ヴェンデッダ 〜氷炎の宴〜 3
K−クリスタル / 2013-09-28 19:57:00 No.2308
/ 2013-09-28 19:59:00 No.2309
K−クリスタル / 2013-09-28 20:01:00 No.2310
G5‐R / 2013-09-29 19:16:00 No.2311
エマ / 2013-09-30 21:56:00 No.2312
エマ / 2013-10-01 14:43:00 No.2313
G5‐R / 2013-10-02 21:17:00 No.2314
エマ / 2013-10-03 02:20:00 No.2315
エステル / 2013-10-05 18:37:00 No.2316
エマ / 2013-10-07 17:43:00 No.2317
数十もの小さな鋭い物体がアレクとエステルめがけ飛んできたのだ。アレクにはそれが何か一瞬分からなかった。向かってきたものを反射的にすべて焼失させてしまったためだが、別の場所で地面に落ちたのを見て、短い打矢であることを知る。エステルが両手で数条のワイヤーを操り、自分を襲ったものをはじき飛ばしたのだった。
それが飛んできた方を振り向くが、攻撃を仕掛けてきた相手を見定める間はなかった。
続けて突っ込んできた別の人影がその勢いのままにアレク、そして、エステルに連続して手にしたサーベルで切りつけてきたからだ。
「ちっ! まさか、こうも早く?動く火の森(フレームバーナム)?を抜けてくるとは・・・!」
切っ先は鋭い。危うく身を避けながら、しかし、アレクは理解していた。これが倒すための攻撃でなく牽制だと。その通り、残りの1人はその間に突っ立っていた仲間のところへ駆け寄っている。それを見やりながら、アレクは炎と燃える右手を敵を狙って突き出す。そのまま敵の体のどこかに当たればもちろん、サーベルで受けてきたとしてもそれもよし、最初の敵の鉤爪のようにまず武器の方を無効化するだけだ。
ところが、相手は後ろへジャンプして下がり、アレクから離れた。アレクの右手は届かず終わる。しかし、その時エステルの手から飛んだワイヤーが数本、着地する前の脚に絡みついた。
が、いまだ宙にいる状態で敵はサーベルを一閃。ワイヤーをすべて断ち切り、何事もなく地面に立つと、そのまま仲間たちの方へ駆け戻っていく。
(あの体勢で、しかも、ピンと張った状態ならまだしもたわんで弾力のある何本ものワイヤーを一振りでか・・・)
敵は4人が一所にいったん固まったが、それから、地中を進んできた例の敵が一人で前へ進み出てきた。そしてまた溶解液をアレク達に向けて噴出する。再び?盾(アイギス)?を、今度は空中でなく自分たちの前に壁のように展開してそれを防ぎつつも、アレクは違和感を覚えていた。
(俺に効かないのは、さっきいやというほど分かったはずだ。それが何の芸もなく、同じことをただ繰り返すとは・・・)
膨大な溶解液が次々と蒸発していき、大量の蒸気がもうもうと霧のように立ちこめる。敵の姿はその向こうで次第にかすんでいく・・・不意に、アレクの頭に解答が閃く。
(目くらましか!)
同時に、エステルの声が響いた。
「お兄さん、上!!」
アレクがはっと振り仰ぐと、けぶる霧の向こうに、半ばシルエットとなって、宙に浮く二人の敵の姿があった。
こちらの視界を遮り、その間に二人の敵が上空へ飛び上がっていた。正確には、背中に光る翼を広げた一人がもう一人を後ろから抱きかかえて宙に浮かんでいるようだ。
それだけではない。よく見ると抱きかかえられた方の周りの空間には先ほどアレク達を襲った打矢が数多く浮かんでいた。その数たるや数十どころではない。何百をゆうに超えようというほどのものであった。
しかしながら、数百がたとえ数千であろうとも、アレクに通じはしない。確かに金属製の打矢を防ぐのは溶解液ほど簡単ではないが、それでも自分に向かってくる攻撃を一つたりと通すものではない。そのくらいのことは敵にも予想がつきそうなものだが・・・。
(どういうことだ?)
空の敵をさらに注視した。そして、気づく。敵の視線はこちらには向けられていない――もっと遠く、アレクの後方を見ている。
アレクは心臓を鷲づかみされた。
(こいつら――ファデェを狙って・・・!)
必死に振り向く。
「ファデェっ! 動くなっっ!!」
口に出せた言葉はそれがやっとだった。説明など、とてもしてはいられない。今さら彼女の方に急いでも間に合わない。より彼女に近い所にいたエステルはとっさにだっと駆け出していたが、どう見ても無理だ。しかし、アレクにはファデットをこの位置から今からでも守ることは可能だった。彼女の周囲にも?盾(アイギス)?を展開すればいいのだ。
だが、その場合、もしファデットが初めの場所から動いて見えない?盾(アイギス)?に触れてしまったら、彼女の方がジャンヌ・ダルクよろしく火刑台の聖女となる。この盾に裏表の区別はない。彼女の側だけ発火しないというわけにはいかない。かつ展開している限り、アレクの意思でそれを制御することもできない。最大の利点である完全自動なるがゆえの欠点であった。
だから、?動くな?と言った。しかし、これは実は思うより遙かに難しいことだった。なぜなら、ファデットにしてみれば、自分に向かって迫り来る無数の打矢を目の当たりにしながら、あえてよけないということなのだから。
それでも、アレクはファデットならと信じていた。彼女には確かに直接自らが戦う力はない。だがしかし、それでも、ファデットという女性が決して弱くはないことを誰よりよく知っていたからだ。
見た。ファデットは返事も疑問の声も上げず、ただその場に立ったまま、胸の前で小さな拳を握り合わせ、うつむいた。おそらく、目もつぶっている。一瞬それが敬虔な宗教者が祈りを捧げる姿であるように思えた。
同時にアレクは彼女が自分の超聴覚を切ったことを悟る。これという外観の変化はない。だが、分かる。彼女のことなのだ。当然だった。
自分の力を封じることは、感覚系の能力者で普段からそれを頼みにしている者にとって多大な精神的負担となり、そうでない者には想像もつかないほどの不安を覚えるという。目の見える者がわざわざ目隠しして行動するようなものだ。が、彼女はそうした。あまりに鋭敏な彼女の聴覚は迫り来る矢の恐怖を何十倍かしてしまう。それによって、反射的に体が動いてしまうことを避けるためだろう。アレクの指示を守ろうと、あえて己の最大の武器を捨てたのだ。
そこまでの覚悟を彼女は固めた。いや、と言うより――
(俺を信じて、命を、運命を……すべてを俺に委ねてくれた。ならば――)
守る。絶対、守る! かすり傷一つ彼女にはつけさせん!! それができなくて、何のためのこの力か。
ファデットの方に右手を伸ばし、彼女の周囲に?盾(アイギス)?を展開する。
直後、ザアァーーッという不気味なざわめきが上空に響いた。渓流を遡行する魚の群れのように、おびただしい数の打矢が空中の一つの道筋をたどってファデットの方に殺到していく。
その速さも飛ぶ距離もただの打矢ではあり得ない。当然何かの力が加わっている。だが、だとしても、打矢自体が物質であるからには防げないものではない。いや、必ず防ぎきってみせる!!
身動ぎ一つせず、ファデットはその場にじっと立っている。そこへ打矢の大群がついに襲いかかる。ファデットの周囲でたくさんの光がはじけた。爆発ではない。音が違い、また小さい。無数の金属片が瞬時に溶解、蒸発していく際に放つ光と音。溶解液の時とは異なり、蒸気はそれほど立たなかったが、だが、やがて無数の小さな光が合わさり、大きな光となって彼女を包み、その姿は見えなくなった
その光が薄まり、再びファデットの姿が見えるようになったのは、無数とも見えた打矢がことごとく消失し、エステルに続いて、アレクもまたファデットのもとへ駆け寄ったときだった。
「無事か? ファデェ」
アレクが声をかけると、その時初めてファデットは顔を上げ、目を開いた。そして、顔色はやや悪かったものの、にっこりと微笑んで見せた。
「ええ。大丈夫。ありがとう」
ほっと息をつくと、アレクはゆっくり振り返った。
その時にはもう表情が変わっていた。炯々たる目の光が敵を射る。