、ははぁっ!!」

 頭を垂れる神官たち。たとえ天神会の組織のトップに居る神官たちでも、この大婆の命には逆らえなかった。少なくとも、今は……。

 評議会を閉会し、場に一人になると、大婆はしわがれた自分の手の甲を見つめ、感触を確かめるように撫でた。かつての美貌は遠い過去へ置き去られ、今はただ老いゆくのみ。
 だが、彼女の判断力と明晰さは、まだ衰える気配がない。
 確信を持って、彼女はひとりつぶやいた。

「いずれ……全てが明らかになるじゃろうて……」

エマ / 2014-06-02 14:54:00 No.2355
「報告は以上です」

「そうか……」

机の上で手を組み、何かを思案している男……。特務機関フェンリルの司令ロイ。暗い照明のためか、その鼻筋から上の顔の部分は完全な陰になり、表情の色はうかがえない。
しかし、何かを訝しんでいることは、彼が信頼をおいている優秀な秘書には十分感じ取ることができた。

「ゾルゲのことでしょうか?」

「ああ……。メティファ君。君はどう思うかね? 彼の戦死の理由……。あの男……イタチのカムドによるものだと思うかね?」

 メティファと呼ばれた、落ち着いた雰囲気のスーツに身を包み、その美貌を眼鏡で抑えた感のある女性秘書官は、ロイの問いかけに静かに答えた。

「現場に残された遺留品だけでは、判断できるだけのデータが足りません。ですから、これはあくまで私見となるのですが、その可能性はほぼ、5分と5分。確率としては、ご満足いただける意見ではありませんが……」

「ほう、君らしくない……曖昧な答えだ。その理由は?」

「現場に残された彼の遺留品ですが、調べたところ、指紋など、カムドの痕跡は一切付着していませんでした。ですが、奇妙な点が」

「奇妙?」

「遺留品の配置です。誰かから銃撃を受けたのが彼の直接の死因ですが、遺留品の一部ならまだしも、全てが彼の衣服のポケットなどから外れ、床に、散らばるのではなく、『配置』されていました」

「どのような配置かね?」

「フェンリル……伝説の魔狼を模した絵です。ゾルゲが持っていた小型の遺留品と、銃弾によってその形に並べられていました」

しばらくの沈黙がおきた。

「呪詛悪魔どもは、我々の組織の由来を知らんだろう。するとそれは、フェンリルの隊員の誰かがやったことになる。奴の可能性は高いと推測するのが通常の推測だが……」

「はい。ですが、彼がやったとして、なぜわざわざ自分に疑いが向くようなサインを残すのかが疑問です」

「奴は銃のような飛び道具の使用を、天神会製の封冠の機能によって禁じられていると聞く。しかし、ソルゲは銃弾によって倒れている」

「はい、ですから。彼以外の誰かによるフェイクという可能性も完全には否定できません」

「……君は、ゾルゲがあの男に殺されたと仮定して……いや、そうでなかったとしても、その混乱に乗じて、ゾルゲが持つ情報をあの男に盗まれた可能性はあると思うかね?」

「ゾルゲが持っていた封冠、及びPDAのデータには、384ビット長のFES暗号化が施されています。認証もゾルゲ自身の脳波パターンで照合しなければパスしません」

FES(Fenrir Encryption Standard)暗号とは、フェンリルが独自に開発した暗号のアルゴリズムである。米国が開発したAES共通鍵暗号以上の強度を持つ、人間界の技術と比べても優位性のある暗号方式だ。米国(というかNSAやCIA)は数十年前から、他国の情報を盗むために、米国が普及させようとする暗号化方式に技術的なバックドア(簡単に解読できる裏口)を仕掛けていたことで知られている。米国の暗号技術を採用した国々から、情報を盗聴するためだ。
そこで、フェンリルは安全を重視して、人間界の暗号方式を採用せずに、独自に暗号技術を開発したのだ。この技術は封冠の暗号通信などにも使われている。

「暗号鍵を使わないコンピューター解析によるデータ復元には、フェンリルのスーパーコンピューター『ユグドラシル』を用いても約200兆年かかります。カムドがゾルゲの端末からデジタル情報を抜き取ることは絶対に不可能です」

「デジタル情報は……な」

ロイが目を細める。

「だが、当時の前後の状況と死ぬ前のゾルゲの振る舞いから、アナログな情報を感知することはできる。仮説を立て、それに照らしあわせて消去法で、雑多な他の可能性を潰していき、答えを絞っていけばいい」

「カムドは一度、彼の遺留品の封冠・PDAに、痕跡が残らない何らかの方法でアクセスを試みて失敗し、その事実を紛らわせるために、あのような遺留品の『配置』を行った可能性も考えられます」

「……ゾルゲは優秀な男だったが、その優秀さ故に我々の計画の一端も任せていた。彼から情報があの男にその一部でも漏れたとすれば、当然天神会にもそれが伝わることになる」

通常、ある人物に特定の任務を任せるには、その特定の任務以外のことは一切知らせない・教えないのが理想だ。その任務で失敗し、拷問を受けるなどして、他の機密情報を漏らされたら組織にとって大きな痛手だからだ。
しかし、カムドとアズマという『異物』を隊員として受け入れるからには、相応の監視役も必要だった。少数精鋭主義のフェンリルでは、それだけの専門の人員を確保することは困難だった。そこで、カムド・アズマとともに戦えるだけの戦闘力を持ち、監視・諜報の高い技術の双方を持ち合わせていた、腹心のゾルゲに任せたのだ。それが、今となって仇となった可能性が出てきた。
まさか、いくら天神会の問題児といえども、同じ守護天使を殺害するとは、ロイもメティファもまさか思いもしない。いや、まだそうと断定できたわけではないのだが……。

「ゾルゲの遺体を調べたところ、直接の死因以外に、特に拷問などを受けた形跡は見られません」

「天神会の反応を見るしかないな。奴らへの情報入手経路の模索は引き続き続けてくれたまえ」

「はい」

「さしあたっての問題は、あのカムドの処分だな……」

「それについては、実際にゾルゲを殺したかどうかの事実に関係なく、彼の恣意的な意図があるように感じます。司令もお気づきとは思いますが……」

「うむ」

 この優秀な秘書は、再び自らの推測を述べた。そして、彼女の言葉通り、それは司令ロイも薄々察しがついていたことだったが、改めて確認するために、メティファに先を促す。わかっていることでも、口に出すことで新たなヒントが見つかることもある。それに、自分とメティファの認識が完璧に同じとも限らない。

「仮に下手人が彼でなかったとしても、チームのリーダーとして疑いが自分に向くことは確実ですし、その対策としての工作を行った可能性は高いかと」

 ロイも、呼応するように自身の推測を口にする。

「事を焦って、奴を処分すれば、それは例の情報の存在を暗に認めたことになる。そして、全くの不問に付せば、それも奴の増長を許すことにつながり、さらにはゾルゲの情報もある程度調べられてしまうだろう。どちらにしても、奴に情報を与えてしまう結果だ」

「訓戒、短期間の職務停止といった、半端な処分もまた、彼の思う壺だと推察いたします。そのような中庸な判断は、『どちらの情報』も我々が彼に渡したくない、『真実の情報』であるという情報を、また彼に与えてしまうことにほかなりません」

「謀殺の疑いをある程度残し、しかしその証拠は決して残さない……。我々すら、その嫌疑に確証が持てないほどにな。そうすることが、あの男にとっておそらく一番有利なやり方というわけだ」

「はい。おそらく、我々が彼の監視を始めて、初めてのことになるかと思います」

「我々ではなく、今度は奴が我々を試している……か」

 イグアナのロイは、大きく息を吐いた。メティファとロイの推測は一致していた。そして、それぞれ別の意味で怜悧な二人の推測が一致しているということは、それは限りなく事実に近いものだということも、今までの経験上、わかっていたことだった。

「あの男……我々はやや過小評価していたようだな。メティファ君」

「申し訳ございません。できる限りのデータを集めましたが、事前の身辺捜査、素行調査では、彼のここまでのことは予期できませんでした」

「いや、君の落ち度ではない。そもそもそのようなデータだけで分かることは限られているものだ。むしろ、私の中に、あの男の『前評判』を聞いての侮りの心があった。たかが、あの天神会……その中の爪弾き者、戦闘力だけが突出した荒くれ者の問題児に何ができる、とな。あの『殲魂』という邪剣による破壊力が手に入るのなら、たかがその程度の男は獅子身中の虫にすらならぬと高をくくっていた。それが……」

「はい。まさか、あのような老獪な男だったとは」

 イタチのカムド。メティファが調べた情報によれば、この十年ほど天界の表舞台には姿を表しておらず、ずっと地下で呪詛悪魔たちとの戦いに明け暮れていたという。天神会は、死んだ動物たちの魂を集め、守護天使に転生させるための『輪廻転生システム』の運用を司っている。この『輪廻転生システム』はいわば、守護天使達の発生源であり、呪詛悪魔たちにとっては是が非でも破壊したい対象である。大昔から、この輪廻転生システムを狙って呪詛悪魔たちが常に侵攻を繰り返してきており、武人と呼ばれる天神会の守護天使たちが迎撃にあたってきた。
 カムドは、その最前線でずっと戦っていたらしい。逆に言えば、直接的な戦闘経験しか積んでおらず、今回のような知略をめぐらせるような資質を養う土壌などないはずであった。メティファの情報は間違いだったのだろうか? いや、あるいは、別の何らかの要因が……。

エマ / 2014-06-02 14:55:00 No.2356
「メティファ君」

「はい」

「あの男は、本件については不問に付すことにする」

「よろしいのですか?」

「ああ……。この決定で向こうに知れる情報は、君も知っての通り、我々の持つ中でも比較的プライオリティの低い物だ。おそらく、この情報が『損切り』である(他の情報ほど重要な価値は持たない)という情報自体も奴に知れ、それ以外の我々の機密に関する危険性が増すことになろうが、我々の『計画』に関する機密を今知られるよりは、まだずっとましというものだ」

「わかりました。そのように通告いたします」

「実に面白くない……」

 イグアナのロイは、憮然とした表情で、彼としては非常に珍しい苛立ちの言葉を口にした。
 ふと、机に積まれた書類に目をやる。一番上にある報告書には、今回、カムドたちのチームが担当した作戦名が書かれている。

「ところで、例の検証結果は出たのかね? もちろん、戦闘の結果自体はだいたい報告を受けたが……」

「はい。今回の作戦で、敵呪詛悪魔組織は完全に壊滅。全ての構成員を殺害しました。その内訳ですが、カムドによる消去は11名。ゾルゲによる消去は3名。アズマによる消去は……」

 一呼吸おいて、メティファは言葉を続けた。

「211名です。ほぼ、敵のアジトの中で、カムドたちを待ち構えていた構成員たちです」

ロイは、それまで不機嫌そうだった顔を、不意にゆるめた。

「『霊爆』か……彼女に目をつけたきっかけも、それだったな。雀のチープサイドがもたらした情報。あの時は瑣末な出来事だと思っていたが……」

『霊爆』とは、イタチのアズマが持つ最強の攻撃魔法である。自身が秘める膨大な霊力を対象に一気に炸裂させ、大爆発を引き起こす。その爆発力は半端なものではなく、人間はおろか、建造物すら破壊可能と言われる。イグアナのロイが策を弄して、アズマを強制的にフェンリルに入隊させたのも、その『霊爆』の圧倒的な破壊力に目をつけたからだった。

「はい。白鳥のセリーナ、蠍のクリムゾンらによる特訓の成果でしょうが、私のシミュレーションでもこれほどのパフォーマンスを出すとは想定外でした。」

「『パフォーマンス』という言葉すら生ぬるい。我々があれだけ手こずった、あの呪詛悪魔グループの本拠地が、たった十数分の作戦で、一気にまるごと消し飛んだのだぞ。中の呪詛悪魔どもごと、文字通りにな」

「はい。セリーナによれば、あの『霊爆』には威力によって名前が付けられているようで、今回の規模は「ブロックバスター」と呼ぶそうです」

「ふむ……たしかに、的を得た表現だ」

ブロックバスター。第2次世界大戦中、イギリス空軍が使用した4000〜12000ポンド級の大型爆弾の異名がその原語である。一発で、街の一ブロック分が消し飛ぶことから、その名がついた。

「『ユグドラシル』の計算結果は?」

「はい。あれをもってしても、かなりの計算量で、3日ほどシミュレーションに時間を要しましたが、結果はすでに出ております。こちらにまとめておりますので、ご確認を」

「うむ……」

書類を読み込んでいくうちに、次第に司令の肩が小刻みに震えだしたことに、メティファは気がついた。それが何を意味しているか、おそらく推測はついたが、あえてそれについて考えることはしなかった。

「メティファ君。すまないが、しばらく外していてくれたまえ」

「かしこまりました。司令、1つだけよろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「『後任』は、彼でよろしいのでしょうか?」

「ふむ。適任だと思うが……不満かね?」

「いえ。では、そのようにいたします」

メティファが去った後、ロイは震わせていた肩をようやく落ち着かせると、こんどは陰惨な笑みを浮かべ始めた。メティファが去るまで、抑え込んでいたのだろう。いずれにしろ、ここまで彼が表情を変えることは滅多にあることではない。

彼は、歓喜していた。

スーパーコンピューターが弾き出した、このおそるべき結果に。

この極秘分析資料には、こうあった。

『イタチのアズマの体内に内在する全霊力のエネルギー換算値は、概算で約105兆4000億ジュール。ヒロシマ型原爆の約1.92倍に相当。戦術核弾頭級の破壊力を有することが判明』

資料はこう続く。

『S級指定呪詛悪魔組織『クエイク』の本拠地。シミュレーションの結果、完全壊滅。『ハスタール』、『グレンデル』及び『テオデトール』の呪詛悪魔グループ3連合の共同大本拠地。完全壊滅。本拠地から約8キロ離れた各分拠点も、爆風により85%以上が全壊。残り15%が半壊。実質的に、全てのS級指定呪詛悪魔組織のケースで、一回の霊爆で彼らの活動を完全に壊滅させることが可能』

ロイの文字を追う速度が速まっていく。

『世界各地で発火させた場合の損害シミュレーション。東京:全23区の90%が壊滅。首都機能は完全麻痺。推定死者数800万人。ニューヨーク……』

そして、最後の一枚の紙にかかれていた場所は……。

「ク、クク……」

陰惨な笑い。ロイは、その最後の紙を一枚づつちぎり、机にその切れ端を並べ始めた。

「白鷺のサキ、蠍のクリムゾン、燕のマーク……」

 フェンリルが誇る、組織を代表する有能なメンバーたち……。

「ヘビのガスト、闇のロード、ライオンのカイル……」

 幹部クラスに、突出した力を持つ外部戦力……。

「だいぶ苦労して集めた、有力な駒だと思っていたが……」

 机の上に並べた、切れ端の数々……。それを、上から冷たく見下ろすように、ロイは俯瞰した。

「もはや、こいつらには一片の価値すら感じない私がいる」

 彼らに見立てた、紙の切れ端を、1つずつ掴み上げると、指先から黒い炎がメラメラと燃え上がり、対象を無慈悲に焼いていく。

「いらん。こいつもいらん……」

 次々に焼かれ、消えていく『駒』たち。ロイの持つ特別な『黒い炎』の力によるものか、灰すら残さずに、紙切れが完全消滅していく。

「私は今、またとない『兵器』を手にした。メティファですら予測できなかったとんだ計算違いだが、そのような間違いなら喜んで許そう」

 最後の、白鷺のサキに見立てた紙切れが、炎にまみれて消えていく。

「あの小娘の力……天神会が持て余すのもうなづける」

 ふと、ちぎり残った紙の下の方に、まだ読んでいない文章が残っていた。術者のアズマに関する留意事項だった。

『この全霊力を一気に放出した場合、術者であるイタチのアズマの肉体が耐えきれる可能性は低い』

「そのようなこと、それこそ瑣末なことだ」

その留意事項が書かれた紙も、黒き炎にくるまれ、焼かれて消えていく。

「この私が、役立たずの天神会に代わって、その稀代の巫女とやらを大いに活用してやろうと言っているのだよ」

 ロイの口元が、不気味に歪む。

「我が宿望を果たす……鍵としてな」

 彼の口から漏れる、陰惨な笑いは、しばらく止むことがなく、一人だけの司令室にこだまし続けた。

「……ククク……ククククク……」

エマ / 2014-06-02 14:55:00 No.2357
特務機関フェンリルの本部『天界裁判所第二調査部』が存在する役所の世界。その建物から一人の男が現れた。
イタチのカムドである。彼は長い取り調べからようやく開放され、帰宅の路につこうとしていた。

その途中で封冠に連絡が入り、彼は役所の世界にあるイリノアの病院へと戻る。
アズマが無事、退院となったのだ。

ここまで、すべてカムドの想定通りだった。彼は自身の直感と計算の精度に、今回も確信を深めていたが、
先の戦闘任務の事件で離れ離れとなってから、数日ぶりの再会にもかかわらず、妹の表情がほとんど変化を見せなかったことも予想通りだったことについては、いささか複雑な心境だったようだ。

「兄さま……どうかなさいましたか?」

「なんでもない。それより、アズマ」

「はい」

「死んだゾルゲに変わって、新しい三人目のメンバーが加わるそうだ」

「……今度は、どのような方でしょうか?」

「まだ会っていないのでなんともいえんが、『アヴァロン』という名前の男らしい」

「アヴァロン……さま」

「ご大層な名前だ。あの低能のゾルゲより、もうちっと使えるやつならいいんだが……」

 念の為に言えば、前述のとおり、ゾルゲはフェンリルの中でもロイの腹心、諜報部員としてかなり熟練したエキスパート中のエキスパートであった。他のフェンリル隊員が聞いたら、それを低能呼ばわりするカムドの基準というか神経に仰天したであろう。

「そう、あとひとつ。俺たちのチームの正式名称が決まったぞ。大婆様の提案だ。たまには奴もマシな事を言う」

「まぁ……なんでしょうか? 兄さま」

「よく覚えておけ、アズマ。この名が意味することを。俺とお前で、それを体現するのだ。俺達の正式チーム名、それは……」

 息を溜め、力を込めて、カムドはその名を口にした。

「『神風』だ」

運命の風が、二人の居る場を駆け抜けていく。
それは天まで昇り、乱気流となって天界全土に広がっていった。

エマ / 2014-06-02 15:05:00 No.2358
いやー、ついに投稿完了しました。
いかがでしたでしょうか。アズマがいろいろな意味で、物語そしてフェンリル・ロイの野望のキーとなる存在であることがお分かりになったかと思います。
あくまでこれ、私の作品サバイヴ・アワー・ブラッドの中での話です。
ダイダロスさんの死の先本編とは一切関係ありません。
ダイダロスさんの死の先本編でも、ロイが良からぬ企みをしているようですが……。私のサバイヴ・アワー・ブラッドは、「そのロイの企みがもし×××な方向に進んだら?」という、一種のパラレルワールド的な位置づけになります。
サバイヴ・アワー・ブラッド本編は、今年中に第一話リリース予定です(←はいそこ、信じてないね?w)
今後ともウチのカムド、アズマ、アヴァロンとリンをよろしくお願いします♪


さてさて、ここから、今回のお話出てきた設定の詳細情報になります。
気になる方は、ご参照あれ。




■アズマの魔法『霊爆』について
・霊爆レベル1(通称:グレネード)
 軍用グレネード弾の炸裂と同程度の爆発を生じさせる。
 5秒に1回程度の頻度で連発が可能だが、あまり続けると体の負担が大きくなる。

・霊爆レベル2(通称:ビルディングデストロイア)
 建造物(欧米の一般的な一戸建て住宅など)を木っ端微塵に破壊する規模の爆発を生じさせる。
 基礎部分を狙うことで、小規模のビルも破壊・倒壊させることが可能。
 使用すると、アズマは数秒間虚脱状態になる。連発は体への負担が大きいため、30分程度の休憩が必要。

・霊爆レベル3(通称:ブロックバスター)
 街の一ブロック(日本ではなく、アメリカでの一般的な1ブロック)分の地域を壊滅させるほどの大爆発を生じさせる。
 大抵の呪詛悪魔のアジトであれば、この一撃だけで文字通りに壊滅させることが可能。
 しかし、あまりに体への負担が大きいため、通常、作戦で使えるのは一度きり。使用後は意識が朦朧とし、気を失うことも多い。

・霊爆レベル4(通称:ニュークリア)
 小規模の都市なら全体を壊滅。大規模な都市でも中心部を破壊・周辺部の都市機能を完全に麻痺させるほどの、核爆発級の超爆発を生じさせる。
 まぎれもなく、一人の守護天使が使える技としては天界最大・最強の技である。しかし、アズマの体はおそらく耐え切れずに、死に至ると推測されるため、実際に作戦中で使われることはない。




■大婆様
 天神会で神官達以上の権限を持つ唯一の女性。その正体は、数万年前、天界の創設に関わった初代メガミ達の最後の生き残りである。
 数万年の年月を生きており、その経験と知恵は今でも天界のメガミ様、メシア様たちの精神的な拠り所となっている。
 容姿は数万年を生きただけあり、今は年老いた老婆の姿であるが、天界創設時の若りし頃は相当の美人だったとの噂。
 天神会では大きな権限を持つが、神官達は意見の相違からこの大婆様をあまり良く思っていないらしい。
 昔から巫女たちの権利を守ろうと尽力してきたため、巫女達から絶大な信頼を寄せられている。
 近年、そろそろ寿命が近いと噂されている。




■スーパーコンピューター『ユグドラシル』
フェンリル本部の地下に設置されている、天界でも有数の処理能力を誇るスーパーコンピューター。
戦略立案とその結果シミュレーション、訓練場「アビス」での隊員の訓練データーの解析、暗号解読など、あらゆるタスクをこなす。
また、メティファと並んで、フェンリルにおける大量の機密データを保持している存在でもあり、そのセキュリティには常に万全の体制が敷かれている。
ユグドラシルを直接利用できるのは、司令のロイとメティファの2名だけに限られており、大隊長または参謀クラス(例えば白鳥のセリーナ)以上の隊員は、メティファの許可を通してのみ、利用することができる(利用中は常に監視されている)。それ未満のクラスの隊員は利用どころかデータの閲覧すら許されていない。

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